Neetel Inside 文芸新都
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 寝台の上に横たわり、天井を見つめていた。照明は、すぐ傍にあるロウソク一本だけである。
 なんとなく、自分はそろそろ死ぬのだろう、と思っていた。つまりは死期を悟るという事だが、特に悲観的な感情は無い。人は誰でも、いつかは死ぬものなのだ。
 後悔の無い人生を送ってきた、という思いはある。メッサーナで国を覆そうと決心し、実際に反乱を起こした。あの時の私は、まだ若かった。そして、私はメッサーナの統治者となり、首領となった。
 あれから、どれだけの年月が流れたのだろう。そして、どれだけの人が死んだというのか。反乱を起こした事によって、戦が起きた。その戦で多くの兵が命を散らし、名も無く死んでいった。この事だけは、頭に、心に刻み込んで生きてきた。多くの犠牲の上に、メッサーナは立っている。これだけは、絶対に忘れてはならない事なのだ。
 天命があった。私は、ずっとそう思っていた。私がメッサーナにやって来た時から、天命は私を支えてくれた。ヨハンという一代の天才と出会えたのも、天命だろう。ロアーヌやシグナス、バロンがメッサーナの同志となったのも、天命だった。
 しかし、私が生きている間に天下は定まりそうにない。そしてこれも、天命に違いなかった。
 以前から、強く自覚している事があった。私という男が、首領の器でないという事である。首領という立場に居るのも、天命だろうと思い定めようとはした。だが、これだけはどうしても受け入れる事が出来なかった。
 たまたま、私がメッサーナの統治者だった。だから、そのまま首領になった。私が首領である理由は、これだけに過ぎないのだ。他に首領であるべき人間は、いくらでも居る。ヨハンがそうだし、バロンもそうだろう。だが、二人とも首領になろうとはしなかった。
 組織の頂点に立つ男として、私はどう考えても適格ではなかった。抜きん出た才能もない。戦に出られるわけでもない。ただ、ほんの少しばかり人に好かれている。その程度の男なのだ。
 死を間際にして、この事を深く考えるようになった。メッサーナが歩んできた歴史と重ね合わせて、私は頂点に立つ男としての不甲斐なさを痛感したのだ。それと同時に、次の首領の事を考え始めるようになった。いや、首領ではなく頂点という方が正しいだろう。
 メッサーナは、首領という枠で測れる存在ではなくなった。一つの国。それ程までに、メッサーナは大きくなったのだ。だから、首領ではなく、王を掲げるべきだった。つまり、国を興すのだ。
 私に子は二人居るが、二人とも凡庸である。今はヨハンの元で、政治を学ばせているが、頭抜ける事はないだろう。ただ、良い役人にはなる。二人とも、優しく立派な人格を持つ大人に成長してくれた。しかし、頂点となる器ではない。
 王として適格なのは、バロンだった。ヨハンと迷ったが、ヨハンは乱世の王には向いていない。治世でなら、かなりの力を発揮するだろう。ヨハンは、そういう男だ。
 バロンは名族の血を引いている。バロンの高祖父は、国の大将軍にもなったのだ。名族というのは、そのまま求心力に直結する。そして、バロン自身も相当な力を持っている。
 だが、あのバロンが王になる事を承諾するのか。メッサーナの頂点に立つ事を、引き受けてくれるのか。難しい問題だった。バロンにはその気がないだろう。そうなると、説得という事になるが、私に出来るのか。
 目を閉じた。すると、様々な記憶が脳裏に蘇る。メッサーナでの旗上げ、シグナスとロアーヌの死。そして、レンの成長。時代は動いているのだ。歴史は、時を刻んでいるのだ。
「ランス様、入ってもよろしいですか?」
 ヨハンの声だった。政務を終えたのだろう。最近、ヨハンはよく私に会いに来る。といっても、特に用事はなく、単に様子を見に来たという事が多い。もしかすると、私の死期が近い事を、ヨハンも感じているのかもしれない。
「あぁ、構わないぞ」
 そう返事して、私はゆっくりと上体を起こした。これだけの動作でも、最近はひどく疲れる。
「また、お痩せになりましたな」
「うむ。飯が喉を通らんのだ。まぁ、仕方ないな」
 言って、私は笑った。
「全く、ランス様の楽観ぶりには感服しますよ。普通なら、もっと落ち込むものです」
「後悔のない人生を歩んできた。最近、そう思う事が多い。さっきも、昔の事を思い出していたよ」
「反乱を起こして、数十年ですか。ロアーヌ将軍、シグナス将軍の二人は志半ばで逝ってしまいましたが」
「レンが居るではないか。あの子は、メッサーナを引っ張っていく人材になるのではないかな」
「私もそう思います。しかし、今は旅に出ているのですね」
「うむ。だが、そろそろ帰ってくる頃だろう。なんとなく、私はそう思うぞ」
「これは珍しい。ランス様が予見するとは。これは、本当に帰ってくるかもしれませんね」
 言って、ヨハンはニコリと笑った。次の首領。いや、王となるべき男。この事は、近い内にヨハンに話さなければならないだろう。ただ、話すべき時は今ではない。何となく、そんな気がする。
「レンは、旅の中で何を見つけたのかな。そして、どれだけ成長したのだろうか」
 早く、レンの顔が見たい。私は、そう思っていた。

       

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