Neetel Inside 文芸新都
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 ハルトレインが止まらなかった。一万の騎馬隊で原野を縦横無尽に駆け回り、こちらを翻弄してくるのだ。時には突撃をかけて、陣を撃ち貫いてもくる。
 戦術眼が卓越している。私達に隙という隙はないはずだが、ハルトレインには何かが見えているらしい。もしくは、自らの武勇で隙を作り出している。何とか止めようと、私の弓騎兵隊でハルトレインの騎馬隊を追い回しているが、未だに対決には至っていない。
 こちらが勝負を仕掛けても、ハルトレインが乗ってこないのだ。ハルトレインは自惚れが強く、好戦的なはずだが、何故か私との勝負を避けている節がある。徹底的に私の弓騎兵を避けながら、他を叩いて回っているのだ。エルマンや新参も、そのハルトレインに呼応する形で軍を動かしている。
 僅かではあるが、劣勢になりつつあった。ハルトレインの攻めは狡猾で、まさに犠牲を最小限に抑えて相手に損害を与える、というのを地でやっている。エルマンや新参の協力があってこそのものであるというのは当たり前だが、それにしても、という思いが強い。
 あの若武者が、ここまでになるとは。ロアーヌに軽く捻られていたような子供が、今では戦の勝敗を左右する存在になっている。いや、戦の経験を積んで成長したのだ。
 小賢しい。このまま、あの男を放っておくのは危険だ。嫌が応にも、私と対峙させる。
 シーザーに向けて、旗を振らせた。共にハルトレインを止める。シーザーが抜ける事によって、エルマン、新参に対する攻撃力が著しく低下するが、やむを得ないだろう。私の弓騎兵だけでは、ハルトレインを捕まえる事が出来ない。
 シーザーがエルマンから離れて、原野を駆け始めた。それにハルトレインが即座に反応し、軍を前線から下げる。事態を察したのか。そのままシーザーと一定の距離を保つ形で、駆けている。そのハルトレインを、私の弓騎兵が追う。
 前線から離れきった。そう思った瞬間、ハルトレインがこちらに向けて駆けてきた。先頭。槍を構えている。やり合うつもりだ。目の前の騎馬隊から、闘志が立ち昇っている。
 いきなり、勝負に乗ってきた。その意味を考えたが、答えが出る前に私は弓を引き絞っていた。
 矢。放つ。しかし、放つ前に違和感があった。いつも見えるはずの何かが、見えていなかったのだ。当たらない。私はそう直感した。刹那、金属音。矢が弾き飛ばされていた。
 舌打ちと同時に、再び弓矢を構える。ハルトレインという名の的が、大きくなってくる。しかし、見えない。撃って良いのか。この感覚、どこかで感じた事がある。いや、迷うな。思うと同時に、矢を放った。
 しかし、ハルトレインは微動だにしなかった。矢は、ハルトレインの頬を掠めただけだったのだ。疾駆してくる。
「剣のロアーヌ。エイン平原」
 感覚を思い出した。この妙な感じは、エイン平原の時にロアーヌとやり合った時のものと同じものだ。一度、経験しているからなのか、あの当時よりも鮮明に当たらないという事が分かった。
 騎馬隊。目前に迫っていた。横にそれるか。いや、そう逡巡する暇もなかった。ぶつかる。思うと同時に、剣を抜き放っていた。
 馳せ違う。剣。手から抜け、虚空へと弾き飛ばされていた。ハルトレインの一撃。
「将軍っ」
 旗本の一人が声をあげる。振り返ると、ハルトレインが反転していた。もう一度、来る。だが、応戦しようにも、武器が無い。
 違う、私には弓矢がある。
 即座に弓矢を構えて、ありったけの気を込めた。同時に放つ。気合いの声をあげていた。
 地面に矢が突き立つ。瞬間、ハルトレインの馬が棹立ちになった。矢から陽炎があがっている。それを見止めると同時に、態勢を崩すハルトレインに向けて、二発連続で矢を放った。ほぼ同時に、金属音が二回。あの状態からでも、弾くというのか。
 さらに放つ。手綱を握るハルトレインが、首を横に倒して矢をかわす。
 ハルトレインが態勢を直した。来るか。刹那、喊声。シーザーの騎馬隊だった。ハルトレインの横っ腹を貫き、さらに反転している。もう一度、突撃をかけるつもりだ。
 それでも、ハルトレインは私から目を逸らさなかった。やはり、好戦的で自惚れは強い。さっき、あえて勝負に乗らなかったのは、エルマンや新参からシーザーを引き剥がすためだったのだろう。
 ハルトレインが、無言で睨みつけてくる。その時、私の心も燃えていた。目の前の若者が放つ闘気は、私の闘争本能を激しく刺激してくる。
「さすがに、レオンハルト大将軍の息子だな」
「父の名を出すな。私は親の七光りなどではない。私は父を超える。武神を超えるのだ。そして、覇王となる。鷹の目、よく覚えておけ。覇王、ハルトレインとは私の事だ」
 言って、ハルトレインがシーザーの方に向き直り、駆けていく。その背を私もすぐに追うも、ハルトレインはシーザーをいなすと同時に粉砕し、そのまま突き抜けた。真正面からぶつかるのではなく、いなしながらの攻撃。やられたシーザーは、まるで訳がわからなかっただろう。ハルトレインは、ほとんど犠牲も出していない。
 尚も追う。弓騎兵で弓矢を浴びせるが、大した損害を与える事が出来ない。私がハルトレインを追う形になっているからだ。今のハルトレインはあくまでシーザー狙いであり、私の方には見向きもしてこない。
 さらにシーザーも一度、粉砕されているために、隊列が乱れ切っていた。そこを追い打ちで食いちぎるように、ハルトレインが攻撃を仕掛ける。
 文字通り、止まらなかった。アクトの槍兵隊が居れば、さすがに止める事は出来るだろう。だが、アクトをこちらに回せばシルベンが潰される。
 そもそもで、ハルトレインの騎馬隊は、それほどまでに強力な軍だというのか。
 退く事を考えた方が良いのかもしれない。同時に伝令を飛ばして、援軍を要請するべきだ。エルマンがどこまでやる気なのかによるが、コモンまで攻め落とすつもりなら、援軍が必要になる。
 歯を食い縛っていた。
 私の弓矢で、ハルトレインを止める事が出来ていれば。

       

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