Neetel Inside 文芸新都
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 ようやく戦後処理を終えた。犠牲は思ったよりも多く、コモン近くまで押し返された事を考えれば、あの戦は負けだったと認めざるを得ないだろう。悔しいが、官軍の強さは未だ健在という他なかった。というより、国そのものに底力があると言った方が良い。同時に複数の戦線を抱えた上で、あそこまで戦えるのだ。ミュルスの反乱も、僅かな日数で鎮圧している。
 今回の敗戦は、ハルトレインの成長に拠る所が大きかった。あれはもう童ではなく、立派な一人の将軍である。一軍の指揮者として、相当な力量を備えていた。それに、まだ成長の余地があるようにも感じられたのだ。さすがに、レオンハルト大将軍の血を引いている、という事なのか。
 ハルトレイン一人で、という思いはある。だが、今後を考えた時に脅威となるのは間違いない事だった。これから先、ハルトレインが出てくる戦線は、否が応でも苦戦を強いられる事になる。
 しかし、希望も見えていた。その希望とは、槍のシグナスの血を引き、剣のロアーヌによって育てられたレンである。
 最初は信じられなかった。撤退戦で強烈な襲撃を受け、かなりの犠牲が出る事を覚悟した時、レンは天下最強の騎馬隊と共に戦場に現れたのだ。私はピドナに援軍要請を出していたが、これはクライヴに指揮させるつもりのもので、スズメバチ隊が来る事など予想すらもしていなかった。
 レンは僅か七百という小勢で、ハルトレインが指揮する一万もの騎馬隊を翻弄、打ち崩した。それはかつてのロアーヌを連想させ、スズメバチ隊は見事に蘇ったのだ、と思わせるものだった。
 ハルトレインに誰かをぶつけるとするなら、レン以外にないだろう。ジャミルから聞いた話だが、一騎討ちでの勝負も互角だったという。
 レンはすぐにでも将軍に昇格させ、ズスメバチ隊の指揮をやってもらう予定である。この件については、ジャミルをはじめ、スズメバチ隊一同からの異論は無いようだ。
「バロン将軍、レン殿が参られましたが」
 私室で軍務をやっていると、従者が報告にやってきた。本当は私から出向くつもりだったのだが、どうやらレンが先にやって来てしまったらしい。
「わかった。入ってもらってくれ」
 私がそう言うと、レンは兵と入れ替わる形で部屋に入ってきた。その背後には、ニールと見知らぬ二人の男が立っている。
「ただいま戻りました、バロン将軍」
 言って、レンは静かに頭を下げた。レンがメッサーナに戻ってきて、きちんと顔合わせをするのは今回が初である。
「およそ、二年かな。お前が旅に出る時、私が言った事を覚えているか、レン」
「成長して帰ってこい。将軍は、そう仰られました」
 言われて、目を閉じた。そうだ。レンが旅に出て、二年の歳月が経ったのだ。戦う理由を見つける。そのために、レンはメッサーナを旅立った。
 目を開き、レンの姿をじっと見つめた。覇気が宿っている。そして、以前はあったはずの迷いや弱さが消えている。間違いなく、この男は成長して帰ってきた。
「戦う理由は見つかったのだな」
「はい」
「ロアーヌとシグナス。かつて、二人の英傑が抱いた大志」
「俺が受け継ぎます。俺は、シグナスの息子であり、ロアーヌの息子なのです」
 そう言い切ったレンに向けて、私は黙って頷いた。次いで、ニールに目をやる。
「ニールも達者だったか」
「あぁ、おかげさんでな。レンと一緒に旅をしていく中で、色々と気付けた事もある。これから、親父と話をしてくるよ。俺も兵になりてぇ」
「兵うんぬんなどより、シーザーもお前と話をしたがっているぞ。何せ、お前が旅に出ている間、何かと心配だとうるさかったからな」
 私が言って笑うと、ニールは頬を赤らめて横を向いた。うるさいのはお前だ、と表情が言っている。
「所でレン、そこの二人は?」
「はい。シオンとダウドです。旅の途中で、義兄弟となりました。この偉丈夫の方が、シオンです」
 レンが紹介すると、シオンと呼ばれた男は黙って頭を下げた。目を合わせると、僅かに圧倒するものを放ってきた。敵意はないが、侮るな、と言いたいのだろう。レン以外は認めていない、という節も見える。
「そして、こちらがダウド。まだ童なので、旅に同行させるのは忍びなかったのですが、シオンに懐いていましたので」
「ダ、ダウドです。よろしくお願いします」
 目を泳がせながら、ダウドが言った。妙に落ち着きがない。こういった場に、まだ慣れていないのだろう。そんなダウドを見て、ニールが少しイラついている。
「ダウドはまだ童ですが、シオンはスズメバチ隊の兵として加えようと思っています。今のスズメバチ隊の指揮者は」
「その事だが、お前をスズメバチ隊の指揮者にしたい。そして、同時に将軍に昇格させる」
 私がそう言うと、レンは少し考えるような仕草を見せた。
「それは願ってもない事ですが、俺はまだ二十歳にもなっていません。将軍をやるには、まだ若過ぎると思います」
「年齢ではなく、能力だ」
「しかし」
「お前は力を示したのだ、レン。それに、ロアーヌの遺志を継ぐのだろう」
 言って、レンの目をじっと見つめる。覇気が宿った、良い目だった。
「はい。ありがとうございます」
 レンが言い、私は力強く頷いた。
「お前が兄と慕うクリスは北の大地に居る。暇を見つけて、会いに行くと良い」
「はい。ですが、先にランス殿に会いたいのです。お伝えしたい事がありますので」
 伝えたい事。少し気になったが、私が聞くべき事でもないだろう、という感じがした。どちらにしろ、ランスは未だ病床に伏せっている。
「しばらくはスズメバチ隊をまとめる事に専念して、それからメッサーナに行ってみます」
 そう言ったレンは、柔らかい笑顔を作っていた。

       

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