Neetel Inside 文芸新都
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 一人で原野を駆けていた。向かう先はランスの居るメッサーナである。
 スズメバチ隊をまとめるのは、そう難しい事ではなかった。これも全て、ジャミルが上手くやってくれていたからだろう。俺が指揮官になって、やるべき事というのは驚くほど少なかったのだ。スズメバチ隊の指揮官は俺という事になっているが、内情に最も詳しいのはジャミルである。この影響からか、ジャミルは俺の副官と言っても良い存在になっていた。
 そんなジャミルにスズメバチ隊を任せ、俺はピドナを発ったのだった。シオンが付いていくと言い出したが、その前に兵としての調練が先だった。シオンの単騎としての実力はすでに頭抜けているが、集団戦となるとまだ粗削りな面が否めない。頭抜けているが故に、他の兵達と呼吸が合わないのだ。どうしても突出しがちとなり、孤立気味になってしまう。シオンはこれを欠点として認識しているようだが、まだ頭でわかっているというだけだった。しかし、この欠点を克服すれば、シオンは傑出した存在になるだろう。
 シオン以外にも、これはと思える人材は何人か居る。その一人がシンロウであり、これはジャミルが見出した男である。突出した長所はまだないが、全体的に能力の水準は高い。的を絞って育てれば、良い指揮官になり得ると思えた。
 まさに、スズメバチ隊は蘇ろうとしていた。ただ、軍としての性格は父の時よりも柔らかくなったのかもしれない。父のスズメバチ隊は、とにかく峻烈だった。それでいて、どの軍よりも強い絆があり、どの軍よりも兵が父を、すなわち指揮官を信じていた。
 俺はどうなのだろう。兵達に認められている、という気はしている。だが、父と比べた時にどうなのか。父は多くは語らずとも、兵達とは心の奥底で繋がっているという感じがあった。これはおそらく、兵が父を信じていたと同時に、父も兵を信じていたから出来ていた事だ。
 父のようになりたい、という思いはあった。だが、同じやり方では上手く行かないだろう、という事も何となくだが分かった。だから、俺は兵達と語った。共に調練をこなした。そうしている内に、僅かではあるが俺と兵の間に絆が出来たような気がした。
 槍のシグナスの血を継いでいる。ルイスには、そう言われた。あえて何も聞かなかったが、兵の心を掴むという点については、実父に近いものを俺が持っているという事なのだろう。これは、誇りだった。
 いずれにしろ、俺は父の時とは違うスズメバチ隊を作らなければならない。剣のロアーヌは、すでにこの世にはいないのだ。
 俺は通常よりも早い足で馬を駆けさせ、九日をかけてメッサーナに到着した。ランスには、ピドナを発つ前に手紙で会いに行くと伝えてある。
「スズメバチ隊の指揮官、レンだ」
 俺はメッサーナの門前で馬から降り、門番の兵らに向けて言った。
「これはレン殿、お待ちしておりました」
 門番の一人がそう言い、俺の顔をジッと眺めてニコリと笑う。その門番の口ひげには、白いものが多く混じっていた。
「なるほど、御父上に似ておられる。まさしく、槍のシグナスの息子ですな」
 そう言われたが、どう返して良いかわからず、俺は目を伏せた。
「あぁ、申し訳ありません。私はシグナス槍兵隊の一人だったので、つい懐かしんでしまいました。さて、ランス殿がお待ちです」
「父は」
 門番が道を空けようとした所で、俺は口走った。
「父は偉大でしたか」
「はい。シグナス将軍の勇姿は、未だ目に焼き付いております。私は戦で片腕の腱を痛め、もう戦う事はできなくなりましたが」
「シグナス槍兵隊は、アクト将軍が引き継いでいます。もちろん、志も」
「存じております。レン殿は、ロアーヌ将軍の遺志を継がれるのでしょう」
「はい。そして、ランス殿に会いに来ました」
 俺がそう言うと、門番は柔らかい笑顔を作って道を空けた。それで、もう門番の方は見なかった。何故か、自分の目がしらが熱くなっていたのだ。
 そのまま、ランスの居る政庁に向かい、私室を訪ねた。扉の前には、一人の年老いた侍女が立っている。
「ランス殿に会いに来ました。今、よろしいですか?」
「レン様ですね」
 侍女にそう言われ、俺は頷いた。入って良いという仕草をされたので、俺は扉を開けて部屋の中に入った。
「おぉ、レンか」
 その声を聞いた瞬間、俺は胸を衝かれる想いに襲われた。ひどくか細く、今にも消え入りそうな声だったのだ。
「ランス殿」
 寝台に歩み寄り、手を握る。その手は悲しいほどやせ細り、シワで覆われていた。
「会いたかったぞ、レン」
「俺もです。長く留守にしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、良い。こうして会いに来てくれた。それだけで私は十分だよ」
 ランスの眼を見つめる。生気が、消えようとしていた。しかし、理不尽なものではない。天命なのか。ランスの死は、もう目前に迫っている。
「ランス殿、聞いて欲しい事があるのです」
「うむ。私で良ければ、聞こう」
 言って、ランスが咳き込んだ。背中をさすろうとしたが、手で制された。良いから話せ、という事なのだろう。
「旅の中で、俺は二つの答えを見出しました。一つは、俺が戦う理由。そしてもう一つは、天下を取るために必要な事」
「ほう。戦う理由は、ロアーヌやシグナスの大志を受け継ぐ、という所か?」
「まさしく。旅をしていく中で、俺は様々なものを見てきました。そして、それらはメッサーナに居ては絶対に分からなかった事ばかりです」
「その通りだ、レン。ならば、天下を取るために必要な事とは?」
 俺はランスの眼を見つめた。これを伝えるため、俺はランスに会いにきたのだ。
「国を興す。王を抱え、国を興す事です」
 言った。その時、空気が張り詰めたような気がした。王という絶対的存在を抱え、天下取りに乗り出す。ランスは、これをどのようにして受け止めるのか。
「レン」
 不意に、ランスの表情が儚く見えた。
「私は安心して死ねそうだ。お前の言った事は、私が考えていた事と全く同じだよ」
「ランス殿?」
「もうメッサーナは天下を争っていると言っても過言ではない。つまり、国と並び立っているのだ。だから、王を抱えてメッサーナという国を興すべきだ。レン、お前は天下を旅してきた。そのお前が言うのだ。これはすなわち、天命という事だろう」
 ランスの手に、力がこもった。僅かに熱も帯びている。
「バロンをこの場に。あの男に、私の、いや、メッサーナの全てを託す」
 そう言ったランスの眼は、生気で溢れていた。しかし、間もなく消えゆく命であろうという事は、何故かハッキリと分かった。

       

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