Neetel Inside 文芸新都
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 ランスの死は、世間を震撼させた。メッサーナの始祖とも言うべき存在が、ついに亡くなったのである。葬儀は盛大に執り行われたが、喪に服す期間は十四日と異例の短さとなり、俺達は悲しみに耽る暇もなかった。
 これはランスが生前に指示していた事らしく、その他にも墓は質素なものを指定していたり、息子達の処遇についても触れられていた。つまりは遺言という事だが、その内容が自分の死を問題にするな、とでも言いたげなものばかりで、俺達は困惑するしかなかった。しかし、これがランスという人間なのだ。
 喪を終えた後、メッサーナの本拠はピドナへと移された。ピドナはメッサーナ領の中央に位置する事から、政務や軍務が執り行いやすい。また、メッサーナ領内で最も栄えている都市でもあるのだ。ただ、国境であるコモン関所が近いため、他の都市と比べて戦が身近にある。この辺りは、バロンの性格が出たという事なのだろう。
 バロンがメッサーナを建国する。この事について、すでに民にはお触れを出して知らせており、一部では祝福の声もあがっていた。今のところ、反対意見はなく、あとは戴冠式を済ませるだけである。これを終えれば、メッサーナは一つの国となり、メッサーナ国となる。そして、バロン王の誕生となるのだった。
 また、宰相と大将軍になる者も決まっていた。宰相はヨハンであり、大将軍はクライヴである。二人は政治と軍事の最高権力者となるが、だからといって絶対的な力を持っているわけではなかった。むしろ、各々の下に付く文官・武官のまとめ役のようなものと認識した方が良いだろう。
 そして、俺はスズメバチ隊を率いる将軍だった。しかも、将軍の中で最も若い。この事は利点とも欠点とも思わなかったが、周囲と見比べるといささかの不安を感じる事もあった。
 今のメッサーナの将軍は、壮年の男ばかりである。大将軍となったクライヴも、退役が視野に入る年齢だ。その他の将軍も、十年や二十年先を考えると戦場に居られなくなるだろう。つまり、今のメッサーナには後進が居ない。
 一方の国はハルトレインを初めとして、次々と後進がでてきているという。メッサーナとは違い、後進を育てるというのが当たり前になっているのだ。この辺りは、さすがに歴史があると言って良いだろう。この点は、メッサーナも見習わなければならない所である。
「ついに今日、メッサーナが国となるのだな」
 共に歩きながら、クリスが言った。クリスが言うように、戴冠式は間もなく始まる。
「はい、兄上。しかし、バロン将軍もよく決心してくれたと思います」
「それは私も同意だ。一国の王となるプレッシャーは、相当なものだろうな。そういえば、メッサーナ建国はお前が発案したと聞いたが」
「はい。ですが、ランス殿の頭の中にも建国の案はすでにあったようですよ」
「ほう、そうだったのか。しかし、国を建てるとは、凄い事を思いつくものだ。ある意味、天下取りよりも話が飛躍している」
「と言うより、天下を取るのに国家が必要だという事ですよ、兄上。そして、メッサーナは国家となり得る資格を持つに至った。ランス殿は、そうお考えになったのだと思います」
「成長したなぁ、レン。ちょっと前まで、ロアーヌさんに叩きのめされていたと思っていたが」
「昔の話ですよ。まぁ、父上が生きていたとしたら、やはり今も叩きのめされるのでしょうが」
「どうだかな。言葉の端に、自信が見えるぞ。今ならロアーヌさんに勝てるかも、とちょっとは思ってるんじゃないか?」
 そう言って、クリスは意地悪そうな笑みを顔に浮かべた。
「思ってませんよ、兄上。俺など、簡単に捻られます」
「そう尖るなよ。だが、今のメッサーナで一番強いのはお前だ。そういう意味で、期待してる」
「俺はまだまだです。俺の知っている最強は、他を寄せ付けなかった。そういう崇高さがあった」
 父の強さを超える事は、おそらく出来ないだろう。だが、競うつもりはなかった。強さとは己の問題であり、比較するものではないと思っているからだ。それに、父の強さと俺の強さは、別の次元の話だという気もする。
「ロアーヌさんは孤高だった。あの人は孤高過ぎたんだよ。レン、あまり言いたくない事だが、ロアーヌさんのようにはならないでくれ」
 クリスの口調が少し真剣になったので、俺は思わずクリスの方に顔を向けた。
「大丈夫ですよ。それに俺には、二人の弟が居ますから」
「シオンとダウドか。今度、ゆっくりと話をしてみたいな。俺とは違い、本当の義兄弟なのだろう?」
 俺とクリスは義兄弟の契りを結んだわけではなかった。あくまで、俺が兄として慕っているだけなのだ。だが、クリスも俺の事を弟のように可愛がってくれていて、実際の所は義兄弟のようなものである。
「今度、紹介しますよ。シオンは少し気難しい所がありますが、ダウドはすぐに懐くと思います」
 そんな会話をしながら、俺とクリスは戴冠式の場に入った。式場は二階建ての建物で、通路には赤い絨毯が敷かれている。その絨毯の先には二階屋外への扉があり、その扉の先では民が新王の登場を今かと待っているようだ。
 他の文官・武官の面々と共に指定された場所に着席し、新王を待った。場内はざわつく事もなく、静粛である。
 しばらくして銅鑼が一度だけ鳴った。官吏が一斉に立ち上がる。
「これより、戴冠式を始めます。新王となる者よ、ここへ」
 ヨハンの声だった。王座の隣に居て、両手で王冠を持っている。
 大扉が開かれた。そして、バロンが現れる。
 バロンはゆっくりと歩き、ヨハンの前で跪いた。そして、少しの会話のやり取りをした後、ついに冠を戴いた。
 新王の誕生である。場内は拍手喝采となった。そのまま、官吏と共に二階屋外へと向かい、バロンは民の前に姿を現した。
「今日この日、メッサーナは国となった」
 バロンの第一声だった。同時に民は熱狂の声をあげ、祝福を持って新王を迎えた。その後も、バロンの演説に区切りが付く度に民は声をあげ続けた。
 王となったバロンは、一体何を想うのか。鷹の目と呼ばれた一代の英傑は、一国の王となった。歴史の第一歩を、踏み出したのだ。
「私は、メッサーナは、必ず天下を取る」
 バロンは最後にそう言った。
 その時、俺は目を閉じていた。天下を取るためには、国を倒さなければならない。
 メッサーナ建国は、国を打倒するための第一歩だった。

       

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