Neetel Inside 文芸新都
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 スズメバチ隊の兵力は、一千にまで回復していた。そして、今はあえて一千で留めている。父の頃の兵力と比べると五百少ないが、兵を増やすには現状では新兵が多すぎるのだ。当然、指揮官も育っていない。だから、まずはこの一千を、真の意味でまともなものに仕上げなければならない。
 シオンがニールの姿を探していた。シーザー軍は原野で陣を展開しており、将軍であるシーザーは当然として、目立って見えるのは大隊長クラスまでだ。兵卒であるニールの姿は、ここからでは確認できないだろう。
「シオン、ニールにこだわるな。あいつもお前と同じ、兵卒だ」
「分かっています、兄上。ただ、初の模擬戦なので、少し意識してしまうのですよ」
 そう言って、シオンは自分の持ち場の方に駆け去った。調練を始めたばかりの頃と比べると、シオンはずいぶんと成長した。個人技においては、もう何も言う事はない。課題は集団戦であったが、こちらの方も課題でなくなりつつある。
 シーザー軍との模擬戦は、俺の方から申し出た事だった。相手にシーザー軍を選択した理由は、シーザーの戦い方がハルトレインのそれに最も近いからだ。ただ、近いというだけで似ているわけではない。ハルトレインの戦い方は自信に満ち溢れ、絶対に負けないという気があった。いや、負けない、ではなく、勝つ、という方が正しいのかもしれない。前者はともかく、後者についてはシーザーも似たものを持っている。むしろ、シーザーの方が凶暴だと言っても良いくらいだ。
 両軍の周囲で、他の軍の兵士達がはやし立てていた。模擬戦と言えども、スズメバチ隊と獅子軍のぶつかり合いは、それなりの価値があるらしい。
「レン殿、ここは勝っておきたい所です。バロン王も、ご覧になられているかもしれない」
「ジャミル、気張るな。模擬戦だぞ」
 言いつつ、ちょっとだけ背後に目をやった。小隊長であるシンロウと目が合い、シンロウは小さく頷いた。シオンも、シンロウ隊のどこかに居るだろう。
 角笛が鳴った。開戦の合図である。
「ジャミル、五百を率いてシーザーの気を散らせ」
 俺の命令を聞いて、すぐにジャミルは駆け出した。四千のシーザー軍は、すでに突撃をかけている。
 本来なら一千で真っ向勝負といきたいところだが、今のスズメバチ隊ではまともな勝負にならないだろう。兵数差については大した問題はないが、新兵が多すぎるのだ。
 ジャミルが良い所を衝き始めた。シーザーの手が届かないという所を、執拗に攻撃している。シーザーからしてみれば、鬱陶しい事になっているはずだ。損害も決して軽微ではない。
 突撃をかけていたシーザー軍が、足を止めた。そのまま俺の方に突っ込んでくるには、ジャミルの五百が邪魔すぎるのだ。
 シーザーは軍を二つに分けて、ジャミルに半数の二千を向けた。残りの二千で、再び突撃をかけてくる。
「よし、武器を構えろ。相手は勢いに乗ってくるぞ。呑まれるな」
 言って、俺も槍を構えた。馬腹を蹴り、駆け出す。
 先頭を切った。対するシーザーは中軍の方に居て、指揮を執っている。以前は自らが先頭を切っていたというが、もう若くはないという事なのか。
 ぶつかった。さすがに圧力は強大で、突き抜ける事はできそうもない。ただ、背後からの味方の後押しが強い。
 退かず、あえて前に出た。シーザー軍も同じように出てくる。両軍の喊声が渦巻いて、まるで地鳴りのようだった。
 両軍が交錯し、反転する。そして、またぶつかった。損害はシーザーの方が大きいという事は確認できたが、総数で言えば圧倒的にこちらが負けている。しかし、現状を打破する策はない。
 四度目の交錯。この時点でぶつかる余力は、もう残っていなかった。両軍が反転する。ぶつかるか。しかし、後続が付いて来れるのか。
 迷う暇はなかった。ぶつからず、横にそれる。しかし、その瞬間にシーザー軍が動きを合わせてきた。読まれていたのだ。
 不意打ちを食らったのと同じだった。横っ腹を貫いてくる。
「俺が犠牲になります。レン将軍、シーザー将軍を」
 シンロウの声だった。次の瞬間にはシンロウ隊が本隊から離れ、シーザー軍の中に突っ込んだ。不意打ちに不意打ちを合わせた形になった。シンロウ隊が遮二無二、中へ中へと入り込んでいく。
「死力を振り絞れ、シーザーを討つっ」
 雄叫び。同時に、シンロウの後を追った。その先頭。一人の男が道を作っている。目をこらすと、その男はシオンだった。
「シオン、出過ぎだぞっ」
 シンロウが声をあげたが、出過ぎているのではない。仲間と呼吸を合わせた上で、突出しているのだ。すなわち、シオンが戦の流れを作っている。
 シオンがシーザーの旗本に迫った。焦るな。そう念じた。その瞬間、シオンのすぐ後ろに居るシンロウが馬から落とされた。つまり、討たれたのだ。誰に。確認するまでもなかった。
「シオンが親父、なら俺はお前だ」
 ニールだった。声をあげ、俺に向けて突っ込んでくる。シンロウ隊の兵が遮ろうとするが、他の兵がニールを援護しており、止められていない。
 槍を構えた。閃光。偃月刀の一撃だった。そのまま何合かやり合う。さっさと勝負を付けたいが、敵中という事も相まって、決着まで結びつける事ができない。
 そうこうしている内に、シオンも馬から落とされた。シンロウという指揮官を失い、単騎同然での戦いだったのだ。無理はない。
 もはや、勝負は決まったも同然だった。
「スズメバチ隊の負けです。シーザー殿」
 そう言って、俺は白旗をあげさせた。同時に両軍の動きが止まる。
「やけに諦めが早いな。いや、割り切っている、と言う方が正しいか」
 シーザーが近付きながら言った。
「あのまま続けたとしても、勝ち目がありません」
「シグナスなら、己の力だけで何とかしようとしたな。ロアーヌなら、お前と同じ判断をしたかもしれん。馬から落ちて、兵に無様な姿を見せたくないだろうからな」
 そう言って、シーザーは白い歯を見せて笑った。
 最後の最後までやる意味がなかった訳ではない。ただ、負け方が酷過ぎた。仮に己の力だけで何とか出来たとしても、それが勝利だとはどうしても思えなかった。
 兵は十二分に戦った。歴戦の獅子軍を相手に、力量は上回っていたという感じはある。しかし、俺がシーザーに負けた。つまり、敗因は指揮官の力量差だった。
「俺の完敗です」
「戦い方がまだまだ若いな、レン。サウスに負けていたロアーヌを、つい重ねちまった」
 俺は何も答えなかった。ただ、悔しいという思いだけがある。
「ハルトレインとは良い勝負をしていた。いや、むしろ勝っていたな。奇襲という形だったがよ。だが、あれは奴に年季という名の経験がなかったからだ。今回、お前が俺に負けたのも、年季の有無だな」
 これが実戦だったら、俺はこの世には居ない。シンロウやシオンも戦死だった。この結果が、年季の有無なのか。
「年季の差を埋める方法が一つだけある。それは、仲間との連携だ。ロアーヌで言えば、シグナスとの連携だった。あの二人が揃った時、サウスは青い顔をしてたに違いねぇぜ」
 そう言って、シーザーは声をあげて笑い始めた。
「俺に迫ってきた若造、お前の義弟だったか? あいつをもっと上手く使え。他の軍に口出しはあまりしたくねぇが、シンロウの所じゃ器が小さすぎる。あの若造はもっとデカい器で使うべきだ」
 言われて、俺はただ頭を下げるしかなかった。今回のシオンの働きを見れば、シーザーの言う事はもっともである。つまり、シオンの使い方を間違っていたのだ。
「レン、バロンはお前を認めてるぞ。もちろん、俺だってそうだ。だが、まだ若い。若いが故に、経験が足りない。そこを肝に銘じておけ。それと」
 シーザーがニールの方に顔を向けた。
「俺の馬鹿息子も、お前ぐらいの男であってくれりゃ、助かるんだがなぁ」
「うるせぇな。俺だって必死なんだよ。レンとやり合って、一合でやられなかっただけでも凄いだろうが」
「ニール、おめぇは威張るレベルが低いんだよ」
 シーザーがそう言うと、ニールが怒鳴り声をあげた。そんなニールをシーザーがさらにからかう。
 まだまだ、学ぶ事はある。当たり前であるが、改めて俺はそう思った。

       

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