Neetel Inside 文芸新都
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 出世の波に乗っていた。あからさまに望んでいた訳ではない。しかし、それでもずいぶんと地位は向上したという気がする。
 軍団長である。私は、地方軍を治める長となったのだ。軍団長の次は、もう大将軍だった。
 しかし、大将軍になりたい、とは思っていなかった。器ではないのだ。そういう意味では、軍団長もそうなのだろうが、収まる所に収まってしまった、というのが正直な所である。
 無論、私一人の力でここまで来れた訳ではない。私一人であったなら、どこか辺境の将軍で一生を終える、というのが限界だっただろう。そんな私がここまで来れたのは、すなわちノエルが力を尽くしてくれたからだ。
 ノエルが最初に言ったのは、都の軍ではなく、地方軍で頭角を現していくという事だった。都の軍は総じてレベルが高く、中でもレオンハルト直属の軍の力は頭抜けている。そして何より、都の軍にはあのハルトレインも居るのだ。
 ならば、地方軍はどうなのか。都の軍と比較すれば、それほどの競合者は居ないと言って良い。だが、これは言い換えれば、それだけ地方軍のレベルが低いという事でもあった。ノエルはこの地方軍を基盤とし、力を付けていく事が肝要だと言ったのだ。
 まずは、ミュルスの太守から、というスタートだった。そういう状況下で一番最初にやったのは、副官という形でヤーマスとリブロフを私の側に置いたという事である。元々、二人は私と同格であった。所が、ミュルス反乱の鎮圧を境に、階級としての差が付いた。これは単純に私が鎮圧軍の総大将であった事と、二人がそれほどの戦功を立てなかった事が要因となっている。ここについては、はっきり言って私の運が良かった。
 ヤーマスとリブロフの軍人としての能力は、私よりも優れている。元々は兵の武術師範であった事から、個人の武芸においても同じ事が言えるだろう。この二人が私に臣従してくれるかどうかが鍵であったが、これについては軍令の力が上手く働いたのか、二人とも、私の下に付く事を承諾してくれた。
 こうして、私は自身の地盤を固めたのである。
 ここからは早かった。ノエルに政治を任せ、ミュルスの内政実績を前年よりも大きく引き延ばした他、軍もヤーマスとリブロフを中心に大きく立て直した。
 それからミュルス地方の統治を任され、そこから次々と統治領域が広まり、現在の軍団長となったのだった。
「恵まれ過ぎだな」
 ふと、独り言を呟いた。向かい側に座っているノエルが、首をかしげている。
「私は本当に軍団長の器だと思うか? ノエル」
「またその質問ですか。今の地位が答えですよ。レキサス将軍は、もはや官軍の二大巨頭の一人です」
 つまりは、そういう事だった。もう一人は、エルマンである。ただ、能力だけで言えば、エルマンよりハルトレインの方が優れているという噂も流れていた。それでも、実権を握るのがエルマンのままであるという事は、ハルトレインに何かしらの欠点があるのかもしれない。
「レキサス将軍は、自分を過小評価しすぎだと思いますよ」
 ノエルがそう言ったので、私は思わず苦笑した。自身を過小評価している訳ではないのだが、ノエルにはそういう風に見えてしまうらしい。都の軍ならともかく、地方軍では私はむしろ力がある方だ、という自覚も少しはある。
「しかし、メッサーナが国を建てるとはな」
 そう言ったが、ノエルは私の言った事を無視するように、冷水が注がれている杯を口に持っていった。そろそろ、秋が訪れる頃ではあるが、まだまだ暑い。
「国も王が代わりました。よって、政治が変わり、軍も変わります。そして、歴史も」
「メッサーナとの争いが、激化するという事だな」
「レキサス将軍は、メッサーナの事をどう思っているのです?」
 唐突な質問だった。それより気になったのが、何故かノエルが目を合わせようとしていない。
「国として見た場合、良い国であると言えるのだろうと思う。ただ、まだ若い」
「若い?」
「歴史を積んでいないのだ。もっと言ってしまえば、良い国であるというのは、今だけのような気がするな」
 メッサーナの人材面を見た場合、後進が育っているという気配がなかった。これは軍も政治も同様である。宰相はヨハンであり、大将軍はクライヴというが、これらの後進となるような人物が、今のメッサーナに居るのか。いや、王であるバロンの後継ですら、怪しいかもしれない。
 メッサーナは最盛期、すなわちはレオンハルトが前線に立っていた頃が輝き過ぎていた。ロアーヌが居て、シグナスが居た。今の主力である将軍や軍師達も、ずっと若くて力もあった。今のメッサーナに、当時の輝きがあるのか。そして、これから先はどうなのか。
 もっとも、これは国の視点の話だった。当然、メッサーナ側では現状の問題点に気付き、手も打ち始めているだろう。
 しかし、そんなメッサーナと比較した場合でも、国は後進が次々と育っているのだ。ハルトレインがそうだし、フォーレやヤーマス、リブロフもそうだ。当然、私も育っている後進の一人と言えるだろう。政治では、フランツの下にウィンセという男が居て、この男が次期宰相だという声もあがっている。
 そして、王が代わった事により、国の内情はガラリと変わった。それも良い意味でだ。
「まぁ、国とメッサーナが争って、どちらが覇権を握るのかまでは分からないが」
「なるほど」
「どうした?」
「いえ、先の事を考えていたのです」
「分かりやすく言え、ノエル」
「バロン将軍、いや、バロン王のような道もあったという事です」
 王になる方法もあった、という事なのか。しかし、違うという気もする。
「メッサーナの次の動きによりますが、戦の準備はしておいた方が良いでしょうね。新しく将軍も見出した方が良いかもしれません。それをヤーマス将軍や、リブロフ将軍の下に付ければ、より効果的です」
「ノエル、お前は何を見ている? いや、どこを見ている?」
「さぁ。実際、僕自身もよく分かっていないのですよ」
 それを聞いて、私は黙るしかなかった。本人が分かっていないのだから、これ以上は尋ねようもない。
 とにかく、戦の準備だ。私はそう思った。これだけは早い内からやっておいて、損はない。

       

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