Neetel Inside 文芸新都
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 私は共を連れ、ロアーヌとシグナスの墓前で祈りを捧げていた。
「報告するのが遅くなったが、ランス殿がそっちに逝った。後の事は、全て私に任せてくれ」
 言って、立ち上がる。
 メッサーナは国となり、私は王となった。将軍から王になる。この事について気負いは無かったが、環境の変化はまさに目まぐるしいものがあった。何せ、一国の主となったのだ。ただ、やる事自体はそこまで変わっていない。私の周りには頼りになる臣下が多く居るのだ。
「しかし、臣下、か」
 独り言を呟き、私は苦笑した。以前までは同志であったのに、今は臣下である。そう考えると、どこか苦笑もしたくなるのだ。
 今、メッサーナは内政を中心に整えており、これは宰相であるヨハンが上手くまわしている。ヨハンは、元々、メッサーナの政治を取り仕切っていた事もあり、王の私などよりも優れた政治手腕を発揮していると言って良いだろう。
 一方の軍事はそれぞれの将軍に任せてあるが、全体を見るのはクライヴの役目だった。ただし、私の弓騎兵のみは例外である。弓騎兵だけは、私自身が管轄するようにしていた。
 王になったからと言って、私は戦に出るのをやめようとは思わなかった。むしろ、こんな時代だからこそ、王自身が戦に出るべきだろう。そして、王が戦に出られる、というのは、国に対するメッサーナの優位性と言って良い。国の王は、まだ齢八歳であり、これはむしろフランツの傀儡と考えるべきだ。そして、フランツは政治家であり、戦に出てくる事はまずない。
 かつてのレオンハルトは、その姿を戦場に現しただけで、官軍の士気を大いに上昇させた。それに倣うわけではないが、私の王という立場は、最大限に利用するべきだろう。
 私が戦に出る事については、文官を中心に反対意見が続出したが、最終的には認める形となった。文官の言う事はわかるが、王が戦に出なくなったからこそ、あの国は腐ったに違いないのだ。元々は、国も王が戦に出ていた。そして、その時の国はまさに繁栄の象徴だった。
「よし、ピドナに帰る。早く戻らねば、ヨハンがうるさいからな」
 そう言いながら、私はホークに跨り、共を連れてタフターン山を後にした。
 今回、ロアーヌとシグナスに会いに来たのは、いわば礼儀のようなものだった。あの二人は、メッサーナ建国の立役者なのだ。二人が居なければ、メッサーナはここまで大きくなる事は無かった。私も北の大地の領主として、つまらない人生を送る事になっていたかもしれない。
 ピドナに戻り、私はすぐに王宮に入った。王宮と言っても、国のそれと比較すれば鼻で笑われる。元々のピドナ政庁を、それらしく飾り付けた程度のものなのだ。一方の国の王宮は、贅の限りを尽くした豪華絢爛なものである。ただ、王宮を立派にした所で大した意味はない。しかし、余りにも質素であれば、民らも不安を抱いてしまう。当然、外交などにも支障が出るだろう。王という立場は、この辺りにも気を使わなければならず、私にとっては少々、堅苦しい部分でもあった。
「バロン王、お早いお帰りで」
 私の姿を見つけ、ヨハンが話しかけてきた。この所、ヨハンは口うるさい。おそらく、歳のせいだろう。私もそうであるが、ヨハンの年齢は五十を迎えようとしている。
「宰相がうるさいからだろう。そうやって声を掛ける辺りが、またな」
 ルイスが皮肉を混ぜながら言った。言われたヨハンは何食わぬ顔である。
「もう間もなく、クライヴ大将軍が参られます」
「わかった。軍議の用意を頼む」
 私はそう命じて、私室の方に向かった。私室には妻が居て、今は何かの編み物をやっているようだった。妻であるカタリナは、王妃になった今でも家事などは自分でこなしているという。
「カタリナ、マルクとグレイはどうだ?」
 マルクとグレイは私とカタリナの間に出来た子だった。共に男児であり、長子がマルクでその弟がグレイである。
「二人とも、良く育っています。でも」
「マルクか?」
 私がそう言うと、カタリナは困ったような表情で頷いた。
 マルクは、何に対しても無気力だという傾向があった。というより、受け身なのだ。特に学問や武術の類だと、嫌がる素振りも見せる。一方のグレイは好奇心旺盛で、マルクとは正反対の性格だった。また、何をやらせても、グレイの方が良い結果を出す。二人はまだ四歳と三歳になったばかりだが、現時点ではグレイの方が優秀だった。ただ、長子はマルクなのだ。
「難しいな。いや、教育をお前に任せっぱなしである私が言える立場ではないのだが」
「あなたは王ですもの。仕方ありませんわ。内の事は私に任せて。昔から、そういう約束だったでしょう?」
 言われて、私は黙り込むしかなかった。カタリナは、よくやってくれている。私をいつも支えてくれるのだ。その上で、子供達の面倒も見てくれている。
「すまん。僅かな時間だが、子供達と顔を合わせてくるよ」
 私がそう言うと、カタリナは小さく頷いた。次いで、私は子供部屋の方に向かった。
「ちちうえー」
 部屋に入るなり、グレイの元気な声が聞こえた。すぐにこちらに駆け寄ってくる。一方のマルクは、私に一瞥をくれただけで近寄ろうともしてこない。
「ちちうえ、ご本を読んで」
「あぁ、後で良いのなら、読んであげよう。マルク、お前もどうだ?」
「うん」
 顔を別の方に向けたままの、素っ気ない返事だった。おそらく、興味がないのだろう。ならば、どうして興味がないのか。そして、グレイはどうして興味を持っているのか。しかし、本人達に聞いても、答えは返って来ないだろう。いや、親である私が考えるべき事なのだ。
「失礼します。バロン王、軍議の準備が整ったそうです」
 従者がやって来て、そう言った。
「分かった。すぐに行く」
 グレイの頭を撫でてやり、私は子供部屋を出て、軍議室に向かった。軍議室に入ると、各々はすでに席についていた。
「すまん、待たせたな。では、軍議を始めよう」
 話し合うのは、メッサーナの今後の動き方についてだった。アビス原野を攻めるのか。もしくは、別の所を攻めるのか。
 今の私は、父親であると同時に、メッサーナの王だった。

       

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