Neetel Inside 文芸新都
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 次の戦が決まった。その矛先はミュルス地方であり、目的は領土拡大だった。
 現状のメッサーナでは、アビス原野を抜く事は難しい。これはバロンの意見であったが、同意する声は強かった。単純な国力差もあるのだろうが、今のメッサーナは昔と比べて大きく力を付けたとは言いにくい。対する国の方は、徐々にではあるが力を付けてきている。と言うより、元々持っていた力を回復させたのだ。国はレオンハルトという大きな柱を失いつつあるが、代わりにハルトレインやレキサスといった次世代達が台頭している。それだけでなく、フランツが実権を握って内政も整いつつあった。
 矛先をミュルスに決めたのは、交易の主導権を握れるからだ。国の物流の中心がミュルスであり、ここを取れば天下はグッと近くなるだろう。ミュルスの他には、かつてサウスという将軍が治めていた南方の地が攻撃候補としてあがったが、これはすぐに却下された。南方は治安が悪いだけでなく、異民族の脅威もあるのだ。だから、保持し続けるのは至難の業と言って良い。確かに領土は拡がるが、奪取後のメリットが小さすぎるのだ。
 今回のミュルス攻略の作戦は、二段階に分けられていた。
 まず第一段階であるが、これは攻撃拠点の確保が目的だ。ミュルス地方には、砦が一つ存在しており、まずはここを攻め取るのである。その際に軍を二分し、一つはアビス原野へ、もう一つは砦に向けて出陣する。
 まず、アビス原野の方であるが、これは陽動だ。メッサーナは、これまでに二度もアビスに攻め込んでいる。だから、国もアビスには目を光らせているだろう。俺達はこれを利用する。すなわち、国の主力をこちらに引き付けるのだ。
 アビスには、その目的が陽動であるためか、かなりの兵力が投入される事となった。俺のスズメバチ隊もこれに含まれていて、他にはアクトの槍兵隊、シルベンの戟兵隊、さらには王であるバロンの弓騎兵までもが出陣する事となっている。そして、後方のコモン関所には、大将軍のクライヴが配される事となった。
 一方の砦に攻め込むのは、シーザーの獅子軍だった。俺達の陽動によって敵の目をアビスに引き付け、その隙に速さに優れる騎馬隊で砦を奪うのである。砦を守る敵軍の兵力は二千程度であり、守りは薄い。アビスでの陽動の効果も相まって、獅子軍の攻撃はそのまま奇襲になり得るだろう。また、後続としてクリスの戟兵隊が控えており、これは奪取後の砦の守備に回る。
 砦の奪取に成功すれば、俺のスズメバチ隊はミュルスへの攻撃軍に回る事になっていた。他にもアクトの槍兵隊も加わり、ここからミュルス攻略に本腰を入れる事となる。すなわち、ミュルス攻略戦の第二段階だった。
「しかし、スズメバチ隊が陽動か」
 俺は調練を眺めながら、独り言を呟いた。
「不服ですか、レン殿?」
 言ったのは、すぐ隣に居たジャミルだった。スズメバチ隊の中で、今回の作戦を知っているのは俺とジャミルだけである。
「いや、そうじゃないさ。ただ、ちょっとな」
 バロンの作戦については、これ以上にない最上のものだろう。特に陽動については、スズメバチ隊だけでなく、バロン自身もアビスに出陣するのだ。他にも、過去にアビス原野の戦いを経験したアクトやシルベン、後方には大将軍のクライヴが待機しているなど、編成を見れば、誰も陽動だとは思わない。
 ただ、陽動となると、軍の動き方が変わってくる。攻めるにしても、時間稼ぎを意識した形となるだろう。つまり、全力を出せない。
「ハルトレインですか」
 不意にジャミルがそう言ったが、俺は何も答えなかった。
 決して、こだわっているつもりはない。ただ、意識せざるを得ないのも事実である。おそらくだが、ハルトレインはアビスに出てくる。それだけの力を持っているし、そういう立ち位置にも居るのだ。そのハルトレインと、まともにぶつかれない。いや、ぶつかっても良いのだろうが、大筋の目的を考えると、ぶつかるべきではない。陽動の後には、ミュルス攻略戦が控えているのだ。
「お気持ちは分かりますが、私情を挟むべきではありませんな」
「分かっているさ、ジャミル」
「それを承知で、俺も申し上げました。なんというか、レン殿の事は昔から知っていますので」
 そう言われて、俺は苦笑するしかなかった。元々、ジャミルは俺の上官だった。それが今では副官である。歳も俺より四つ上だった。
「しかし、シオンは良い動きをしますね。遠目で見ると、良く分かる。旗本にしておくのも、勿体ないぐらいですよ」
 今やっている調練は、小隊ごとのぶつかり合いだった。旗本は当たり前として、シンロウの隊も良い動きを見せている。特に攻撃時がそうだ。
 シンロウ隊の調練内容は、攻撃中心のものにしていた。これは長所を伸ばすためである。他の隊も、それぞれの長所や短所に合わせた調練を課すようにしている。そして、これらの調練の結果が合わさって、スズメバチ隊は最強の名を欲しいままにしているのだ。
「少し、果敢過ぎるな。シオンが出てくる」
 ジャミルが呟いた。シンロウの事を言ったようだ。元々、シオンはシンロウの隊に居た。だから、お互いに意識はしているはずだ。
 ジャミルが言った通り、暴れながら指揮を執るシンロウに、シオンが向かって行くのが見えた。
 その直後、シオンがシンロウを馬から突き落とした。その手際は見事なもので、方天画戟の一撃だった。調練用とはいえ、シンロウも受け切れなかったのだろう。
「あいつ、シオンと張り合おうとしたな。個人戦で勝てる訳がないってのに」
 ジャミルが舌打ちしながら言った。その様子を見て、俺は口元を緩めた。ジャミルは、シンロウの事を買っているのだ。
 その後も、シオンは奮戦を続けた。危なっかしい所はあるが、それだけに目立つ活躍もしている。あとは、実戦をやらせるしかないだろう。
 今度の戦は、シオンの初陣か。俺は、そう思っていた。

       

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