Neetel Inside 文芸新都
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 メッサーナが軍を動かした。その矛先はアビス原野であるが、どこか不可解なものが付きまとうのが気にかかった。所々が不自然なのだ。これは僕が感じただけの事でしかないが、これまでにこういった予感が外れた事はない。
 まず第一に、軍の編成が不自然だ。あのバロンが、前線に出てくるのである。今までのメッサーナ、すなわち国となる前のメッサーナであれば、これはおかしな事ではない。バロンはピドナの太守であったものの、結局は一人の将軍に過ぎなかったからだ。だが、今のメッサーナに当てはめれば、話は違ってくる。今のバロンは王なのだ。つまり、一国の主なのである。
 そして、今回のアビス攻めは、一国の主が出陣する戦にしては、どことなく安直だった。少なくとも、満を持した出陣という訳ではないだろう。そう断定するには、あまりにも工夫がなさすぎる。つまり、これまでの正攻法と、何ら変わりない出陣なのである。
 これまでの正攻法では、メッサーナが勝利できる可能性は限りなく低い。これは今までの結果から見ても明らかだ。さらには、メッサーナにはヨハンやルイスといった切れ者が揃っている。この切れ者たちが、今回の出陣を黙って見過ごしたのか。いや、そもそもで、バロン自身がここまで愚かだとは考えにくい。
 だとすれば、何か裏があると考えるべきだろう。しかし、都の方では迎撃の構えを大々的に見せており、総大将のエルマンを始めとして、ハルトレインやフォーレといった将軍らが出陣していた。さらには、レキサスの地方軍にも援軍要請があり、ヤーマスとリブロフの二人を送り込んでいる。
 本当は、援軍を阻止したかった。ヤーマスとリブロフはレキサスの腹心であり、今の地方軍の主力となる将軍だからだ。しかし、ここで援軍を出し渋れば、要らぬ疑いを掛けられる可能性があった。レキサスは短期間で力を伸ばしたせいで、周囲から妬みを買ってしまっている。この事は、本人は気付いていないだろう。僕の所で、出来る限りの処理をしているのだ。
 都が大々的に動いたという事は、エルマンらはメッサーナの不可解さに気付いていない可能性が高い。それに、もう間もなく戦が始まるはずだ。
「ノエル、やはりミュルスの兵をもっと送るべきではないのか? アビスには、あのスズメバチ隊も出てきているというぞ」
 レキサスの声が聞こえた。いつの間にか、僕の部屋に入って来ていたらしい。考え事をしていると、周りが気にならなくなる。これは、幼い頃からの僕の癖だった。
「なりません。アビスは、ハルトレインに任せていれば良い。我々は、ミュルスを守る事に専念するべきです」
 ヤーマスとリブロフには、それぞれ五千の兵を付けていた。二人の力量を考えれば、五千という数はいかにも少ない。二人とも、万の兵を指揮する力を備えている。それをあえて五千にしたのは、アビスに兵力を割き過ぎるのは避けるべきだと思ったからだ。
「レキサス将軍は、今回のメッサーナ軍を、どこかおかしいと思いませんか?」
「さぁ。強いて言うなら、バロン王が出てきている事だろうが」
「それもあります。しかし、それは決定的ではない。僕はそう思うのです」
 僕がそう言うと、レキサスは顔を上に向けて唸り始めた。
 レキサスは、良い意味で鈍感だった。そして、この鈍感さが英傑の素質だと僕は思っていた。
 レンやハルトレインは鋭すぎる。これは、英傑の主張が強すぎる、と言っても良いだろう。上手くは言えないが、あの鋭さは自らを滅ぼしかねない。だから、誰か補佐する人間、いや、鈍らせる人間が必要だろう。そして、その役目は僕では無理だ。
 鋭すぎ、かつそれをコントロールできている人間は、僕が知り得る中ではレオンハルトただ一人だけだ。だが、レオンハルトは運に恵まれなかった。生まれる時があと二十年遅ければ、それこそ天下の覇者となり得ただろう。
 これらを全て踏まえた上で、レキサスは英傑になる素質を備えている。その証拠に、わずか数年で新米将軍から地方の軍団長にまで上り詰めたのだ。次は大将軍だが、これは狙わない方が良いだろう。レキサスは大将軍という器ではない。これは大きさという意味ではなく、種類の意味である。そして何より、本人が大将軍となる事を望んでいなかった。
「私はミュルスの守りを固めた所で、と思うぞ。軍が瞬間的に移動できるなら話は別だろうが、メッサーナで機動力に優れている軍は、スズメバチ隊とシーザーの獅子軍ぐらいだ」
 その瞬間、レキサスの言葉が僕の頭を貫いた。
「獅子軍。そうか」
「どうした、ノエル?」
「獅子軍ですよ、レキサス将軍。アビス原野には、獅子軍が出てきていない」
「ノエル、今更、何を言っている?」
「野戦なのに、騎馬隊がスズメバチ隊しか出てきていない。これはどう考えても不自然ですよ」
「まぁ、確かにそうだが」
 メッサーナの狙いは、このミュルスだ。これは、ほぼ間違いないだろう。アビスはあくまで陽動であり、本命はミュルスである。他の地方を狙っている事も考えられなくはないが、奪取後の有益性を考えれば、ミュルスが最有力候補になるのは明白だ。
 だが、レキサスが言った通り、軍は瞬間的に移動は出来ない。ならば、まずはミュルス攻めの足掛かりとなる場所を取ってくるはずだ。
「レキサス将軍、砦の兵力は二千のままですね?」
「そうだ。小さい砦だからな。仕方あるまい」
 獅子軍の兵力は一万前後だろう。とすれば、二千の守備など紙のようなものだ。指揮官が優秀であれば、堅守もできるだろうが、今の地方軍では期待しない方が良い。
「砦の前方に伏兵を配しましょう。上手くすれば、シーザーの首が取れるかもしれない」
「獅子軍が来るというのか、ノエル」
「ほぼ、間違いなく」
 問題は指揮官だが、残っている誰かを充てるしかない。レキサスにはミュルスに居てもらう必要があるのだ。この時、ヤーマスかリブロフのどちらかが居れば。
 だが、それでも上手くすれば、シーザーを討てる。討てるはずだ。

       

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