Neetel Inside 文芸新都
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 今頃、レンやシオンはアビスで激戦を繰り広げているはずだった。陽動が目的とは言え、今の官軍は手抜きで相手ができるものではない。ひとたび、ぶつかり合いが始まれば、官軍もメッサーナ軍も、それ相応の犠牲を払うだろうという事は容易に想像できた。
 まだ、戦を知っている訳ではない。恥ずかしい話だが、俺は二十歳になったというのに、戦に出た事がないのだ。友人であるレンなど、十五歳の時に戦を経験している。シオンも、俺より一つ年下のくせに、今回の戦で初陣を飾る事となった。
 周囲から、威勢が良いと言われてきた。親父がそうだから、息子もそうなのだ、とも言われてきた。
 威勢が良いというのは、自分でも分かっていた。周りを見れば、自分が乱暴者だという事も分かる。ガキの頃などは、威勢の良さで目立っていたようなものだ。一方、その頃のレンは、良く出来た優等生といった感じで、何かと気に食わなかった。それで、俺の方から絡んだりしていたが、相手にされる事はなかった。すました態度で、ちょっとだけ俺に目をくれる程度だったのだ。その辺りも、俺の神経を逆撫でした。
 ある日、俺はいつものようにレンに絡んだ。レンも、俺にちょっとだけ目をくれた。ただ、その後にため息を吐かれた。それが妙に頭に来た。なめられている、と思ったのだ。それで俺はレンに喧嘩を吹っ掛けた。
 殴り合いの喧嘩だった。結果的には引き分けであったが、それから何となくという感じで、俺とレンは仲良くなっていった。
 当時、つまりはガキの頃の話だが、喧嘩は引分けだった。だが、今は引き分けにする事も出来ないだろう。俺とレンの力量差は、どうしようもない程に広がってしまっている。
 レンは槍のシグナスの息子だった。同時に、剣のロアーヌの息子でもあった。そして俺は、獅子軍のシーザーの息子なのだ。
 親父の事は尊敬していた。一部の人間は猪だと馬鹿にするが、それは違う、といつも思った。前に突き進むというのは、難しい事だ。まず、勇敢でなければならない。勇敢であるという事は、男にとって最も大事な事だ。そして、勇敢と無謀は違う。
 親父の戦は、無謀ではない。きちんと機を読み取り、前に突き進む。それは、勇敢でなければ出来ない事のはずだ。
 獅子軍の兵達は、そんな親父の事を好いている。実際に、兵となって分かったが、親父は粗野でありながらも深い思いやりを持っている。しかし、周りは親父の事をただの乱暴者だという風にしか見ない。
 損をしている、とは思わなかった。俺にも、そういう所があるからだ。だからこそ、親父の事も尊敬できた。獅子軍の兵になれて、良かったとも思えた。しかし、それと同時に、他の軍には行けないだろう、とも思った。獅子軍の居心地は、独特の良さを持っている。どこか、家族のようなものを感じさせるのだ。そして、獅子軍のそんな所が、俺は好きだった。
「親父、いつ出動するんだ?」
 獅子軍は、北の都であるユーステルムで待機していた。出動となれば、ここから一気にミュルス地方まで突っ走る事になる。だからなのか、軍は常に出動態勢を維持していた。
「アビスの戦況が激化してからだ、ニール」
 親父が言ったのを聞いて、まだアビスでのぶつかり合いは始まったばかりなのだ、と思った。ただし、アビスから伝令が走ってくるのに、ある程度の時間差はある。親父が言ったのは、今掴んでいる情報、という事だろう。
「退屈か?」
「親父はどうなんだよ」
「まぁ、退屈と言えば退屈だな。しかし、若い頃ほどじゃねぇ」
 確かに、親父はもう歳だった。髪の毛には白髪が多く混じっているし、髭にも白いものが混じっている。指揮も、最前線ではなく、中軍で執るようになった。元々は、最前線、それも先頭に立って指揮を執っていたらしいのだ。
「しかし、お前もついに初陣だな、ニール」
「出来の悪い息子で悪かったな」
「全くだぜ。獅子軍の戦、きちんと見ておけよ」
 決して、気負っている訳ではない。しかしそれでも、妙な気分の昂りがあった。
「そういや、最近、ルイスに会ってねぇなぁ」
 親父がぽつりと呟いた。
 親父とルイスが不仲であるというのは、かなり有名な話だった。ルイスが親父を馬鹿にするのだ。ルイスが人を馬鹿にするのは珍しい事ではないのだが、特に親父が過剰に反応するのだろう。その辺りが俺にはよく理解できないのだが、それはルイスがかなり年上だからだろう、と思えた。仮にシオンやダウドが俺を馬鹿にしてきたら、想像しただけでも怒鳴りたくなるのだ。
「あいつと口喧嘩しねぇと、何となく気が引き締まらねぇ」
「嫌いなんだろ? ルイス軍師のこと」
「まぁな。だが、居ないと物足りねぇんだ」
 そう言って、親父は鼻で少しだけ笑った。ルイスは、アビス原野の戦に軍師として参戦しているはずだった。今頃、レンやバロンに嫌味でも言っているのだろう。
 しばらく、待機の日々が続いた。その間、二度、三度と伝令はやって来たが、獅子軍は待機のままだった。まだ、アビス原野の戦況はそれほど動いていないのだろう。
 雨が降っている日だった。伝令が、またやって来た。
「獅子軍、進発する」
 しばらくして、親父の号令がかかった。すぐに騎馬隊が隊列を組む。俺も、馬に跨った。
「目標はミュルス地方の砦だ。全速で駆け、奪取するぞ」
 獅子軍が、ユーステルムの軍営を飛び出した。駆け出すと同時に、風と雨が顔を打ったが、心地良かった。俺は、獅子軍の兵なのだ。いや、この戦で兵になるのだ。

       

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