Neetel Inside 文芸新都
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 アクトとシルベンが、フォーレと押し合っていた。さすがに攻勢時となれば、シルベンが前に出る。アクトはあくまで補助といった感じで、シルベンの背中を支えている、という恰好だった。今、戦況全体として見れば、六対四で俺達が優勢である。
 バロンがハルトレインを引っ掻き回しているのが大きい。というより、引っ張り出したのだ。最初、ハルトレインはバロンとの対峙を拒んだ。騎馬隊と弓騎兵の相性は、お世辞にも良いとは言えないからだ。しかも、指揮官はバロンであり、出来れば戦いたくない相手だろう。
 バロンは、これを逆手に取った。あえて、狙いを総大将のエルマンに絞り、遠距離から猛烈な勢いで矢を浴びせたのだ。それでエルマンは後退し、迎撃にハルトレインを向けた。力のある者が、難敵に充てられるのは当然である。バロンのやり方は、上手いと言う他に無い。俺が言うべき事ではないが、バロンは将軍としての格を、また一つ上げた。
 手綱を握り締めていた。ハルトレインとバロンが、激しくやり合っているのだ。本来ならば、バロンの位置に居るべきなのは、俺ではないのか。
「レン殿、軍議の時に出しゃばった俺が言うのもなんですが」
 ジャミルが、馬を寄せてきた。
「こだわりを捨てましょう。スズメバチ隊の、本来の責務を果たしましょう」
 言われて、俺は息を大きく吐いた。次いで唇を噛む。
「俺は、まだまだ未熟なのかな、ジャミル。父上のようにはいかない」
「当たり前でしょう」
「未熟か、やはり」
「不思議ですね。軍議の時には、あんなに落ち着かれていたのに、戦となったらこうも変わられる。まるで、俺と逆ですよ」
「俺はな、ジャミル」
 言いかけた所で、ジャミルがニコリと笑った。
「何、気にする事はありませんよ。未熟なら、未熟なりにやれば良い。それだけです」
 そう言われると、確かにそうなのだろう、と思うしかなかった。しかし、心の底では納得できていない。上手く言い表せないが、綺麗にまとめられた、という気しかしないのだ。
「まぁ、その、俺が言えた口じゃないですけど、二十歳やそこらのガキんちょが、未熟でない訳がないと思いますよ」
 言ったジャミルは、強張った笑みを浮かべていた。それで、俺も何かが吹っ切れた。
「そうだな、ジャミル。俺はガキんちょだ。ガキんちょだから、未熟だ」
「えぇ、そうです。その点、バロン王やシーザー将軍はおっさんです。アクト将軍や、クライヴ大将軍だってそうです。いや、クライヴ大将軍は爺さんかな」
 尚も、ジャミルの顔は強張っている。無理をしているのだろう。副官として、自分が成すべき事を考えた上で、無理をしている。いや、俺が無理をさせているのだ。
「ジャミル、ありがとう」
「いえ、俺も未熟です。副官としても、人間としても」
「共に成長すれば良い」
「結局のところ、最後には、俺が励まされるんだよなぁ」
 ジャミルが額に手をやりながら言った。およそ、戦場には似合わない空気だが、悪くない、と思った。
 前線に目を向けた。今、敵軍で動いていないのはエルマン、ヤーマス、リブロフの三軍である。これは、俺のスズメバチ隊に対する備えだろう。俺が動けば、三軍の内のいずれかが対応の為に出てくる。しかし、この状況は言い換えれば、スズメバチ隊だけで三軍を引きつけている、という事だ。
 今の戦況は官軍側が不利だ。その為、このまま維持というのは考えにくい。だから、控えの三軍が、間もなく援護の為に出てくる。その時が、スズメバチ隊の出撃の機だろう。それまでは、動かずに三軍を引きつけていた方が、全体的な目で見て有利だ。
 尚も、三軍は動かない。だが、アクトとシルベンがフォーレを押しまくっている。それは遠目からでも、ハッキリと分かった。
 不意に、エルマンの両脇を固めていた、ヤーマスとリブロフが動いた。その動きから察するに、アクト、シルベンを横から衝く構えだ。
「よし」
 それだけを言って、俺は馬腹を蹴った。出撃である。スズメバチの旗印が、風に舞う。
 右手を挙げた。攻撃準備の合図である。ヤーマスとリブロフを、引っ掻き回してやる。
 敵の槍兵。ヤーマス軍だった。側面から、全速で襲いかかる。敵兵が、アッと言う表情を浮かべていた。そのまま、槍で撥ね上げる。その次の瞬間には、敵は後退しながら槍を突き出してきていた。フォーレの援護を捨てて、スズメバチ隊と応戦する構えである。一方のリブロフは、フォーレの援護に入っていた。
 駆け回りながら、ヤーマス軍に攻撃を浴びせた。守りを意識しているのか、反撃の手数は少ない。
「ジャミル、半数を率いてリブロフ軍へ」
 旗手が合図を出し、ジャミルがリブロフ軍の方へと駆けていく。
 その次の瞬間、ヤーマス軍が攻勢に出てきた。さすがに、この機を見逃しはしない、という事だろう。ヤーマスの旗が、前線に出てくる。攻勢となったら、ヤーマス自らが出てくるのか。
 兵力差は比べ物にならない。ましてや、半数に割ったのだ。つまり、現状は五百の兵力である。対するヤーマスは五千だ。だが、相手が五千ならば、五百の戦い方もある。
 間断なく、敵の表面だけを攻め続けた。決して、深追いはしない。ヤーマスは兵力に物を言わせて、懸命に囲い込もうとしてくるが、そうなる前に隙間を縫って抜け出した。歩兵に捕まる程、スズメバチ隊はのんびりしていない。
 やがて、ヤーマスは囲い込みの輪を大きく拡げ始めた。抜け出す事もできない広域の輪である。だが、そうなれば壁の厚みが減る。つまり、突破も可能になる。
 突破と反転を繰り返し、ヤーマスの陣はハチの巣になっていた。それでも、敵に混乱はない。何かを持っている。いや、切り札のようなものを備えているのだ。
 不意に殺気を感じた。ヤーマスの旗。いや、これはヤーマス自身か。敵の切り札は、将軍そのものなのか。
「兄上」
 駆けながら、シオンが馬を並べてきた。
「分かっている。ヤーマスは自分で来るつもりだ。シオン、覚悟しておけ」
 次の瞬間、馬に乗ったヤーマスを先頭に、五百ほどの兵が突出してきた。さらに、他の敵兵が駆け、こちらを囲い込もうとしてくる。
 スズメバチ隊の一隊。俺自身が率いる旗本。馬一頭分だけ、他の隊より前に出た。全速で駆ける。側面の囲い込みを突破すれば済む話だが、あえて勝負に乗った。ヤーマス自身を粉砕すれば、この軍は封じ込めたも同じになる。
「何よりも、ヤーマスに手こずるようでは、ハルトレインに勝つなど夢のまた夢だ」
 槍。構える。ヤーマスも構えていた。俺の真後ろには、シオンが控えている。
 次の瞬間、閃光。馳せ違いの瞬間に、三度も槍を交えた。いや、三度も槍を交える機会があった。しかも、馳せ違いの直後に金属音が二回、こだましていた。つまり、ヤーマスはシオンともやり合ったのだ。
 もう一度。そう思ったが、戦い続ける余裕は無い。背中に、視線を感じた。おそらく、ヤーマスのものだろう。そう思いながら、包囲を脱した。
 両軍の退き鉦が、すでに鳴っていたのだった。

       

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