Neetel Inside 文芸新都
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 度重なる敵軍の襲撃で、俺は疲弊しきっていた。
 しかし、獅子軍はまだ生きている。兵力は五千を割ったが、尚も国境沿いで踏ん張っているのだ。頼みの綱は、クリスの援軍である。そのクリスは大急ぎでこちらに向かっているはずだが、まだ到着の報せは無い。
「敵の詰めは甘ぇ。実戦を経験してない奴の攻め方だ。ジリジリと損耗はさせられているが、耐え抜ける。クリスが来たら、一気に反撃に出るぞ」
 親父は、自分の足で兵達の間を歩き、励ましの言葉をかけていた。これも将軍の務めの一つなのだろう。確かに親父の言葉は、不思議な力を持っていた。不安だとか、恐怖だとかが消えていく。何とかなる。そう思えるのだ。
「おそらくだが、レキサスはここに来てねぇ。攻め方が教科書通りだからな。よほどの新任将校か、頭で戦をやる坊主が総指揮を執ってる。そんな奴らに、俺達が潰されるか? 獅子軍は、そんなヤワな軍じゃねぇだろ」
 親父の言葉を聞きながら、俺は握り拳を作っていた。俺達は、ここまで耐え抜いてきた。だったら、この先も耐えられるのではないのか。疲れた、などと言っている場合ではない。
「獅子軍は、これまでに激戦を何度も潜り抜けてきた。だからじゃねぇが、教科書通りの戦なんぞ、どうって事はねぇ。守りに入らざるを得ないのは歯痒いが、俺達はまだまだやれるぞ」
 親父が言い、兵達も声をあげる。その様子を見た親父は、一度だけ力強く頷いた。その表情は自信に満ち溢れていて、それがとてつもなく眩しかった。そして、俺も失いかけていた戦意を、取り戻している事に気付いた。
 俺は親父の言った事を、頭の中で反芻していた。教科書通りの戦。それは、親父の戦とは正反対のものになるのかもしれない。獅子軍は、メッサーナ軍の中でも型破りとして有名なのだ。ならば、相性としてはどうなのか。いや、そんな事は考えても仕方がない事だ。親父も、きっと考えていない。考えるだけ無駄だ、という気もする。とにかく、やるしかないのだ。生き残るしかない。
 それから、半日後に俺達は武器を取った。敵の襲撃である。それも、夜襲だった。
「固まれ、決して散るなっ」
 それぞれの隊長達が、大声で言っていた。敵の喊声が凄まじいが、実数は分からない。手綱を握りながら、俺は喘いでいた。敵の姿が見えないというのは、とてつもなく不安だ。一体、いかほどのものなのか。これまでの襲撃では、最大で五千ほどの兵力だった。あれから、日数も経っている。だから、敵の援軍が加わっていてもおかしくない。
「ビビるんじゃねぇっ。獅子は気高く構えているものだ、お前達は獅子軍だぞっ」
 親父の声が聞こえて、やがて遠ざかっていった。陣中を馬で駆けながら、兵達に激励を浴びせているのだ。そのおかげか、俺も含めた兵の士気が上がっていく。
 喊声が、近くなった。
「弓構えっ」
 隊長の声。一斉に、弓の弦を張る音が聞こえた。ただし、小弓である。射程も長くはないし、威力も小さい。獅子軍は近接武器で闘う部隊だ。だから、弓はあくまで牽制用だった。それでも、守りの時には重要過ぎる武器となる。
「放てぇっ」
 矢。撃つ。無数の風切り音が鳴った次の瞬間、敵の悲鳴が聞こえた。それでも、まだ喊声は聞こえる。
 さらに弓矢を三度放った。その直後、陣のかがり火に敵兵が照らし出された。だが、遅い。俺はそう思った。矢を受ける際に、防御を取らせたのか。だとすれば、親父の言う通り、やはり敵は詰めが甘い。
「来るぞ、蹴散らせっ」
 隊長の指示と同時に、俺達は馬で駆け出した。馬には馬甲(馬用の鎧)を着せており、多少の攻撃ならビクともしない。
 敵兵が槍を突き出しながら駆けてきていた。それを横に回り込んでかわし、手当たり次第に蹴散らしていく。
 自陣に誘い込んで、追い返すという事を繰り返した。その間、隊長達はしきりに敵の誘いに乗るな、と叫んでいた。敵は俺達を引っ張り出すために、様々な手段を講じてくる。しかし、敵には覚悟が無かった。これは戦いながら感じた事で、ある種の勘だが、出来るだけ犠牲を出したくない、というのがにじみ出ていたのだ。逆に俺達は必死だ。だから、相手も必死にならない限り、本気のぶつかり合いには発展しないだろう。相手の方が、どうしても逃げ腰になる。
 この辺りは、街中でやった喧嘩と同じだった。大抵は威嚇だけのつまらない奴が多くて、実際の喧嘩にまで発展するケースは稀である。その上で、喧嘩をする奴には、みんな覚悟があった。
 やがて、攻防は膠着し、敵は間もなくして引き上げていった。何とか、堪え切ったのだった。
 今回の夜襲での犠牲は、どのくらいなのだろう。多いのか少ないのか。もう、俺には分からなかった。
 その翌朝だった。
「シーザー将軍、ご無事でしたか」
 クリスの援軍が、ついに到着したのである。これで、生き残った獅子軍の兵達は士気を大きく回復させた。さらに、クリスは兵糧はもちろんの事、武具や建築物資も運搬してきていた。元々、クリス軍の出陣は、奪い取った砦の守備が目的だったという。
「お前ら、ずいぶんと待たせた」
 親父が兵達の前で喋っていた。全員が馬上である。
「クリス軍と共に、反撃に出るぞ。おそらくだが、敵軍もクリス到着の報を入手してるはずだ。そうなれば、敵は亀のように縮こまるのは目に見えてる。しかし、俺達はそういう敵を何度も粉砕してきた。だから、やれる。そうだろう、お前達」
 親父の言葉に、兵達が喊声をあげる。俺も、腹の底から声を出していた。
「獅子軍に遅れを取らないよう、私達も全力を尽くす。緒戦は敗れましたが、ここで巻き返しましょう、シーザー将軍」
 クリスが言って、親父は頷いた。レンが兄と慕うクリスは、小柄でありながら、特別な威容を備えていた。あぁいう人間は、喧嘩とは程遠いものだ。いや、仕掛けようとも思わせない。何となく、俺はそんな事を考えていた。
 そして、いよいよだ。いよいよ、獅子軍の逆襲だ。これまで、俺達は良いように弄(なぶ)られてきた。今度は、こっちの番だ。待ってろ、すぐにぶっ潰してやる。

       

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