Neetel Inside 文芸新都
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 今回から、何故か俺も軍議に参加させられた。親父に出るように言われたのだ。兵卒の俺が出ても良いのか、と問うと、親父は良いから出ろ、とだけ言った。
 軍議には、親父やクリス、各軍の隊長達が参加していて、総勢で二十名程度といった所である。
「敵の援軍についての情報が不足しています。手の者が、敵陣から戻れていません」
 クリスが言った。親父はすぐにでも攻めるべきだ、と主張したが、クリスは援軍を警戒していて、まずは様子見をするべきだ、と主張していた。
「援軍を率いてきたのは、ヤーマスとリブロフだ。二人とも、まだ三十になったばかりの若僧だぞ」
「その考えは危険だと思います、シーザー将軍。そして何より、率いてきた兵力が少なすぎる。これは、敵は兵力ではなく、将を欲していた、と考えるべきですよ」
「当たり前だろう。クリス、お前も戦をやって分かっただろうが、あの敵は戦が下手すぎる。だから、戦ができる将軍を欲したんだろうが」
「それならば、他の地方将軍でも良かったはず。つまり、ヤーマスとリブロフを待つ必要はなかったはずなんです。それなのに、二人を待った。待ちながら、ここまで退いた。何か深い意味があるのでは」
「考え過ぎだ。他の地方将軍じゃ、俺達の相手ができなかった。ただ、それだけの事じゃねぇのか」
「いや、二人は官軍の武術師範だった。戦の指揮については、まだ未知数ですが、武術に関してはかなりの腕前のはず。二人を待った理由を考えれば、この辺りがクサい」
「そこまで分かっていて、敵の援軍の情報が不足してるってか? 用心深すぎるぞ」
「援軍の目的がはっきりとしません。単なる迎撃なら、他の地方将軍でも良い。いや、砦まで一気に退いて、ミュルスからの大軍を待っても良い。それなのに、少数兵力でヤーマスとリブロフが出てきた。必ず、何らかの目的があるはずです」
「良いか、クリス。本来なら、すでに敵の砦を奪ってる。俺達は遅れてるんだ。遅れてるせいで、バロンやレン、アクトらは疲弊していく。だから、一刻も早く敵砦を奪取しなくちゃならねぇ」
「分かっていますが、動くには情報が不足しているんです。手の者が戻って来ないのも、気になる。もしかしたら、すでに始末されているかもしれない。そうだとするなら、何らかの策があると踏むべきです」
「俺達の士気は、逆襲からの連戦連勝で今や最高潮だ。戦には機がある。そして、その機は今だ。これを逃す訳にはいかねぇ」
「敵の援軍が来た事によって、機に微妙な変化があった、とは考えられませんか。ルイス軍師なら、ここで迂闊には動かない」
「ルイスの野郎は関係ねぇだろ。とにかく、俺は攻めるぞ。ヤーマスやリブロフといった若造なんぞ、俺が蹴散らしてやる」
「シーザー将軍」
 クリスが咎めるような口調で言った。しかし、親父は腕を組んで横を向いたままである。
 これ以上、話は発展しなかった。親父は獅子軍単体でも攻める意向を強く示し、クリスも渋々それに従う形となった。
 親父は明らかに焦っていた。敵の砦を落とせなかったばかりか、同胞も多く失ったのだ。まともに戦う事もできず、伏兵という卑怯な戦法で多くの同胞が死んだ。
 俺も目の前で、同胞が死んでいくのを見ていた。槍で串刺しにされた、あの嫌な音は、今でも耳に残っている。それを思い出すと、拳は熾りのように震えた。助けてやれなかった。自分の身を守るので、精一杯だった。
 前の隊長も、敵の弓矢で落馬した。その後の事など、考えたくもない。敵味方の騎馬が居た事を考えれば、踏み潰されてしまったのだろう。その隊長の部下の一人が、今の隊長である。
 とにかく、獅子軍は敵の伏兵で完膚なきまでに叩き潰された。無念に死んでいった同胞の為にも、復讐は果たさなければならない。
 その日の正午過ぎに、俺達は出陣した。獅子軍四千、クリス軍一万である。クリス軍を中央に配し、獅子軍は両翼に分かれていた。
 開戦の鉦が鳴った。敵軍のほとんどは歩兵で、ヤーマスやリブロフの旗も、歩兵部隊の中にある。
 敵軍は真っ直ぐにクリス軍にぶつかっていった。クリスは様子見のつもりなのか、堅陣のままである。一方の敵軍は、ヤーマスとリブロフの旗を中心に、グイグイと前進していく。じわりと、クリス軍は後退させられていた。
 遠目で見るとよく分かるが、敵は前進と踏ん張りを上手く使い分けている。つまり、呼吸である。クリス軍が息を吐く時、すなわち力が抜ける時にグイグイと押し込み、吸いこんで力が入る時には、踏ん張りに切り替え、クリスの反撃に抗する。
 クリスは堅陣から、陣形を変えなかった。攻める気がないのか。だとしたら、腑抜けだ。俺がそう思った時には、親父の旗が振られていた。突撃の合図である。
「仇を討つぞ。俺達、獅子軍は仲間の死を絶対に忘れねぇ」
 呟くように、俺は言った。直後、馬で駆け出す。偃月刀を天に掲げ、吼えた。周囲の兵達も吼えている。
 しかし、その瞬間、敵の二軍はクリス軍から離れ、すぐさま退き始めた。それも、急速である。辛うじて、隊伍は守られているものの、ほぼ退却と言って良い程の速さだ。
 その姿を見て、俺は無性に腹が立った。味方の兵が、逃げるのか、と罵声を浴びせている。俺も大声で、勝負しろ、と叫んだ。
 親父が追撃の合図を出した。二手に分かれていた獅子軍は一つにまとまり、逃げる敵軍を追う。相手は歩兵だ。すぐに、その背中に追い付いた。
「逃げる敵は騎馬の恰好の的だ。今こそ、同胞の仇を討つぞっ」
 隊長の声。敵の最後尾。すぐ目の前に敵の背がある。
 次の瞬間、横から圧力が掛かった。敵の騎馬隊である。二千程だが、臆せずに突っ込んできた。舌打ちと同時に、迎撃する。しかし、敵の目的は撹乱だったのか、二度目の突撃はない。その間に、敵歩兵は後退している。
 尚も追った。敵歩兵は、所々で反撃の構えを見せるが、まともにぶつかろうとすると逃げる。そして、その時には敵の騎馬が必ず撹乱を仕掛けてくる。これが、かなり鬱陶しい。
 とにかく追い回した。相手は歩兵だから、すぐに追い付ける。問題は撹乱で出てくる、敵の騎馬隊だ。
 親父の旗。獅子軍が二手に分かれた。二千ずつ。一方は、追撃。一方は、騎馬隊の迎撃である。俺の隊は、追撃だった。
 迎撃隊が、敵の騎馬隊に向かっていく。辛うじて付いてきていたクリス軍の二千も、それに合わさった。残りの八千は追撃隊に付いてくるつもりらしい。だが、騎馬に歩兵が追い付けるのか。
 敵の歩兵は、算を乱しつつあった。獅子軍に抗しきれないと判断して、次々に退却しているのだ。ただし、ヤーマスとリブロフが最後尾に出てきている。殿(しんがり)のつもりなのだろう。兵力は、二千ずつといった所か。
 偃月刀を構えた。もう、敵の騎馬隊が邪魔をしてくる事はない。駆ける。敵の背中。
「蹴散らしてやらぁっ」
 先頭だった。それが何故か、心を躍らせた。俺が獅子軍の先頭に居るのだ。
 偃月刀の一振り。敵を斬り倒す。そのまま、武器を振り回しながら敵陣を突っ切った。味方の兵も後から付いてくる。
 その時、ヤーマスとリブロフの旗が動いた。二つの旗本。こちらに向かって移動してくる。
 何でも来い。そういう気分になっていた。俺は獅子軍のシーザーの息子だ。どんな敵であろうと、ぶっ潰してやる。
「下がれ、ニールっ」
 親父の声だった。振り返ると、前衛の立ち位置に親父は居た。
「息子のてめぇが張り切ると、親である俺も張り切りたくなるだろうが」
「俺は同胞の仇を討つ。親父はもう歳だ。下がってろよ」
「クソ生意気な。良いか、ニール。今は最高の機だ。機ってのは、肌で感じなくちゃならねぇ。そして、獅子軍の機は、今だ」
 親父が一度だけ、吼えた。
「てめぇら、付いてこいっ。若き日のシーザー、ここに蘇るっ」
 言って、親父は馬の手綱を目一杯に引いた。同時に駆け出す。その姿を見た兵達が、一斉に喊声をあげた。地を轟かせる程の、大喊声である。シビれていた。俺は、親父にシビれているのを自覚していた。
 兵達の勢いが増した。駆けた。いや、飛んでいた。そう錯覚してしまう程の、勢いだった。ヤーマスの旗。見えた。
 貫く。敵も身構えていたが、問題にならなかった。貫き、吹き飛ばした。続いて、リブロフ。
「手負いでも、獅子は獅子だっ」
 親父の叫び声。親父は先頭に居る。
 再び、貫く。それで、敵は潰走に陥った。ヤーマスもリブロフも、旗を降ろした。逃げようとしているのだ。二千の獅子軍が、四千の歩兵を飲み込んだ。
「このまま一気に、砦を攻め落とす、いけぇっ」
 大喊声。逃げる敵兵を蹴散らしながら、竜巻の如く突き進む。

       

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