Neetel Inside 文芸新都
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 今、国は難しい局面に立たされていた。私の師であるフランツが死に、軍の象徴であったレオンハルトまでもが死んだのだ。そして、戦線を二つも抱えている。
 この状況を、どうするのか。宰相としての最初の仕事は、そう容易いものではなさそうだった。しかし、だからこそ、やる価値があるとも言える。フランツの後任として、ウィンセは適格なのか。周囲は、私をそういう目で見ているだろう。
 私が宰相になったのは、いわば出来レースのようなものだ。フランツは、ずいぶん前からそういう根回しをしていた気配があり、フランツの死後、私は当然のように宰相の座につくことになった。それだけでなく、軍権までもが委譲された。これは、莫大な権力である。今の私は、政治と軍事の最高権力者なのだ。
 かつては、フランツもそうだった。元々、軍権は歴代の大将軍らが握っていたはずだが、いつからかフランツが握る事になっていたのだ。もしかしたら、レオンハルトが自ら放棄したのかもしれない。私の知るレオンハルトは、権力などには興味を示さなかった。戦が好きで、武人としての誇りを持っていた。真の意味で、軍人らしい軍人だと言えただろう。
 一方のフランツは、根っからの政治家だった。派閥内での立ち回り方や、民心の得方など、自らの立場や権力に対しては驚く程に敏感だったのだ。特に、自らの敵となり得る人物を見抜く力がずば抜けていた。このおかげで、政敵を早めに潰し、宰相の座を死ぬまで守り抜いた、という所がある。もちろん、これは卓越した政治手腕があったからこその結果でもある。
 そして私は、政治家でありながら、軍人でもあった。私はフランツの意向で、若い頃から軍事にも積極的に関わるようにしていたのだ。期間は長くないが、南方の雄と呼ばれたサウスという将軍の副官を務めた事もある。
 自らの経歴は、誇りにしていた。そして、フランツが私を見込んでくれた事にも、感謝している。今の宰相という立場は、間違いなくフランツの遺産であり、私一人の力ではこうはならなかっただろう。
 政治家と軍人。私は、この二つの立場を経験してから、軍権は軍人に持たせるべきではない、と思っていた。軍人に軍権を持たせると、暴走する危険性が付きまとう事になる。すなわち、政治よりも戦を優先させてしまうのだ。
 戦をやるには、内政が整っている事が絶対条件である。軍費がなければ、軍は動く事も出来ないからだ。しかし、政治を知らない軍人は、内政を無視して闇雲に軍を動かしかねない。もっと言えば、逆説的だが、軍を動かせば金が入るのだ。だから、無理にでも軍を動かそうとする可能性が出てくる。
 さらに、今の国王は傀儡である。一旦、軍が暴走すれば、止めるのは難しい。だからこそ、政治家が軍権を握るべきだった。その上で、戦は軍人に任せれば良い。
 フランツは、権力を握った上で戦までもやろうとした。戦略を描き、実際に戦をやる将軍すらも、自分で決めていた。これは能力がありすぎたからだ。フランツは能力があったが故に、全てを自分でやろうとする所があったのだ。
 私には、フランツほどの能力は無い。だからこそ、戦は軍人に任せる。その上で、権力だけは保持すれば良い。
 だが、全ては今の状況を切り抜けてからだった。とにかく、今の国は戦をやっている場合ではないのだ。
 フランツとレオンハルトという、国の二大巨頭が一度に亡くなった。まだ表面化はしていないが、民は動揺しているだろう。その上で、戦までもやっている。
 民心を落ち着かせる為にも、ひとまずは軍を引き上げるのが先決である。しかし、理由が必要だ。一度、軍を引き上げろ、という命令書をエルマンに送ったが、ここで退けばメッサーナ軍が勢いに乗じて攻め込んでくる、という憶測とも呼べる理由で拒否の返書を寄越してきていた。
 しかし、今のメッサーナに、攻め込んでくる余力があるのか。獅子軍のシーザーが戦死し、アビス原野では消耗戦が続いているのが現状なのだ。ただ、報告だけの世界なので、見えない部分は多々あるだろう。軍人だった頃を思い出せば、それは嫌でも頭に浮かんでくる。
「宰相殿、よろしいでしょうか」
 思案に耽っていると、室外から声が掛かった。
「どうした?」
「メッサーナから書簡です」
 その言葉を聞いて、私は何かが頭に引っ掛かるような感覚を覚えた。
「入れ」
 従者が扉を開け、部屋に入ってくる。
「メッサーナの書簡というのは?」
「こちらです」
 従者が差し出してきた書簡を受け取り、中身を確認した。
 書いてある内容は、平たく言えば講和だった。しかし、限りなく降伏勧告に近いものである。最初こそ、レオンハルト、フランツの両名の死に対して敬意を払い、戦をやめようと持ち掛けてはきているが、戦の情勢はメッサーナ側に向いているとし、すぐに軍を退け、と書いているのだ。軍さえ退けば、追撃を含む攻撃はしない。その後、期限付きで講和を結ぶ。しかし、軍を退かなければ、ただちにミュルスに向けて進軍、攻撃を開始する、とも書いている。
 そして、最後にはバロンの署名が成されていた。つまり、メッサーナは国の威信を賭けている。ハッタリではない、と暗に示しているのだ。
「足元を見ているな。丁寧な言葉で書き連ねてはいるが、内容はとてつもなく横暴だ」
 私は、書簡を机の上に叩きつけた。それを見た従者が、僅かに緊張の色を顔に浮かべた。私が軍人を経験している事から、八つ当たりされると恐れたのだろう。軍人の中には、無闇に従者に当たり散らす者も少なくない。
 腕を組み、目を閉じた。
 書簡の内容は確かに横暴だが、メッサーナがミュルスに攻めてくる可能性は十分にあるだろう。メッサーナの国力を考えた時、民から絞り取る、という条件を加えれば、余力は十分にあるはずだ。
 ならば、攻めてきた場合、守り切れるのか。レキサスとノエルの組み合わせなら、という思いはある。だが、問題は軍費だ。少なくとも、アビス原野の軍を引き上げなければならない。いや、その前に民心である。今の状況で、ミュルスにメッサーナがやってくれば、それこそ民は恐慌状態に陥るだろう。
 講和に乗るのが最善、という事なのか。だが、書簡の内容をそのまま鵜呑みでは、条件が悪すぎる。現状で軍を退けば、都とミュルスの喉元に刃を突き付けられる事と同義なのだ。
 最上は、メッサーナ軍を北の大地とコモン関所にまで退かせる事だ。つまり、領土関係を戦の前と同じものにする。
「この書簡は、ある意味では好機になり得る、か」
 独り言を呟いた。フランツは、よく考え事をしながら独り言を呟いていた。
 メッサーナが講和を求めてきたというのは、好機になり得るはずだ。
「交渉だな。いくらか、ハッタリを噛ませる必要もあるだろう」
 また、独り言だった。

       

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