Neetel Inside 文芸新都
表紙

剣と槍。受け継ぐは大志
第十四章 仮初の平穏

見開き   最大化      

 国との休戦が決まり、俺はピドナに戻っていた。両国は、それぞれの戦線から軍を引き上げたのである。ただ、ミュルス方面には新たな砦を構築するため、三千ほどの兵が派遣されていた。休戦協定の条約の中に、そういう内容が含まれていたのだ。獅子軍が奪ったとも言える砦は、いわば有利な交渉を推し進めるための武器となったのである。
 今回の協定で、とりあえず戦は終わったが、バロンは天下を諦めた訳ではない。ミュルス方面に新しく砦を構築している事からも、これは明らかだ。軍事体制も、休戦前と何ら変化は無い。そればかりか、軍の再編なども検討しているらしい。
 それでも、戦は終わったのだ。協定上では、三年という期限が設けられているが、実際の所は分からないだろう。ただ、この国は、いや、この大地は戦をやりすぎた。メッサーナが反乱を興して、もうどれだけの時が経ったのか。二十年か、三十年。その間、ずっと戦続きだった。民は疲弊し、戦場となった所は荒廃してしまった。この大地は、平穏という時を獲得する為に、様々なものを失ったのだ。
 今回の休戦協定は、そういった失ったものを取り戻す起点となり得るのだろうか。
 俺はピドナの歓楽街を一人で歩いていた。シオンとダウドでも誘うかと思ったのだが、どうやらすでに二人だけで酒盛りに出ているらしい。長兄を差し置いて、という思いはあるが、口出しする気にはならなかった。特にシオンについてはそうだ。
 何となく、シオンが不満を抱いている節がある。アビス原野の戦中からだ。何が不満なのか、俺なりに考えてみたが、思い当たる節はない。あえて言えば、命令違反を叱責した事だが、シオンの真面目な性格を考えると、少し違うという気がする。命令違反は命令違反で、自分の中に落とし込んでいるはずなのだ。
 本来なら、すぐにでも話し合いの場を設けるべきなのだが、肝心のシオンが喋りたがらない。だから、何だかんだでずるずると長引いてしまっている。
 ふと、妓館の前を通りかかった。女を抱くというのも、久しくやっていない。しかし、俺は妓館がどうにも馴染めないのだ。玄人臭があると言えば良いのか、うぶさが無いのである。童貞は遊女で捨てたが、それ以来、妓館に足を運ぶ事は無かった。
 妓館で女を抱く気になれず、俺は適当な酒屋に入った。
「おう、隻眼のレンではないか」
 中央の丸卓から、声が掛かった。視線をやると、そこにはクライヴとクリス、アクトの三人が居た。
 珍しい面子である。この三人は、メッサーナの古くからの将軍だが、酒を飲むイメージはない。
 俺が軽く頭を下げると、クライヴが手で空いている席を叩いた。来い、という事である。様子から察するに、すでに酔っているようだ。
「こんばんは。珍しいですね、酒盛りですか?」
「シーザーが死んだのだ。酒で弔わねばなるまい」
 言って、クライヴが杯を呷る。貧乏ゆすりで、膝が揺れていた。これは昔からの癖らしい。
「レン、お前は一人か? シオンやダウドはどうした?」
「どうやら、俺を置いて酒を飲みに行ったみたいですよ、兄上」
「それで一人酒か? ロアーヌさんじゃないんだから、誰か適当に声をかけろよ」
 クリスが酒を差し出してきたので、俺はそれを一息に呷った。適当に、と言われた所で、周りは年上だらけなのだ。気を使う酒は、あまり美味くない。
「しかし、弟達も冷たいな。長兄抜きで酒か。レン、まさか嫌われてるんじゃないだろうな」
 クリスが白い歯を見せて笑った。クリスは酒に強いのか、そこまで酔った様子は見受けられない。その隣のアクトは、顔が真っ赤っかで、まるで熟柿のようである。俺の隣のクライヴは、相変わらず貧乏ゆすりが激しい。
「シオンはスズメバチ隊で使い続けるのか?」
 真っ赤な顔で、アクトが言った。口調は毅然としたものである。
「そのつもりです。シンロウが獅子軍の将軍となってスズメバチ隊を抜けるので、その後任をさせようと思っています」
「小隊長の器ではないな」
「どういう意味でしょう? アクト殿」
「アビス原野の戦を見て思ったが、あれはお前と肩を並べるぞ。動きが兵卒のそれではなかった。シンロウの後任では、力を持て余すだけだな」
「アクト殿は酔っておられる。レン、気にするな」
「俺は酔ってない、クリス殿」
 言いつつ、アクトが酒を呷る。俺も酒を呷った。
「かと言って、獅子軍の将軍をさせる訳にもいかないでしょう。ニールも居る訳だし」
「スズメバチ隊の将軍をさせれば良い」
「何を馬鹿な。俺より、シオンの方が優れているとアクト殿は言われるのですか」
「違う。お前はいわば万能だ。対するシオンは、攻撃特化型だな。動きに強気なものが垣間見えた」
「攻撃特化なら、獅子軍ですよ。しかし、獅子軍にはシンロウが居て、ニールが居る」
「ロアーヌ将軍は、万能でありながら、攻撃特化だった」
 またアクトが酒を呷った。
「隻眼のレンか。面白いな」
 貧乏ゆすりをしながら、クライヴが低い声で笑う。
「ロアーヌが両目であった事を考えると、実に面白い」
 クライヴが酒を注いできた。飲め、という仕草をされたので、俺はそれを一息に呷った。空の杯に、また酒が注がれた。
「レン、お前は右眼しか無い。だから、シオンに左眼をさせたらどうだ? 二人で一人。アクトが言いたいのは、これだろう」
「まさしく。大将軍、さすがです」
「伊達に歳は重ねておらん」
 二人が低い声で笑った。大声で笑わず、低い声で笑い合う様は、どことなく不気味だ。
 しかし、アクトやクライヴが言った事は、どことなく的を得ているのかもしれない。酔っ払いの戯言ではない、という気がする。シオンの不満も、この辺りが関係しているのかもしれない。一度、小隊長にあげる、という話をしたが、反応は思ったより良くなかったのだ。
 このシオンの件については、もう少し練った方が良いだろう。
「レン、分かっているだろうが、スズメバチ隊はお前の軍だ。シオンをどう使うかは、お前の自由だぞ」
「分かっています、兄上」
「そういえば、ニールには会ったのか?」
「いえ。父を失った悲しみは、俺も分かるつもりですから。今は一人にさせた方が良いと思います」
 それでも、時間を見て会った方が良いだろう。ニールは強がっているだけで内面は意外に脆い、という所がある。掛ける言葉は見つからないが、父を失った者同士で共有できる何かはあるはずだ。
「アクト、この後で妓館にでも行くか。お前も溜まっているだろう」
「俺は構いませんが、大将軍はお歳でしょう」
「何を言う。私を誰だと思っている」
「さすがです、大将軍」
「伊達に歳は重ねておらん」
 また、二人が低い声で笑った。完全に酔っぱらっているのだろう。単に、やり取りを楽しんでいるだけ、という風にも見受けられる。
 クリスの方を見ると、目が合った。
「二人とも、あまり酒が強くないのだ」
 それを聞いて、俺は苦笑するしかなかった。

       

表紙
Tweet

Neetsha