Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 俺は自分でも驚くほどに動揺していた。久々にダウドと会い、酒を飲む事になったのだが、そこでとんでもない話を聞かされたのだ。
「女は良いよ、シオン兄」
 ダウドは、底抜けの軟派男に成り下がっていたのである。俺がアビスで戦をやっている最中、ダウドは妓館で女を買い漁っていたのだ。そして、童貞を捨てた。そればかりか、今ではピドナの女を引っ掛けるのに夢中だと言う。
「ダウド、お前に何があったのだ?」
 この台詞を言うのは、何度目なのだろう。もう答えを聞くためではなく、自分を落ち着かせるために言っているようなものだ。ダウドも酒に酔っているせいなのか、また同じことを喋り始めた。
 ダウドは商家の娘に恋していた。これは俺が戦に出る前の話だ。だから、俺もこの事は知っている。しかし、その娘には男が居た。それでヤケクソになって、ダウドは妓館で女を買ったのだ。
 その時の女は年増で、乳も垂れ下がっていたそうだが、ダウドはそこで性の快楽を知った。それからしばらくは、妓館通いが続いたと言う。
「シオン兄、もう酒は良いよ。女を引っ掛けに行こう」
「何があったんだ、ダウド」
 また、この台詞を言っていた。俺の知っているダウドは、臆病な男だった。ニールと付き合い始めてから、どことなく調子の良い奴、という印象は付いたが、それでも軟派な印象などは無かったはずだ。
 いや、俺が動揺しているのは、そこじゃない。俺は女を抱いた経験が無い。だから、動揺しているのだ。しかし、何故。先を越されたからか。いや、それよりもダウドは女を引っ掛けると言っている。そんな事、俺に出来る訳がない。話を変えた方が良い。
「ダウド、お前は剣の修練を積んでるのか? ニールと離れて、疎かにしてるんじゃないだろうな」
「やってるよ、シオン兄。男は強くなきゃ、女にモテない。ごろつきに絡まれた時に対処できないからね」
「口だけじゃないだろうな? お前、身体は小さいままじゃないか」
「レン兄やシオン兄みたいな戦い方はできないと悟ったんだ」
「どういう意味だ?」
「俺は飛刀を使う」
 そう言ったダウドの眼が、僅かに光った。自信も垣間見える。
 しかし、飛刀とは。平たく言えば短剣投げだが、実戦であまり使えるものではなかった。というより、戦では、である。飛刀と言えば、まず思い浮かぶのは暗殺だ。弓と違ってかさばらないし、不意打ちも出来る。腕さえ確かなら、かなり優秀な武器と言えるだろう。
「普通の剣は諦めたのか?」
「別にそうじゃないよ。でも、続けても限界がある。見ての通り、俺は身体が小さいから。だから、飛刀だよ」
「スズメバチ隊はどうする?」
「俺には無理だと思う。正直、戦で活躍はできないだろうし」
 ダウドはそう言ったが、表情に暗さはなかった。すでに別の道を見つけているのか。口ぶりから察するに、普通の軍に入る気はなさそうである。ならば、どうするのか。その先を聞きたいと思ったが、ダウドの雰囲気がそれを良しとはしてくれそうもない。
「真面目な話はよそう、シオン兄。女だよ」
「お前な」
「なんだよ、シオン兄。童貞臭いこと言っちゃってさ。もう良いよ、俺は一人でも女を引っ掛ける」
 そう言って、ダウドは腰をあげて店を出ていった。それを見送ってから気付いたが、あいつは金を置いていない。
 舌打ちしたい気分を抑えて、俺は二人分のお代を払って店を出た。
 女か。ふと、俺はそう思った。ダウドは妓館で童貞を捨てた。確か、レンもそうだと言っていた。女にフラれて、ヤケクソだとも言っていた。つまりは、ダウドと一緒である。だからじゃないが、俺は妓館で童貞を捨てるまい、と心に誓った。兄弟三人で妓館も無いだろう。
 女と言えば、俺の財布をすった奴が頭に浮かぶが、恋心とは何となく違うという気がする。あえて言うなら、女を感じた、という具合だろう。あれを境に、女が気になり始めた所はある。
 一人で歓楽街を歩いていると、酒屋から見知った顔ぶれが出てきた。
 クライヴ、アクト、クリス、レンの四人である。クライヴとアクトは、もうかなり酔っ払っているのか、二人で訳の分からないやり取りをしているようだ。
「おう、シオン」
 レンが最初に声を掛けてきた。僅かに顔が赤くなっているのを見る限り、レンにも酒が入っているのだろう。
「レン、私は二人を軍営まで送り届けるよ」
 顔を真っ赤にしたアクトと、呆けた表情のクライヴを両脇に抱えて、クリスが言った。
「兄上、一人で大丈夫ですか」
 レンが言った。しかし、そんな心配をよそに、アクトとクライヴが、ろれつの回らない舌で会話している。
「伊達に歳は重ねておらん」
「さすがです、大将軍」
 かろうじて聞き取れた、アクトとクライヴのやり取りの間で、クリスは苦笑していた。
「兄弟で話す事もあるだろう。気にするな」
 そう言って、クリスは二人を抱えながら去って行った。
「クライヴ大将軍とアクト将軍、かなり酔っていたようですが」
「兄上の話では、あの二人、あまり酒に強くないらしい」
「そうだったのですか」
 あの様子を見れば、確かにそうだろう、と思うしかなかった。戦場で見せる姿とは、似ても似つかない。
「もう酒は良いのか? シオン」
「はい。兄上は?」
「俺も十分だな。とりあえず、歩くか」
 そう言って、レンが歩き出す。俺は、その横についていく形になった。
 レンの指揮が物足りない。俺はこれを言うべきなのだろうか。小隊長になる件を受けるなら、言わない方が良いだろう。しかし、言わなければ、レンも困るのではないか。歩きながら、俺はそんな事を考えていた。
「おい、シオン」
 呼ばれた。急だったので、俺もハッとした。
「なんでしょう、兄上」
「あれを見てみろ」
 レンが指差した。
 そこに目をやると、娘二人が複数のチンピラに絡まれているのが目に入った。通行人などは、見て見ぬ振りである。
「ちょっと軍が戦に出れば、これだ。なんだかんだで、治安維持も難しいな」
「助けないと」
「そうだな。だが、俺達が出ていって、喧嘩を吹っ掛けるんじゃ、面白味がない」
 言って、レンは無邪気な笑顔を見せた。
「シオン、あの女の子二人をさらおう」
「何を言っているのです、兄上」
 そうこう言っている内に、チンピラがじりじりと娘に近寄り始めている。
「右と左、どっちが良い? 髪が長い方と短い方だ」
「兄上、ふざけているのですか?」
「シオン、俺は大真面目だぞ。どっちだ?」
 言われて、俺は舌打ちした。今にもチンピラは娘に手を出しそうな気配である。
「意気地がないな。俺は長い方だ。うぶで上品な感じがする」
 次の瞬間、レンは駆け出していた。それで俺も、どうにでもなれ、という気分になった。レンの背を追う。
 チンピラ。見えた瞬間には、撥ね退けていた。続けざまに、レンが回し蹴りで残りを蹴り飛ばす。
「シオン、走れっ」
 無邪気な笑顔を見せて、レンが髪の長い方の娘を抱きかかえ、走り去る。
「御免っ」
 俺はそれだけ言って、髪の短い方の娘を抱きあげ、レンを追った。
 腕の中で、娘の身体が震えているのが分かった。ちょっとだけ顔の方に目をやると、表情には強気なものが宿っているのが見えた。
 それを見て、俺は自分の心が熱くなるのを感じていた。今、俺の腕の中に居る娘は、とびきりの美人だ。少なくとも、俺にはそう見える。

       

表紙
Tweet

Neetsha