Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。受け継ぐは大志
第十五章 真の幕開き

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「シオン、お前にスズメバチ隊の半数を預ける」
 将軍達が揃っている軍議室に呼ばれて、俺はレンにそう言われた。
「はぁ」
 正直、状況をよく理解できていなかった。王であるバロンが最も奥の席に座っていて、あとは順番にクライヴやアクト、クリスといった将軍達が座っている。新任のシンロウも居るし、当たり前だがレンも居る。
 元々は、レンに呼び出されていただけだった。シンロウの後任の件だと思って、軍議室に出向いてみたら、この面子だったのである。
 俺は兵卒だ。兵卒が、この面子を前に直立しているのだ。
「兄上、申し訳ありません。その、意味がよく分からないのですが」
「今のスズメバチ隊の兵数は知っているな?」
「はい、一千です。ロアーヌ将軍が御存命の頃は、千五百との事でしたが」
「そうだ。その一千の半分、五百をお前に預ける、と言っているのだ」
「それは大隊長、という事ですか?」
「違う」
 思わず、俺は首を傾げていた。ますます、意味が分からないのだ。
「シオン、お前を将軍に任命しようと考えている」
 バロンが言った。言われた瞬間、何かの間違いだろうと思った。しかし、周囲の空気がそうではない、と言っている。それに気付くと同時に、冷や汗が全身からにじみ出てきた。
 将軍。バロンは将軍だと言った。つまり、レンと同格だという事だ。いや、そんな事が有り得るのか。
「スズメバチ隊を二つに分割し、一つはレンが指揮する。もう一つはお前だ、シオン」
「バロン王、何故そのような事に? 俺にそんな資格は」
「レン一人では、ロアーヌにはなれん。ましてや、超える事も出来ん」
 クライヴだった。ここからでも、貧乏ゆすりをしているのが分かる。身体が小刻みに揺れているのだ。そして、そんな事にわざわざ気付く自分に、俺はちょっとだけ戸惑った。それだけ冷静という事なのか。
「シオン、矢継ぎ早になってすまんが、至急で部隊を整えろ。しかし、スズメバチ隊の単純なコピーは許さん。それなら、レン一人で十分だからな。お前に課すのは、別のスズメバチ隊の編成だ」
「バロン王、時間は、どの程度頂けるのでしょうか?」
 もう頭の中は、はっきりとしていた。要するに、今のスズメバチ隊を元にして、新部隊を作り上げろ、という事である。こうなった経緯までは読めないが、俺にその力があると判断されたから、今回の抜擢となったのだろう。そう思えば、やってやろうという気になった。
「一ヶ月。この期間で、兵の選出を済ませ、部隊の練度を高めろ。レンのスズメバチ隊もそうだが、最終的には五百を一千にまで増やしてもらう」
「分かりました」
「他に質問は?」
「兵の選出ですが、全て俺の独断で決めて構いませんか?」
「それで良い。いや、ジャミルだけは駄目だ。俺の副官だし、居なくなると困る事が多いからな」
 レンだった。俺はそれを聞いて、頷いた。
「分かりました。質問は以上になります。早速、今から兵の選出をしようと思いますが、よろしいですか?」
「無論だ」
 それを聞いて、俺は頭を下げた。
 軍議室から出ようとした時に、シンロウと目が合った。シンロウは何も言わず、口元を僅かに緩めただけだったが、頑張れ、と背中を押してくれたような気がした。
 もしかしたら、俺はこうなる事を望んでいたのかもしれない。レンの指揮が物足りないと感じた時から、一軍を率いたい、という想いが芽生えていたという気がする。上の言う事を聞くのは嫌ではないが、それよりも自分で物事を推進する方がずっと良い。
 今回の将軍任命は、一つの転機だ。しかし、まだ喜ぶのは早い。何と言っても、レンとは違うスズメバチ隊を作り上げなければならないのだ。スズメバチ隊は、すでに完成された部隊と言って良い。攻守共に隙が無いばかりか、全てが高い次元でまとまっているのだ。
 ならば、もう一つの完成形を作れば良いのか。しかし、具体的な案は特に出て来ない。どう転がしても、スズメバチ隊はスズメバチ隊にしかなれない気もする。変わり得るとするなら、指揮官の質が鍵となるのか。
 そういう事を思案しながら、俺は兵舎の一室に入った。そこには名簿があって、兵士達はこの名簿で管理されている。名前や身長、体重はもちろん、細かな特徴や癖までも記載されていた。
 具体案はまだ何も無いが、名簿を見ながら、俺は自然と攻撃面を重視している事に気付いた。レンの指揮下で兵卒として戦った経験から、やはりどうしても攻め足りない、という想いが強い。
 これは指揮官の質として活かせるかもしれない。そう思いながら、気になる兵に印を付けていく。
 五百人の兵に印を付けるのに、丸一日かかった。さすがに飯は食ったが、よほど熱中していたのか、気付くと眠っていたという事も何度かあった。
「キリも良いし、ちょっと休憩するかなぁ」
 そう呟いて、俺はため息をついた。ふと窓に目をやると、日光が差し込んでいる。日は中天に差し掛かった所だろう。
 立ち上がると、目まいが襲った。知らない内に、相当な疲れが溜まっていたらしい。
 日光を浴びるため、俺は外に出て散歩する事にした。
 しかし、五百人の兵を選出したのは良いが、俺に指揮が出来るのだろうか。今まで、俺はただの兵卒だったのだ。指揮と言えども、要は兵卒の延長線上の事なのだろうが、見なければならない範囲は大幅に広がるだろう。いや、見るべきものだって増えるはずだ。
 選出した兵とは、ひとりひとり会って話をするつもりである。俺が選んだ理由を、しっかりと伝えなければならない。そして、俺自身も兵達と共に学んでいくという事もだ。
 そんな事を考えながら歩いていると、女二人が優雅に会話している姿が目に入った。姉妹なのだろうか。どことなく、顔が似ているという気がする。その瞬間、俺はハッとした。
 エレナの事を思い出したのである。
 つい先日、酔った勢いでレンと一緒に二人の女をさらった。二人はモニカとエレナという姉妹で、エレナは妹の方だった。そして、レンは何を思ったのか、モニカを嫁にすると言い出して、俺にもエレナを嫁にしろ、と言ってきたのだ。
 それはともかく、俺はエレナの事を好いていた。おそらく、一目惚れというやつである。しかし、あれからまだ会っていない。恥ずかしいのだ。というより、会ってどうすれば良いのか分からない。
 急にダウドが憎たらしく思えてきた。あいつは、とんでもない女たらしなのである。
 歩きながら、エレナの事を考えた。彼女は肌が白く、華奢な身体つきで顔立ちも整っており、とびきりの美人だった。あれだけの美人なのだから、他の男も放っておかないだろう。外見以外でも、話していて落ち着くし、何よりも一緒に居て楽しかった。あぁいう女を、世間ではきっと良い女と言うに違いない。
 そこまで考えて、俺はなんだかんだと理由を付けて会っていなかった事を、悔いる気持ちになった。そして、それは焦りへと直結していく。
 しかし、今は将軍任命の件がある。女などにうつつを抜かす暇があるのか。そう自分に言い聞かせたが、焦りは収まらなかった。というより、将軍任命の件を会わなくて良い理由にしようとしていないか。つまり、エレナに対する、いや、自分に対する言い訳をしている。
「会いに行こう」
 そう決めると、俺は走り出していた。走ると、気持ちが躍った。同時に焦りも激しくなる。どうして、もっと早く会わなかったのか。会ってどうすれば良いかなんて、その時に考えれば良いだけではないのか。
 とにかく会わなければ、何も始まらないのだ。

       

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