Neetel Inside 文芸新都
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 俺は女を引っ掛ける為、夜の街を散策していた。これは毎日の日課である。すでに酒も入っていて、気分も良い。
 俺が女好きになったのは、妓館で童貞を捨ててからだった。
 最初の内は、女なら誰でも良かった。とにかく精を放つためだけに、女を求めていたと言って良い。俺がこうなった切っ掛けは失恋というやつだが、今となっては鼻で笑うような出来事である。一人の女に執着するなど、今の俺には有り得ない事なのだ。
 俺はレン三兄弟の内の末弟だった。長兄はレンであり、次弟はシオンである。二人は武術の達人で、おそらくは天下で通用する程の腕前だ。身体も大きく、見掛けは偉丈夫のそれである。一方、俺は身体は小さく、武術の腕前も大した事がない。一時期はこれに対して、ひどく劣等感を持っていた。二人の兄が、あまりにも眩し過ぎたのだ。
 しかし、成長していく内に考えは変わっていった。確かに俺は身体も小さく、力も無い。しかし、身のこなしだけは素早かった。それだけでなく、柔軟でもあった。
 これに気付いたのは、ニールとの剣の稽古である。剣術はある一定のレベルまでにしか成長しなかったが、回避の方はそうではなかった。自分でも、おや、と思うほどに成長を重ねていったのだ。
 いつからか、自己流で訓練をするようになった。剣術の方は、今のレベルから下がらない程度に訓練を続ける事にして、代わりに身のこなしを重点的に鍛えるようにしたのだ。この辺りで、俺は普通の軍に入る事を諦めた。自分の素質は、普通の軍では通用しないだろう、と思えたからだ。
 ならば、どこでなら通用するのか。答えは自ずと掴んでいた。それは、間諜部隊である。すなわち、戦う事を目的とした軍ではなく、情報収集を目的とする軍だ。
 間諜部隊でなら、自分の素質も活きるかもしれない。そう考えた俺は、訓練の内容もそれに沿う形に改め直した。相変わらず、自己流ではあったものの、それほど時間もかからず、次には気配を消す技を身に付けた。
 いつからか、仲間内から猫と評されるようになった。だが、あまり良いあだ名では無い、と思っていた。揶揄の意味も含まれているように感じたからだ。それで、俺は自身を見つめ直した。揶揄だと感じるのは、まだ完全に自分に自信があるとは言えないからだ。ならば、どこに自信が無いのか。そこで浮かび上がったのが、戦闘術が皆無であるという点だった。
 剣は使える。しかし、それはひいき目に見ても並程度の腕前なのだ。さらに俺は身体が小さい。まともにやり合えば、勝てる相手の方が少ないだろう。ならば、気配を消して一撃、というのはどうかと考えたが、どこか確実性に欠ける。
 気配を消して一撃を狙うなら、やはり遠距離攻撃だろう。つまり、飛び道具である。飛び道具で真っ先に思い付くのは弓だが、隠密行動との相性はあまり良くない。重いし、荷物としてかさばるのだ。
 そこで思い付いたのが、飛刀だった。攻撃回数、という意味ではかなり難があるが、弓と違って軽いし、かさばらない。そして、隠密からの不意打ちで、大抵の人間は一撃で葬れる。まだ極めるには至っていないが、すでに戦闘術として使えるレベルにはなっていた。
 隠密に不意打ち。気付くと、間諜部隊とは別の路線になってしまっている。かつて、国には闇の軍というものがあったという。要は忍びの集団のようなものだが、今の俺はそれに一番近いのかもしれない。意に介さず、こうなってしまったという感じだが、飛刀の技も一種の護身術と思えば悪い事ではないだろう。
 街中を歩いていると、前方に柄の悪い男が数人で俺をニヤニヤと眺めているのが見えた。ごろつきである。
 そのまま、男達は俺から目を離さず、こっちに寄ってきた。
「はい、お兄さん。こんばんは」
 口元に卑しい笑みを浮かべながら、一人の男が言った。予想通りの展開である。夜の街で女を引っ掛けるのは日課であるが、ごろつきに絡まれるのも日課だった。見掛けでなめられやすいのだろう。歳もようやく十七になったばかりだし、身体が小さくて貧弱に見えるのだ。
「ちょっと俺ら、腹が減ってんだわ。つー訳で、金貸してくれねぇかな?」
 俺は黙って、喋っている男を見ていた。体格は良い。従って、力もあるだろう。武術の才が無いので、相手の力量を探るのは下手くそだが、おそらくは大した事はない。実力があれば、こんな所でごろつきなどやる必要は無いからだ。
「黙ってねーで、なんか言えよぉ、なぁ?」
 童の頃の俺なら、ここで土下座をして金を差し出していただろう。あの頃の俺は、とにかく臆病だった。レンやシオンと賊退治に出た時に囮役を担った事もあるが、その時も必死に頭を下げるだけだったのだ。
 あの頃と比べると、俺もずいぶんと度胸がついたものだ。いや、自信が付いたのかもしれない。強くはない。頭が良いわけでもない。だが、身のこなしにだけは自信がある。
「なんかお前の眼、すげぇムカつくわ。殴っていい?」
 僅かな殺気。いや、殺気とは違う。しかし、それを感じ取っていた。まだ絡まれるのに慣れていない頃は、この辺りで脚に震えが来ていたが、今ではそれも無い。
「もう良い。殴る」
 瞬間、拳。仰け反り、かわしていた。この程度、造作もない。
「何を笑ってんだ、おい?」
 気付くと、口元が緩んでいた。同時に蹴りが飛んでくる。それをかわし、俺は首を鳴らした。余裕を見せたのである。
「おい、こいつ、なんかおかしいぞ」
 別の男が言った。だが、攻撃を仕掛けてきた男は頭に血が昇っているのか、表情は怒りのそれである。
「このドチビが。半殺しにしてやる」
「やれるものならやってみろ。あんたじゃ無理だ」
「てめぇっ」
 来る。拳の連打を全てかわしながら、後退した。騒ぎを聞き付けたのか、野次馬が出始めている。そういえば、前に絡まれた時に、野次馬の中から女を引っ掛けた時もあったか。今回もこいつらを利用して、女を引っ掛けるのも悪くない。俺は、そんな事を考えながら、男の攻撃をかわしていた。
 壁。後退を続けた俺は、背中にそれを感じた。同時に、ごろつきの男達が一斉に俺を囲む。
「もう逃げる所はねぇぞ、ドチビ。お漏らしするなら、今の内だぜ」
 そう言った男に向かって、俺は挑発の手招きをした。やはり、口元は緩んでいる。男が顔を真っ赤にして、殴りかかってきた。
 目を見開く。跳躍。同時に、背の壁を蹴って宙に舞い上がっていた。男。壁を殴りつけている。その男の頭を踏み台にして、俺は囲みの外に着地した。
「ふ、ふざけやがって」
 わなわなと震える男を横目に、野次馬は喝采の声をあげていた。
「これ以上は恥をかくだけだ。家に帰って、お母さんに慰めてもらいなよ」
「こ、このクソガキがっ」
 また男が殴りかかってきた。その眼には怯えが混じっている。逃げれば良いのに、と思ったが、そうはいかないのだろう。これだけの野次馬が居るのだ。このままでは、面子が立たない、と思っているのかもしれない。
 飛んでくる拳を身体を開いてかわし、男の後頭部に平手打ちをかました。同時に野次馬の喝采。歯を食い縛った男が、回し蹴りを放ってくる。それを屈んでかわし、足払いをかけると、男は頭から素っ転んだ。また、野次馬が喝采をあげる。
「ち、ちくしょう」
「な、なぁ、もうやめとこうぜ。こいつ、やっぱりおかしい。あんだけ動いてるのに、息一つ乱してねぇぞ」
「てめぇ、覚えてろよっ」
 これまでに何度も聞いた台詞を吐きながら、男達は逃げ去っていった。結局、逃げるのか。そう思いながら、俺は目を野次馬の中に移し、良い女が居るか物色を始めた。以前は女なら誰でも良かったが、今はやはり上玉を抱きたい。良い女と寝ると、満足度が違うのだ。しかし、野次馬の中に俺の心をくすぐる女は居ないようだった。
 女の方から何人か寄ってきたが、抱くには値しない女ばかりで、俺は適当にあしらって夜の街に戻った。

       

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