Neetel Inside 文芸新都
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 ごろつきをあしらってからも、俺は夜の街の中を歩いていた。やはり、女を抱きたいという欲求は強い。
 しかし、目に入ってくる女の数は多いものの、どれもしっくりとは来なかった。どういう女を抱きたいかは、その日の気分にもよるが、今日はとびっきりの上玉が良い。と言うより、今日は上玉以外は抱きたくない、という気分である。ごろつき相手に遊んだせいか、いつもより気が大きくなっているのかもしれない。
 そのまましばらく歩いていると、一人の女が目に入った。後ろ姿だが、美人の気配がある。幾人もの女を抱いた俺だが、あの気配は間違いなく良い女だ。
 俺はその女に駆け寄った。
「お姉さん、こんばんは」
 後ろから声を掛けつつ、俺はその女の顔を見た。
「げぇっ」
 同時に声をあげていた。決して女が醜かったわけではない。美人ではあった。やはり、俺の勘は当っていたのだ。だが、その女は。
「ちょっと。あんたから声をかけて、げぇっは無いでしょ」
 ラウラだった。なんと、あのニールの妹である。昔から美しいとは思っていたが、性格がキツ過ぎる。男勝りだし、ずけずけと物は言うしで、俺は苦手だった。と言うより、ニールの妹なのだ。あのニールの妹と考えただけで、もう何か嫌だという気がする。
「うん? あんた、レンさんの弟のダウドじゃない?」
「ひ、人違いです」
「そんな訳ないでしょう。あんた、ろくでなしになったって聞いてたけど、軟派男になってたのね」
「違いますって。女を引っ掛けるのは毎日の日課で」
「あっそ。で、私は引っ掛けないわけ?」
「いや、その」
「兄様に言いつけるわよ」
「それだけは勘弁してください。本当に」
 レンやシオンに言われるよりも、ある意味で嫌な事だった。何故かは自分でも分からないが、ニールから本気で怒られたら、頭が上がる気がしないのだ。レンやシオンとは兄弟だが、ニールとは親分と子分の関係に似ている。
「こんな所でブラブラする暇があったら、とっとと軍に入りなさいよ。あんたのお兄さん、シオンさんも将軍になりそうって聞いたわよ」
 初耳だった。しかし、そうなるだろう、という予感はあった。そして、予感が現実になっただけの事だ。だが、微妙な焦りを俺は感じていた。目指す道は間諜部隊だが、今の俺は鍛練を積んでいるだけに過ぎないのだ。
 いや、本当に俺は間諜部隊を目指しているのか、体得した技は確かに間諜部隊で活きるものばかりだが、使い切れない、という予感がある。俺が求めているのは、間諜部隊よりさらに上の何かではないのか。
 そこまで考えたが、自身の現状を省みて、俺は苦笑した。とにかく、今の俺は鍛練を積んでいるだけで、具体的な行動は起こしていないのだ。
「世話を焼くわけじゃないけど、遊んでばっかじゃ良い男になれないわよ」
 言われた瞬間、心の奥底が熱くなった。グッと何かを鷲掴みされたような感覚である。同時に小うるさい、という想いもある。
「あの」
「女遊びも程々にね」
 そう言って、ラウラは背を見せて歩き始めた。酒飲みと聞いているので、これからどこか飲み屋に入るのかもしれない。追いかけたい衝動に駆られたが、理性に似た何かが馬鹿馬鹿しいとも言っている。
「ニールさんの妹だぞ」
 自分に言い聞かせるように、俺は声に出して言っていた。ラウラを女として意識している。いや、そんな気がするだけだ。しかし、ラウラの言葉は間違いなく俺の心の中に入って来た。
 これまでに俺は幾人もの女を抱いてきた。しかし、そういった女とは飽くまで一会(いちえ)の関係であり、深い繋がりは全く無かった。だからなのか、会話も上辺だけの内容が多かった。それはそうだろう。会話は抱く為の、精を放つ為の通過点に過ぎないのだ。
 しかし、ラウラとの会話は違った。ラウラと話をしたのは、ニールと訓練をしていた時以来である。もっと言えば、妓館で童貞を捨てる前だ。つまり、女を知らない時期だった。
「興が削がれたなぁ」
 ぼやきだった。何故かは分からないが、女を抱く気も失せている。というより、ラウラの事が頭に浮かんでくるのだ。
 馬鹿馬鹿しい事だ。俺は再度、そう思い直した。しかし、良い男になれない、という言葉だけは強く頭の中に残っている。そして、俺は何がしたいのだ、とも思った。
 長兄のレンはスズメバチ隊で将軍をやっていて、次弟のシオンはスズメバチ隊の兵だったが、今は将軍になりそうという所に立っている。一方の俺は、定職にも就かず、軍にも入らず、夜の街で女漁りだ。これは兄弟の中で汚点とならないか。
 レンやシオンに何かを言われた事はない。あえて言うなら、シオンに軽く咎められそうになった程度だが、基本的には放任されていた。いや、それで当たり前なのだ。俺の人生なのだから、俺が決めなくてはならない。
 旅立ちを思い返す。シオンを慕って、ここまで来たのではないのか。別れに耐えきれず、俺はここまで来たのだ。それなのに、遊び呆けてばかりいる。
「良い男になってみるか」
 呟いたが、女漁りはやめられないだろう。しかし、現状のままで過ごす気はない。だから、行動を起こそう。そう思いながら、俺は家路についた。
 翌日、俺は服装を正し、ピドナの政庁に向かった。間諜部隊への入隊を申し入れる為である。間諜部隊の管理はヨハンがやっていると聞いた事があるが、本当かどうかは知らない。ヨハンの事で俺が知っているのは、メッサーナの宰相であるという事だけだった。
「止まれ、何者だ」
 政庁の入り口の所で、早速、衛兵に止められた。
「ヨハンさんに会いたいんですけど」
「宰相に何の用だ?」
 衛兵の口調には、警戒の色が見える。服装を正したつもりだったが、どうやら不審者に見えてしまっているらしい。
「それ言わなきゃ駄目ですか?」
「当たり前だ、小僧。何なら、この場で追い返しても良いんだぞ」
 衛兵の高圧的な態度に腹が立ったが、グッとこらえた。
「間諜部隊に入りたいんですよ」
「何、間諜部隊だと? しかし、なんだ。そのヘンテコな身なりは」
「ヘンテコ? 別にそういうつもりはないんですけどね」
「まぁ良い。間諜部隊だったら、今は宰相ではなくルイス軍師が管理している。しかし、あの方も多忙だ。会う約束は取り付けてあるのか?」
「いいえ。急に思い立ったので」
「ふざけるのも大概にしろ。まずは会う約束から取り付けるんだな」
「はぁ。じゃあ、今から取り付けます」
「だったら、一年後にでも来るんだな」
 ここで俺は衛兵にまともに相手にされていない、という事に気付いた。完全に不審者か何かだと思われている。いや、俺の受け答えがまずかったのかもしれない。
 いずれにしろ、このまま押し問答を続けるのは時間の無駄である。もっと言えば、面倒くさい。そう思った俺は適当に会話を切り上げ、その場をあとにした。
 しかし、これからどうするか。間諜部隊がルイスの管轄下であったのはまだしも、会うのに約束を取り付けなければならないというのは、計算違いである。レンかシオンにお願いするのが手っ取り早いが、人脈を使って入隊するのは気に食わない。
「忍び込めば良いか」
 俺はそう考え、実行する事とした。さすがに白昼堂々というのは無理なので、日が落ちてからが良いだろう。

       

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