Neetel Inside 文芸新都
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 懐かしい顔だった。そして、心のどこかで待ち望んでいた顔でもあった。
「ハルト、久しぶりだな」
 フォーレである。都の旧レオンハルト軍に属していたはずだが、たった一騎でこの南の地にやって来たらしい。
「どうしたのだ、フォーレ? お前はエルマン殿の麾下だったはずだろう」
「それだが、残念な事に外されてしまったよ」
 そう言って、フォーレが白い歯を見せて笑う。この笑顔も懐かしかった。思えば、私が都を離れてから一年が過ぎようとしているのだ。
「降格処分でも受けたのか?」
「まさか。お前じゃあるまいし。詳細はよく知らないが、ウィンセ宰相の命令だって事は確かだな」
 今、国の軍権は宰相であるウィンセが握っていた。これは旧レオンハルト軍も例外ではなく、当然、エルマンもその範疇に入る事となる。
 今回の異動の件は、フォーレの言い方から察するに、エルマンは反対したのだろう。フォーレは実力のある将軍だし、何よりも若い。エルマンが手元に置いておきたい、と思うのは当たり前の事だ。
 今のエルマンは死んだ父の後釜だと目されているが、持っている力はそれには遠く及ばなかった。これは権力という意味だが、ウィンセにかなり削られてしまっているのだ。
「しかし、どうして南に?」
「それは俺が聞きたいぐらいだ。旧レオンハルト軍の軍籍を剥奪されたかと思うと、次はレキサス将軍の麾下だぜ」
「ならば、私と一緒だな。安心しろ、レキサス将軍の器量は相当なものだ。おそらく、エルマン殿よりも優れているぞ」
「そのレキサス将軍からも命令を受けてるよ」
「どういう命令だ?」
「お前の副官をやれって命令だ。つまり、俺はお前の下だ」
 そう言って、フォーレは大声で笑った。そんな姿が、私には新鮮だった。以前のフォーレは茫洋としている印象が強かったのだ。しかし、今のフォーレは、どこか豪快さのようなものを伴っている。しばらく会っていなかった内に、性格が変わったのかもしれない。
 しかし、私の下に就くというのはどうなのか。旧レオンハルト軍の頃は、同格の将軍だったのだ。私は構わないが、フォーレは内心、穏やかではないだろう。ただでさえ、地方軍に左遷となったのに、さらに将軍ですらもなくなったのだ。
「ハルト、そんな顔をしてくれるな。俺は別にこれで良いと思ってるよ。レオンハルト大将軍の居ない都の軍なんて、大した価値は無い。かといって、地方軍で将軍をやるにしても、力を持て余すだけだ。それなら、お前の副官をやっていた方がマシだからな」
「そうか。いや、正直に言うと、私は助かる。ここは色々と想像以上でな」
「らしいな。実はさっき、ここの太守らしい奴に、新入りかと聞かれたよ。そうだと答えたら、自分が太守だ、と宣言された」
「ヴィッヒだな。狭量だが、能力は確かな男だよ。仲良くしておいて、損はない」
「お前、見た目も偉く変わったと思ったが、中身も変わったな、ハルト」
 そう言われて、私は苦笑するしかなかった。見た目は日焼けと半裸の格好のせいだが、中身については色々な人間に散々、言われてきたのだ。会った事もない人間に、イメージと違う、とまで言われた事もある。
 それだけ、過去の私はおかしな人間だったのだろう。確かに、父という名の壁を前に立ち止まっていた頃の私は、自分でも良いイメージはわいてこない。
「異民族とは戦ったのか?」
「一応な。しかし、こちらから攻めるような事は、しばらくしていない。そろそろ、動くべき時かもしれん、とは思っていたが」
 あれから、調練で兵は鍛え続けてきた。精鋭とまでは言えないが、十分に戦う事は出来るというレベルにまでは仕上げている。そのおかげか、異民族の奇襲を受けても、それほど兵が混乱する事も無くなった。
 ただ、指揮官の数が足りなかった。小隊はともかく、大隊の指揮をする人間が私以外に居ないのだ。そうなってくると、やれる戦はどうしても限られてくる。しかし、フォーレが来てくれれば、かなり状況は改善される事になるだろう。
 大隊を二つ作って、一つを私が指揮、もう一つをフォーレが指揮、という形にする事が出来るのだ。ただ、そうするにはフォーレにも南の地の戦を知って貰わなければならない。
「フォーレ、ひとまずは戦をやってみるか」
「俺はそのつもりで来てる。ただ、大活躍は期待しないでくれ。ここに来る前に、嫌というほど、エルマン殿に脅されたからな」
「それは私もだよ、フォーレ。まぁ、しばらくは、私の麾下に居てもらう。それに、そろそろ斥候が戻ってくる時間だ」
 斥候はほぼ毎日、放っていた。さすがに放つ時間まではバラバラだが、異民族の動向を知るのに斥候は必要不可欠なのだ。
 異民族は密林の中にいくつかの拠点を持っているらしく、その内のどれかにハーマンという男が居るとの事だった。このハーマンが、要するに異民族の頭である。仲間からは大王と崇められており、相当な巨躯らしいが、それ以外の情報が不足していた。ハーマンは一つの所に留まる事はせず、居場所を次々に変えており、時には身代わりを使う事もあるのだ。
 斥候が情報を持ち帰ってきた。近隣の拠点で小規模ではあるが、襲撃の動きを見せているという。最初は、この動きすら捕捉できなかったが、今では捕捉できない事の方が少ない。それだけ、南の軍のレベルも上がっているのだ。
「おそらく、今夜だな。何度も追い払っているのだが、まだ襲ってくる元気はあるらしい」
 しかし、久しぶりである。ここしばらくは、襲撃そのものが無かったのだ。何度も追い払ったので、やるだけ無駄だ、と思わせた節もある。それなのに、襲撃をかけてくるという事は、何か裏があるのかもしれない。それに小規模というのが引っ掛かる。
 もし、ただの襲撃でないなら、兵糧狙いなのかもしれない。実力行使で無理なら、兵糧攻めを敢行してくる事は十分に考えられる。異民族の戦は蛮勇頼みだが、決して馬鹿という訳ではないのだ。兵站を切るぐらいの知恵は働かせてくるだろう。
 それに、ここしばらく襲撃が無かったのは、兵站を調査していたからという可能性もある。兵站はヴィッヒ任せであり、私は拠点を守ることに専念していたため、抜けていた部分でもあるのだ。
「斥候」
 私は斥候を呼び、襲撃部隊の再監視を命じた。同時に各方面にも新たに斥候を放った。
「フォーレ、来てもらって早々だが、大きな仕事を頼む事になるかもしれん」
「構わんよ。現地の人間をつけてくれれば、いきなり指揮をやれと言われても文句は無い。しかし、敵は本当に兵站狙いか? 逆に攻め口としては、正統派すぎるという気がするが」
「何とも言えんな。兵站狙いと本陣襲撃の二段構えの可能性もある。そうなると、私はここを動けん」
「新参の俺が言うのもなんだが、おそらくはそれだろう。ハーマンの動向は掴めてないのだろう?」
「あぁ」
 言って、本当にそうなのかもしれない、と思った。異民族が私をどう評価しているかによるが、高い評価であれば、二面作戦は非常に有効的だと捉えてくるだろう。どちらかに私を引っ張り出せば、一方はズタボロに出来るからだ。私以外に指揮官が居ないという情報ぐらいは、異民族も得ていると考えたほうが良い。
 そうなってくると、斥候部隊が持ち帰った襲撃の情報も、異民族がわざと掴ませたものという事も有り得てくる。
「フォーレ、兵站の方に行ってくれないか」
 考えをまとめると同時に、私は言った。各方面に放った斥候の情報にもよるが、やはり私はここを動くべきではないだろう。本陣が落ちれば、元も子も無いのだ。しかし、兵站も何がなんでも守らなければならない。
「補佐として、ウォードという部下をつける」
 ウォードは経験豊かな将校で、異民族との戦いにも慣れていた。ただ、大局的な指揮ができないという欠点も持っている。しかし、この点はフォーレが上手くカバーするはずだ。
「どの程度まで戦えば良い?」
 フォーレの口調は落ち着いていた。南に来て、早々の指揮であると同時に、重要な局面を任されるという重圧はあるはずだが、この辺りはさすがに茫洋さを見せてくる。
「追い払うだけで良い。それと異民族と戦う時は、飛び道具に気をつけろ。毒塗りが当たり前だからな。特に痺れ毒を多用してくる。かわす自信がないなら、盾を持っていった方が良い」
「分かった」
 フォーレの言葉は短かった。
「細かいことは、ウォードに聞いてみてくれ」
 他にも注意点として伝えたい事はあったが、フォーレの茫洋としてる表情を見ると、こう言うのが適切だという気がした。

       

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