Neetel Inside 文芸新都
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 兵達の頭上を飛び越え、地に降り立つと同時に槍を振り回す。手当たり次第、敵を撥ね上げまくった。まずは味方の兵を勇気付ける。敵の圧倒的な力を前に、兵らは戦意を失っているのだ。
「ハルトレイン将軍っ」
 敵が怯え始めたのを切っ掛けに、兵らが隊列を組み直す。さらに私が仁王立ちで気を発し、敵の気勢を削いだ。それで、戦闘は膠着状態に陥った。睨み合いである。とりあえずの形勢不利は脱したか。
「威勢の良いのが来たな」
 間延びした口調で、目の前の巨漢が言う。おそらく、この男がハーマンだろう。身長は二メートルをゆうに超しており、だるま体型の身体は脂汗でテラテラと光っている。この容貌から、男がかなりの怪力であることは、すぐに予想がついた。両手には一本ずつの斧があるが、あれは斬るというより、押し潰したり、撥ね上げたりするのが主な用途だろう。
「大王、あいつは竜巻ですぜ」
 敵の一人がそう言った。大王、つまりはハーマンである。やはり、この目の前の巨漢がハーマンだったか。
「お前が竜巻か? 小僧じゃないか」
「私はハルトレインだ。竜巻というのは、お前達が勝手に付けたあだ名だろう」
「なんでも、ワシの子分どもを竜巻のように撥ね上げたり、吹き飛ばしたりするらしいな。まぁ、それは構わん。戦だからな。弱い奴がやられるのは仕方あるめぇ。だが、その程度の芸当で竜巻と呼ばれてるのは癪だ」
「何度も言うが、竜巻はお前達が勝手に付けたあだ名に過ぎん」
「だから、ワシも真似してみてやった。周りをよく見てみろ」
 ハーマンは、私の言葉を無視しながら言い、大声で笑い始めた。
 周りなど見る必要もなかった。味方の兵は、あの斧で好き勝手に屠られたのだ。私が駆けつけるまで、兵らは懸命に戦っていた。だが、ハーマンには歯が立たなかった。それでも、この場を守るため、戦い続けた。
 沸々と怒りが込み上げてくる。兵が殺されたからではない。ハーマンは、面白半分で戦をやっている。真似をしてみた、と言ったのだ。これは強者ゆえの余裕だが、戦場に立つ覚悟からはかけ離れすぎている。
 おそらく、ハーマンには自分以上の者が今まで周りに居なかったのだろう。それ所か、鼻っ柱を叩き折る者すらも居なかった。だから、ここまで増長した。
 この目の前に居る男は、私だ。幼い頃の私なのだ。いや、父が、剣のロアーヌが、隻眼のレンが居なかったら、私もこうなっていたという成れの果ての姿だ。
「あまりにも攻めあぐねるから、ワシが出てきたが、こりゃすぐにでも制圧できそうだ」
「ハーマン、お前は南方の雄という男を知っているか」
「あぁ? 知らんな。知っていたとしても、どうでも良い。ワシが叩き潰すだけだ」
「お前達の中にも、老君と呼ばれる者が居るだろう。それらの中に、南方の雄を知らぬ者は居ないはずだ」
「何が言いてぇ、竜巻」
「南方の雄が生きていれば、南方の雄とお前が戦っていれば、お前はもっと強い男になっていた」
「物言いが尊大だな、お前。腹立つわ」
「これが私の性格だ。だが、お前には絶対に負けない。異民族に屈する事もない。私は数々の辛酸を舐めてきた。何度も負け、何度も立ち上がってきた。ハーマン、私とお前とでは踏んできた場数が違う」
 瞬間、ハーマンの眼が血走った。そのまま、襲い掛かってくる。
 力任せの一撃。身体を開いてかわす。あえて、一歩も動かなかった。風が渦巻き、砂埃が舞い上がる。松明の灯と月明かりで、ハーマンの脂汗が光っていた。
 おそらく、ハーマンは武術などは心得ていない。力だけで、ここまで来た男だ。だから、やろうと思えば簡単に首が取れる。しかし、それでは駄目だ。この戦、というより、南での戦いの要は異民族を心服させることにある。
 ハーマンは大王だが、現状、ハーマンを討ち取るだけでは、異民族は大人しくならない。ハーマンだから首が取られた。異民族は、そういう風に考えるだろう。そして、第二、第三のハーマンが現れる。
 サウスの時代の再来が必要だった。メッサーナの出現で、サウスは本懐を遂げる事はなかったが、国に逆らっては駄目だ、と異民族に思わせなければならないのだ。そうするには、頭を討ち取るのではなく、異民族を根本的に追い込まなければならない。
 出来れば、今回の襲撃をその足掛かりにしたい。面白半分とは言え、ハーマンが総力をあげて攻め込んできたのを追い返せば、否(いや)が応でも情勢は変わるはずだ。
 ハーマンが再び斧を振りかざす。私はそれが振り下ろされる前に、槍の柄でハーマンの腕を払いのけた。さらに斧を振りかざし、横になぎ払ってきたが、それをあえて皮一枚でかわす。
「なんだ、思い通りにならんっ」
 ハーマンが喚くように言った。怒りで声を荒げている。これまで、その力だけで生きてきたのだろう。戦も、苦戦などは無かったはずだ。その恵まれた天性だけで、勝ち続けてきたに違いない。
 私は飛び退き、体勢を整えた。次の一撃で、腕の一本ぐらいはもぎ取る。ハーマンが踏み込んできた。しかし、眼の奥が暗い。何かある。
「やれっ」
 ハーマンが叫んだ。瞬間、殺気。感じると同時に、その場で宙返りした。地面。細い矢が何本も突き立っている。吹き矢か。おそらく、痺れ毒が塗ってあるはずだ。
 斧。左右から振りかかってきたのを踏み込みながらかわす。ハーマンと目が合う。怯え。それが走っていた。
 閃光。血しぶきと叫喚。だが、同時に吹き矢。それを槍で弾き返す。
「竜巻を殺せぇっ」
 傷を負った腕を抑えながら、ハーマンが退がる。もぎ取るつもりだったが、込めた気が足りなかった。骨を断つには至らなかったのだ。だが、相当な深手は負わせた。腱ぐらいは切っているだろう。
 ハーマンと私の勝負を注視していた敵が、一斉に襲い掛かってきた。全て蹴散らす。そう思ったが、それより先に味方の兵が前に出ていた。
「伝令。斥候を出せ。ハーマンを追跡しろ」
 側に居た兵に指示を出した。まずはこの戦を制し、次いでハーマンを追いまくる。その過程で拠点を潰していけば、南は平定できるはずだ。異民族を精神的に追い込む形になるのだ。
 ハーマンが退いた事で、異民族の攻勢は緩みを見せ始めていた。

       

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