Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。受け継ぐは大志
第十七章 新進気鋭

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 カワセミ隊の調練は、順調だった。この隊は敵将を討ち取る事に特化した部隊であり、兵の選出には、それなりの気を使ったが、やはり元はスズメバチ隊の兵である。新たに何かを教え込む、という事は、ほとんと無かった。
 兵自体が、すでに完成されているのだ。だから、調練といっても、今までやっていた事を反復するという内容が圧倒的に多い。変わった事と言えば、攻撃的な調練が多くなったという事ぐらいだろう。
 ある意味、面白くない事ではある。新設部隊でありながら、カワセミ隊はすでに軍として一つの完成形を成しているのだ。そうなると、どうしてもスズメバチ隊が基礎で、カワセミ隊はその派生という事になってしまう。しかし、これは仕方が無い事だった。それに、兵は完成していても、指揮官である俺が未完なのだ。
 とにかく、俺は全てにおいて圧倒的に経験が足りない。これは実戦をそう重ねる事もなく、才だけを見出されて指揮官に抜擢された事が要因だが、愚痴をこぼす暇などは無かった。あらゆる所から、経験を得なければならないのだ。だからではないが、最近はアクトやクリス、クライヴといった古参将軍達とも交流を深めるようにしている。
 兵たちには、まだ部隊の名前を伝えていなかった。だから、今はシオン隊という名称で通っている。カワセミ隊の名は、まだ俺しか知らないだろう。
 本来ならば、すぐにでも伝えるべきなのだろうが、どうせなら、すでに発注をかけている具足が出来上がってからが良い、と思っていた。
 カワセミ隊は、専用の具足を使う事に決めていた。スズメバチ隊の虎縞模様の具足を倣うのである。すでに原案は鍛冶屋に渡してあるので、あとは出来上がりを待つだけだった。
「シオン隊長、休止の時間です」
 一人の兵が駆けてきて、そう言った。隊を結成した当初は、兵は俺の事を将軍と呼んでいたが、それはやめさせた。まだ俺は、将軍と呼ばれるに値する能力を備えていないのだ。それに加えて、俺が将軍など、という自嘲に似た思いもある。
「よし、小休止だ」
 俺がそう号令をかけると、兵たちはすぐに馬を降りて、馬体をチェックし始めた。騎馬隊にとって、馬は生命線である。兵たちはそれをよく知っていて、休憩よりも先に馬を気遣っているのだ。
 調練は突破に関するものを中心に行っていた。敵将の周囲は、旗本と呼ばれる少数精鋭が控えている事が多い。敵将の首を取るのに、この旗本を崩すのは必須である。だからこそ、突破力の強化だった。
 幸いな事に、指揮そのものは、今のところ上手くやれている。率いている兵数が五百という事もあるが、兵の練度が高いので、きちんと兵全てが指示通りに動いてくれるのだ。この辺りは、想像していたよりも身軽だった。
 しかし、兵数が増えてくると勝手も違ってくるはずだ。特にアクトやクリス、クライヴなどは万を超える兵を指揮する。どうするのか想像もできないが、相当に鈍重な感じを受ける事は間違いないだろう。そして、バロンはそれら全ての軍を視野に入れて、指揮を執る。この辺りになってくると、やる前から無理だ、という気になってしまう。
 その場で休止を続けていると、一人の男がやってきて、耳打ちをしてきた。頼んでいた具足が、出来上がったのだという。それを聞き、俺は一つを見本として持ってくるよう、依頼した。
 しばらくして、男が具足を持ってきた。青色基調で、所々に黄色の線が入っている。兵たちは、その具足に気付き、興味深そうに見ていた。
 具足が出来上がったのなら、部隊名を伝えなければならない。
「みんな、聞いてくれ」
 具足を脇に置き、兵たちに向かって、俺は声を出した。
「この具足の事だ。勘の良い者はすでに分かっていると思うが、これがお前達の具足になる」
 俺がそう言うと、兵たちがざわつき始めた。虎縞模様の具足はどうするのだ。そういう声も聞こえてくる。
「虎縞模様はスズメバチ隊の具足だ。お前達は、スズメバチ隊ではない」
「それなら、俺達の隊の名前はどうするのです? シオン隊という事は分かっていますが、その具足を見る限り、何か名前があるのでしょう?」
「あぁ、その通りだ。今日から、シオン隊ではなく、カワセミ隊とする」
 それで、ざわつきが急に大きくなった。というより、思ったより反応が良くないようだ。名前が強さと結びつかない。そういう声が多い。
 確かにカワセミは強いというより、華麗だとか美しいだとか、そういうイメージである。対してスズメバチは、凶暴だとか、昆虫界で最凶だとか、強さに結びつきやすいイメージだ。
「シオン隊長、その、なんでカワセミ隊なのでしょうか?」
「それは」
 エレナとのデート中に思いついた。そんな事など、言える訳もなかった。いや、単純にカワセミの獲物を捕らえる仕草が鍵となった。そう言えば良い。
「シオン隊長、提案です。いや、その前に確認したい事があります」
 俺が喋りだす前に、調子の良さそうな兵が、急にそう言った。他の兵が、その兵に注目する。何か、示し合わせていたような雰囲気である。
「あの、熊を殺したってのは本当ですか?」
「へっ?」
 思わず、間抜けな声が出ていた。
「巷で、隊長が七メートルはあるかという巨熊を、そこらへんに落ちてた棒一本で叩き殺したって噂が流れてるんです。しかも、無傷で。普通じゃ有り得ないって事で笑い飛ばすのですが、その、シオン隊長なので」
「いや、待て。なんだ、その噂は。俺は聞いたことがないぞ」
「シオン隊長は酒場なんて行かないでしょう。歓楽街自体、滅多に行きませんし。かつてのロアーヌ隊長を模倣しているのか分かりませんけど、女も抱いてない。でも、ちょっと抜けてる所があって」
「おい、それ以上は上官侮辱になるぞ、やめておけっ」
 それで、喋っていた兵が慌てて口を閉じた。言われた事は多少、腹が立つが、怒鳴る程の事でもない。酒場や歓楽街に滅多に行かない事は事実だし、未だに俺は童貞である。
「とにかく、そういう噂が流れてるんです。熊を殺したのは、本当なのですか?」
 この噂を流したのは、おそらくエレナだろう。いや、元々は事実に基づいた話だったはずだ。それが酒場とか歓楽街とかいう場所に移るに従って、話が誇大化してしまったに違いない。
 大体、七メートルの巨熊なんて生物が存在するのか。それを落ちてた棒で叩き殺すなんて事、出来る訳がないだろう。それも無傷で。そもそもで、熊を殺してすらない。ただ、単に追い払っただけだ。
「確かに、俺は熊を相手に戦ったが」
 俺がそう言うと、兵たちが一斉に騒ぎ始めた。
「落ち着け。戦ったが、噂が誇大化しすぎている」
「でも、戦ったんでしょう? 巨熊だったんですか?」
「巨熊だった。しかし、七メートルは」
 言い過ぎだ。そう言い終える前に、また、兵が騒ぎ始めた。それで俺は額に手をやった。兵たちは、わざとやっているに違いないのだ。レンが相手だと、こうはならないくせに。そういう愚痴っぽい思いが、込み上げてくる。
「シオン隊長、提案です。カワセミ隊じゃなく、熊殺し隊にしましょう」
 一人の兵がそう言って、他の兵も賛同だと騒ぎ立てた。
「おい、冗談はやめろ。なんだ、その名前は」
「カワセミ隊はどこか迫力に欠けると思いませんか? 俺達は敵将狙いの部隊なんでしょう。熊殺し隊ぐらい、気合が入った名前の方が良いと思います」
 再び、兵が騒ぎ立てる。だが、妙に説得力はあった。カワセミ隊と熊殺し隊。どっちが強そうかなんて事は、考えるまでもない。
 この兵たちの騒ぎようを見る限り、場を収めるのは一苦労だろう。悪ノリの感は否めず、一喝すれば済む話だが、そんな事をするような事態でもない。大体、部隊名をカワセミ隊と強制的に決めた所で、得になる事は何もないのではないか。
 俺は、そこまで考えて、熊殺し隊にしてしまうのも良いか、と思っている事に気付いた。それに部隊名ぐらい、兵の好きにさせても良いだろう。部隊は俺だけのものではない。兵たちのものでもあるのだ。
「分かった。今日からこの部隊は、カワセミ隊ではなく、熊殺し隊とする」
 俺がそう言うと、兵たちは一斉に歓声をあげた。この様子を見て、兵たちは始めからこうするつもりだったのかもしれない、と俺は思った。してやられた、という気はあるが、兵たちが喜んでいる姿を見るのは悪くない。
「しかし、熊殺し隊の具足、青と黄色なんですね。何となく、名前と噛み合ってませんが」
 一人の兵がそう言うと、場は一気に静まり返った。
「それに触れるな」
 俺は、そう言うしかなかった。だが、熊殺し隊という部隊名は存外に良い名前だ、と思っていた。

       

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