Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 二手に分かれて、拠点を潰していた。一方は私自身が指揮し、もう一方はフォーレが指揮を執っている。戦線は順調に押し上げられていて、異民族の領土は見る見るうちに減っていった。
 異民族の軍は、崩れると脆い。優勢時にはとんでもない力を発揮するが、劣勢になると途端に弱くなるのだ。この要因としては、撤退して罠で迎撃する、という手が控えているからであるが、これは手の内が分かってしまえば、そのまま弱さに直結する事になる。罠への対抗策さえ用意すれば、この戦法は一気に無力化するからだ。
 例えば、何人かの敵兵を捕縛する。それを先導係にしたり、軍の先鋒に据えて行軍すれば、罠による被害を防げる。それに加えて、私たち自身の罠を見分ける術も長けてきており、事前に察知する事さえあった。茂みの盛り上がり、落ち葉の色や質、ツルやツタの位置関係。そういったものを注意深く観察するのである。
 当然、行軍速度は著しく低下するが、太い兵站線と後方に控えるヴィッヒの的確な支援で、今のところは特に問題にはなっていない。むしろ、罠にかかって兵を損耗しない分、異民族に精神的な重圧をかける事が出来ていた。
 異民族は撤退から罠で迎撃、という戦法に慣れきっているため、劣勢時での踏ん張りがない。軍の強さの本質は、劣勢時にこそ現れるものだが、そういう意味では異民族は雑魚も良い所だった。
 今、異民族は気が気でないだろう。罠で迎撃するために戦略的撤退を繰り返しているのは良いが、結果として次々に拠点を失ってしまっているのだ。そうなると、頼みの綱は頭のハーマンだろうが、そのハーマンは私に負け続けである。
 ハーマンの用兵の術のバリエーションは、極端な程に貧弱だった。密林という地形を利用しての奇襲や単純な力押し、ハーマンが台風の目となって戦局の巻き返しをはかる。僅かに、この三択である。軍を縦横に扱ったり、複雑な計略の類は全く使ってこないのだ。そうなると、気をつけるのは奇襲ぐらいなもので、これは斥候で簡単に対処できてしまう。
 一方、私たちは火計を用いたり、退路に追い込んでの伏兵や誤報による撹乱など、様々な戦法を駆使していた。異民族は真正面からぶつかると手強いが、知恵を用いれば容易いという面がある。おそらくだが、かつての南方の雄、サウスも同じような戦い方をしていたのだろう。だからこそ、老練な戦法も身についたのだと予想できる。
 南での経験は、絶対に無駄にはしたくなかった。父のような完全無欠には程遠いが、少しでも近づきたいのだ。メッサーナを打ち破るには、今の私ではあまりにも非力すぎる。ならば、他の将軍を、と言いたい所だが、父に代わり得る将軍など、今の国にはどこにも居なかった。
 使命感がある。私には使命感があるのだ。武神の血を引く私が、メッサーナを打ち破らなければならない。そのためにも、一刻も早く南を平定しなければならなかった。戦略的視野においても、南の平定はメッサーナと対するにあたって、非常に有効である。異民族に兵を割かなくて済むし、単純な国力増強にも繋がるからだ。
 今、国とメッサーナは休戦状態にある。こういう時こそ、何が出来るかだった。メッサーナは異民族などの外敵は抱えておらず、国の相手にだけ集中できるという環境だが、これは言い換えれば、劇的な現状変化は望めないという事になる。ある意味で落ち着いてしまっているのだ。だが、国は違う。少なくとも、南を平定すれば、メッサーナに対する力を強化できる。私自身の飛躍にも繋げられる。つまり、今は国の転換期なのだ。
「ハルトレイン将軍」
 小隊長の一人が駆け寄ってきた。南の地の戦は密林で行われる事が多いため、みんな徒歩(かち)である。当然、それは私も例外ではない。
「この先で、集落のようなものを発見したという報告が入っています」
「罠ではないのか?」
「いえ。その罠の先にありました。他にも葦(あし)で厳重に道を隠していたりと、何かありそうな気配です」
「兵はまだ入っていないな?」
「はい。その前にご報告すべきと判断しましたので」
「分かった。私が出向こう」
「危険ではないでしょうか? 巧妙な罠である可能性があります」
「だからこそだ。そのような所に兵だけを行かせられるか」
 尚も兵は不安そうな顔をしているが、それ以上は何も言わなかった。大将の身を案じるのは、別に悪い事ではない。
 兵を十人ほど連れて、その集落に向かった。道中は、確かに外敵への厳重な備えが施されており、罠は兵がすでに取り外してしまっているが、葦などは計算して配置された形跡がある。これを見破ったのは運だろう。ただ、それが幸運かどうかは分からない。しかし、その匂いはする。
 集落に人の気配はなかった。風の音や、虫、鳥獣の鳴き声がするだけである。元々、異民族が住んでいたのか、所々で生活感を漂わせている。しかも、それほど時間は経っていない。
 兵の十人は周囲を警戒しているが、伏兵などの気配はないようだ。そう思いながら、集落を探索していると、微かな人の視線を感じた。気付いているのは、どうやら私だけらしい。視線には恐怖も混じっている。
 視線の元を目で辿った。前方にある小屋。
「ついてこい、お前達。武器は構えたままだ」
 私がそう言うと、兵たちは緊張した面持ちで後ろについた。
 小屋。もう視線は感じない。だが、この中に人の気配がある。しかも、複数だ。
「将軍、何か居ます。お下がりくださいっ」
 兵が声をあげると同時に、私は小屋の扉を蹴り破った。悲鳴。女たちの悲鳴だ。
 その刹那、両脇から殺気。感じると同時に、腰元の剣を抜き放っていた。血しぶき。首が二つ宙を舞い、小屋の壁と天井は血で赤く染め上げられた。さらに悲鳴が強くなる。
「将軍、お怪我はっ」
「騒ぐな。無傷だ」
 複数の女が恐怖の表情を浮かべて、こちらを見ている。両脇には首のない男の死体が転がっていて、まだ血が流れ続けていた。さしずめ、この女たちの護衛といった所だろう。となれば、この女たちには何らかの価値がある。
 じっと女たちを見据えた。恐怖からなのか、みんな全身を震わせて、顔をそむけている。その中で、一人の女と目があった。
 褐色色の肌だった。いかにも異民族の女、という風貌である。ただ、顔は美形で、はっきりとした目元が印象的だった。
「出て行きなさいっ」
 その女の一喝だった。それを聞いて、私は口元を緩めていた。何故かは自分でも分からない。
「立場を考えるのだな、女」
「出て行きなさい、と言っているのです」
 女は、豊満な肉体だった。何かが自分の中でうごめいている。獣か。わからない。ただ、抑えきれるものではない。獣なのか。
 気付くと、私は女に近寄っていた。
「寄らないでっ。父上が黙っていませんよっ」
「父とは誰だ?」
「ハーマン。南の王です」
「残念だ。その南の王は、この私が屠る事になる」
「まさか、あなた。竜巻、竜巻のハルトレイン」
「美しい女だ。あんな汚らしい男の娘とは思えん」
「寄らないでくださいっ」
 女が平手打ちを放ってきた。それを受け止め、力任せにねじりあげる。
「強気な女だ。だが、嫌いじゃない」
 私がそう言うと、女は強気な視線を突き刺してきた。それが、何故か獣を凶暴化させていく。
「将軍?」
「女たちを連行しろ。殺すなよ。ハーマンとの決戦で切り札になるかもしれん。場合によっては、犯しても構わん」
 私がそう言うと、兵たちは明らかに目の色を変えた。ずっと戦続きで、しばらく女を抱いていない。男としての鬱憤も溜まっているに違いないのだ。
「この、外道」
「これが戦だ、女。そして、勝者には奪う権利がある。恨むのなら、父を恨むのだな。私に負けた父が悪いのだ」
「見下げた男。畜生にも劣るっ」
「好きに言うが良い。お前は私が犯してやる。すぐにだ」
 そう言うと、女は驚きの表情で目を丸くした。僅かに恐怖の色も混じっている。それが、さらに興奮を煽る。
 獣が抑えきれなくなっていた。今まで、女など抱いた事もない。それなのに、目の前の女を犯し尽くしてやりたい。そう思っていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha