Neetel Inside 文芸新都
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 退却から、ようやく腰を据えられたのは、夕刻を過ぎてからだった。ハルトレインの圧力は重く、追撃こそは無いものの、踏み止まるには多大な覚悟が必要だったのだ。特に殿を引き受けた、クリスとアクトは精神的に大きく消耗しただろう。退却中、最後衛の兵は、細かに入れ替えられていたのだ。
 陣を組んでいる間、損害報告が次々に挙がってきた。損害を最も食っているのは、やはり獅子軍である。実に二千五百の兵が討たれており、負傷兵は一千を超えている。今、その中から戦場に立てる者を検分中であるという。
 初戦は何も出来なかった。騎馬隊を使って、速攻をかけようとしたが、そこを良いように歩兵で防がれた。さらには、ハルトレインを自由にし過ぎた。というより、あそこまで力があると踏んでいなかったのだ。私がそうだし、軍師のルイスもそうだった。あえて言うなら、レンが危惧していたぐらいだったが、軍議の場でその意見が汲まれる事はなかった。
 決して、油断した訳ではない。ただ、実力をはかり違えた。そして、心のどこかでレオンハルトと重ねていた。かつてのアビス原野の戦いで相対したレオンハルトを、ハルトレインに重ねていたのだ。
 二人は親子でありながら、全く別の武将である。レオンハルトは静と動が同居していたかのような武将だったが、ハルトレインは動が圧倒的に強い。それを静で覆い隠しているだけだ。つまり、本質は動なのである。
 だから、要所で自らが動いた。スズメバチ隊とも向き合い、獅子軍も自分で叩きのめした。レオンハルトなら、そもそもでそういう展開にはしないはずだ。もっと無駄の無い用兵で、かつ肝となる軍とだけ戦う。先の話で言えば、獅子軍の相手は他の将軍にやらせただろう。
 ハルトレインの動を覆い隠しているのは、おそらく軍師のノエルだ。あるいは、レキサスかもしれない。いずれにしろ、こちらも戦い方を変える必要がある。
 初戦は負けた。しかし、武将の質や兵の練度などで劣っているとは、微塵も思っていない。
「騎馬隊だけでなく、歩兵も積極的に前線に行くべきではないでしょうか」
 幕舎の中で、クリスが言った。それぞれ、軍の主だった者達が顔を連ねている。軍議である。
「同意だ。初戦は騎馬隊を封じられたのが痛い。というより、騎馬隊だけで仕掛けたのが良くなかった」
 ルイスが言った。
「全軍が互いに連携するべきだ。これは私のミスでもある。獅子軍の損害も、私が招いたミスだ」
 そう言ったルイスに、ニールは驚きの表情を浮かべていた。ルイスも丸くなったのだろう。もっと若い頃であれば、獅子軍が弱かったせいだ、などと言って、場の空気を悪くしかねない所があった。
 しかし、ハルトレインとニールの実力に大きな差がある事は明白だった。まともに対峙させれば、次は潰走になってもおかしくない。兵力に差が出てしまっているのだ。
「ハルトレイン軍に対して、弱点を見たものは居ないか?」
 私は、全員を見回しながら言った。しかし、無言である。レンですら、唇を噛んで悔しさを顔に滲ませていた。
「あえて言うなら、騎馬隊を指揮している事ではないでしょうか」
 今まで無言を貫いていた、アクトが言った。全員が、アクトに視線を向ける。
「騎馬隊は動いていてこそ、力を発揮する兵科です。しかし、動かさなければ、それほど脅威ではない」
「先の戦では、俺とシオンもそれで封じられました。アクト殿の指摘は、間違っていないでしょう」
 レンが言った。
「やられた事をやり返す、という事か?」
「いえ、正確にはハルトレインを封じる事を最優先にしてはどうかと。その先で、他の軍を蹴散らす」
 良いかもしれない。いや、それしか無いだろう。とにかく、今はハルトレインが強すぎる。
「しかし、その役目を誰がやるか、だ。適任はスズメバチ隊と熊殺し隊だが、歩兵で動きを封じられる可能性が高い」
 ルイスだった。とりあえず、アクトの意見には同意という事だろう。
「歩兵は振り切れないか? レン」
「独力では時間が掛かります。敵は騎馬隊を封じ込める、という調練を嫌という程、重ねていると思います。ただ、他の軍の援護があれば、かなり楽になるでしょう。これはシオンも同じです」
「俺がハルトレインを抑えます」
 アクトが言った。眼には強い意志の色がある。
「対騎馬の調練なら、かなり積んでいます。ハルトレインが相手でも、やれるはずです」
 それを聞いて、私は唸った。
 レンとシオンを除くなら、やはりアクトだろう。しかし、不安もある。アクトは守りで力を発揮する将軍だ。決して、攻撃が得意な将ではない。それに、ハルトレインと対峙させて、防戦一方になるのであれば、これは無意味だ。封じるのではなく、単に引き付けているだけになるからだ。つまり、ハルトレインの意思次第で、どうにでも動けてしまう。
「援護を付ける。単独では、無理だ」
 ルイスが言った。はっきりとした口調だったが、誰も異議は挟まなかった。
「俺に、その援護をやらせてくれねぇか」
「ニール、その意気込みは買うが、お前に出来るのか?」
「わからねぇ。正直に言って、ハルトレインが相手じゃ、手も足も出ねぇよ」
 本来なら、私の役目だった。弓騎兵がメインで、槍兵がサブ。この組み合わせが、最も適任である。しかし、私は総大将だ。老いてもいる。
 まだ、戦場には立てる。しかし、若い頃のようにいかないのも事実なのだ。そうなると、次代に任せるしかない。
「獅子軍が傍に居てくれれば、かなり楽になります。直接、ぶつからずとも、側面から威嚇してくれれば、ハルトレインも無視は出来ない」
 アクトのこの一言で、獅子軍の参戦は決定したようなものだった。とにかく、次は徹底的にハルトレインを封じ込める。
「レンとシオンはクリスと連携。おそらく、次も敵はスズメバチ隊と熊殺し隊をマークしてくるだろう。それをクリス、お前が崩してくれ」
「分かりました。二軍が上手く動けるよう、支援しましょう」
 こういう時、クリスの存在は有難かった。決して目立つ事は無いが、高次元で万能であるため、何をやらせてもこなしてくれる。
 私達が勝つ鍵を握るのは、やはりスズメバチ隊と熊殺し隊である。この二軍が自由にならない限り、決定的な勝機は得られない。
 そして、どこかの機で、弓騎兵を使う必要があるだろう。過去のように、戦場を縦横無尽に駆け回る事は出来ずとも、要所で動けば良い。今のままでは、弓騎兵はただの飾りだ。
「バロン王、無理はしないよう」
 軍議散会の際、ルイスが言った。
 しかし、その言葉の裏には、弓騎兵が必要だ、という意味が込められている事を、私は見逃さなかった。

       

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