Neetel Inside 文芸新都
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 警戒されているのが分かった。特に真正面に対峙しているアクトは、もう私しか見ていないだろう。迂闊に動けば、即座に刺す。そういう状態をアクトが維持しているのは、明白だった。
 しばらくの間、機を待つという形で睨み合いを続けていたが、ついにメッサーナ軍が腰を上げた。その間、軍内で統制が乱れようとしていたのは知っている。そして、それをエルマンやレキサスが抑えていてくれた事もだ。だが、それに対して感謝の思いなどは持たなかった。いや、持たないようにした。
 この戦は、そういうものを取り払わねば、勝てないからだ。私は戦だけに集中すれば良い。そういう状況を作り出すのが、エルマンやレキサスの役目である。感謝なら、勝った後でも構わないはずだ。
 アクト軍の真横では、手負いの獅子軍が牙を剥いていた。これも私を見ている。しかし、どこかに恐怖も纏わせていた。先の戦で、完膚無きまでに叩きのめされた事が影響しているのだろう。まともにやり合おうとするなら、次は指揮官の首が取れる自信もある。
 この二軍以外は、それぞれに気を向けているようだ。スズメバチ隊や熊殺し隊も例外ではなく、私など居ないも同然のように振る舞っている。
 両軍が前進した。私がすぐにでも動きたいが、アクトが居る。さすがに重圧は強烈で、先手を打つにはリスクが付きまとうだろう。
 スズメバチ隊と熊殺し隊は、まだ動いていない。しかし、動くと速い。先の戦では歩兵で封じ込めたが、今回はどうなのか。
 先に動いたのは、メッサーナ軍だった。クリスの戟兵隊である。珍しく、歩兵から使ってきた。その援護を、バロンが指揮する弓兵隊が担っている。しかし、このままクリス単独で攻めてくるとは思えない。
 エルマンを動かした。クリスは万能な将軍である。経験も豊富であるため、リブロフやヤーマス、フォーレといった若い将軍では振り回されるのがオチだ。
 エルマンとクリスが触れ合うか、という所で、スズメバチ隊と熊殺し隊が動いた。それに合わせて、リブロフ、ヤーマス、フォーレの三軍を動かす。先の戦と同じく、二軍を封じ込めるのだ。
 尚もアクトと獅子軍は私だけを見ている。
 バロンの弓兵隊が、二手に分かれた。それぞれ、スズメバチ隊と熊殺し隊の援護に入っている。弓矢で進路を作り出す、という恰好だった。リブロフ達もさすがに苦労している。ここでレキサスを動かしたいが、そんな事はバロンも読んでいるだろう。次の一手が来る可能性が強い。
 この戦はバロンとの読み合いだった。今のところは、互いに読み違えていない。要点としては、どの機でレキサスを動かすか、だ。今、動かしたい所だが、これは大きな賭けである。あちらには、アクトと獅子軍、バロンの弓騎兵隊が控えているのだ。これらが同時に動いたとすれば、かなり苦しい事になる。
 スズメバチ隊と熊殺し隊の動きが速い。バロンの援護が上手いのだ。ヤーマス達はなんとか囲もうと必死だが、二つの騎馬隊は、迫って来た歩兵を食いちぎっている。先の戦では、この二軍はそれぞれで独立していたが、今は連携攻撃を中心に動いているようだった。そして、連携すると脅威だという事がよく分かる。
 スズメバチ隊でズタボロにして、熊殺し隊でトドメの一撃を見舞う。単純な攻めだが、その実は高次元だ。二人の指揮官の呼吸が合わなければ、まずこれは出来ないからである。そして、呼吸を合わせるという事は、どちらかがどちらかの力量に合わせる事が肝要になってくるが、あの二軍はそれが無い。
 つまり、二軍の力量はほぼ同じなのだ。それも、高いレベルで。軍の特性が僅かに違うだけだ。元は同じスズメバチ隊という話だから、兵の力量が同じという事は納得できる。しかし、指揮官までも同じとなると、これは希少だと言えるだろう。
 思わず、唸っていた。そして、先の戦で封じ込めた事を、少し後悔した。あれだけの相手ならば、直接やり合ってみたい。そういう思いが芽生えたのである。
 手綱を握った。レキサスを控えとして、私がアクトと獅子軍を蹴散らすか。このまま傍観では、スズメバチ隊と熊殺し隊に荒らされるだけだ。
 決めた。同時に駆けた。風を切る。そして、アクトと獅子軍も動く。
 先に近付いてきたのは獅子軍だった。果敢である。いや、この場合は無謀と言う方が正しい。
 真正面。向き合った。ぶつかる寸前、真横に回り込む。そのまま突っ込もうとした瞬間、獅子軍が必死に背後へと回り込んできた。そして、正面にアクト。
 構わず、ぶつかった。穿つような一撃である。そして、すぐに反転する。そうすれば、犠牲は抑えられるのだ。浅い攻撃のため、アクトも犠牲を出していないが、陣が乱れている。さらに一撃。反転、一撃。次で決める。そう思った瞬間、横から闘気。
 獅子軍だった。かわせる。しかし、そうするとアクトの反撃を食らう。向きは変えなかった。ただ、攻撃のインパクトに合わせて、陣を蛇のようにうねらせる。獅子軍の突撃には、突破の意志が見えない。そうなると、必ず反転してくる。そして、それは陣をうねらせる事で威力を殺せる。その上で、アクトの反撃もいなせる。
 獅子軍が肩透かしを食らう。それに合わせたアクトの反撃も、存分な余裕を持って退けた。
 二軍に動揺が走るのを感じた。しかし、まだ闘志は萎えていない。ここに縛り付ける、そういう意志も感じ取れる。
 すぐに攻勢に転じた。さすがにアクトの守りは堅く、崩すには骨が折れるが、振り切る事は出来そうもない。いや、そんな事はするべきではない。
 覚悟を感じたのだ。命を賭して、私を押し留める。そういう覚悟が、アクトの陣から滲み出ている。
 その一方で、獅子軍は私の周囲を駆け回っているだけだ。ぬるい。かつてのシーザーが指揮していた獅子軍と比べると、ぬるすぎる。
 堅い岩が削られ、欠片が飛び散っていくように、アクト軍の前衛が次々に倒れていく。しかし、それでも堅い。
 その瞬間だった。背後から鋭気。即座に槍を回し、鋭気を弾き返す。
 矢だった。
「バロンか。王自らが動くか」
 弓騎兵隊が、原野を駆けていた。

       

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