Neetel Inside 文芸新都
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 退かなかった。攻め続ける事で、ハルトレインの注意をこちらに向けようとしていた。本陣はズタボロである。バロンの弓騎兵隊の損害は軽微だが、アクトの槍兵隊が酷い。壊滅状態にまで追い込まれていたのだ。だが、それでも俺は退かなかった。
 スズメバチ隊が最前線で暴れ続ける事には、重大な意味がある。それは敵への重圧であり、味方への士気鼓舞であったりする。この意味がある限り、そしてハルトレインがこの一戦に全てを賭けていない限り、ハルトレインは必ずここに来るはずだ。俺はそう信じ続けた。
「シオン、ここで敵将の首を何としてでも奪る。スズメバチで敵軍をハチの巣にしてやるから、熊殺しが首を奪れっ」
 リブロフ、ヤーマス、フォーレの三軍である。巧みな連携は見事なものだが、数を恃んでいる事は明らかだった。俺とシオンの兵力は合わせて二千。対する敵将の三人は、それぞれ一万を率いている。敵に油断は感じられないが、必死さも感じられない。いや、すでに必死なのかもしれない。三万もの兵力を使って、二千と対しているのだ。
 力量差があるのか。もしそうだとするならば、戦場に出てきた事を後悔する事になるだろう。これは戦だ。生きるか死ぬかの二択の中に身を置く。死んだ父も、きっとそうだったに違いない。俺自身もそういう覚悟は、とうの昔に決めてきた。
 タイクーンの腹を腿で絞り上げる。敵陣を貫く。そう伝えた。同時にドクン、と熱い何かが身体の中で蠢く。
 風。感じていた。両脇で、敵軍が波のように押し寄せてくる。俺とシオンの動きを封じるための動き方である。それを互いに連携してやってくる。鬱陶しいが、動きそのものは遅い。歩兵に追い付かれる程、俺のスズメバチ隊はのんびりはしていない。さらにシオンが、連携の為に後方で駆けている。
 抜けた。そして反転する。シオンも同じ動きをした。
 刺す。向かい合った敵陣を、錐で穴を開けるように細かく刺した。すぐに敵兵がカバーに走ってくるのを見極め、別の場所を刺す。しばらく、それを繰り返した。すると、敵陣が僅かに乱れ始めてくるのだ。
 背後でシオンがけん制をかけているため、敵軍も思うように動けていない。その時、三軍は大軍の利を活かして、囲い込もうとしてきた。
 連携を捨てた。三軍は、スズメバチ隊の攻撃をどうにかするために、一時的にではあるが、連携を捨てたのだ。俺はこの時を待っていた。この一瞬で、首奪りを完遂させる。
「縦列」
 すぐにスズメバチ隊が陣形を組み直す。攻撃しながら、それをやった。狙いはヤーマス。
 疾風。紙を突き破るように、敵陣を貫いた。敵軍が慌てふためく。同時に動きを変えようとしていた。しかし、もう遅い。再び、敵陣を真っ二つに割った。さらに割る。ここでシオンが動いた。
 並走。割った陣の中を、二つの騎馬隊が駆ける。ヤーマスの顔。見えた。焦りの色は無い。退く事もしない。どこかから、将軍、という声が聞こえる。
 ヤーマスが前に出てきた。旗本。自らの主を守ろうと、決死の動きだった。それをスズメバチ隊で蹴散らす。文字通り、一蹴だった。血。同時にヤーマスの首を、シオンの方天画戟が吹き飛ばす。
 熊殺しがその勢いで、敵陣を駆け巡る。敵兵が算を乱し始めた。残りの二軍は、包囲網を敷いている。
 駆けた。敵兵の壁の中を、抉るようにして駆けた。すでに全身は返り血で染まっている。
 不意に、ある一方だけ重圧が無くなった。誘い。直感的に俺はそれを察したが、あえて乗った。この誘いすらも叩き潰せば、敵の戦意は根こそぎ落とせる。
「シオン、まだ駆けられるかっ」
「無論です、兄上」
 乱戦の最中、言葉のやり取りはそれだけだった。
 スズメバチと熊殺しが一体になる。ただそれだけで、敵が縮こまるのが分かった。しかし、心の奥底に何かを持っている。誘いなのか。
 疾走した。螺旋状の切り刃の如く、触れるものを吹き飛ばしながら、一気に駆け抜けた。
 瞬間、鋭気。いや、違う。覇気か。
「隻眼のレンと熊殺しのシオン、ここまでだ」
 ハルトレインだった。
 血が滾った。それだけじゃない、様々な感情が身体の中を駆け巡る。怒りか、闘志か。
 天に向けて、俺は吼えた。さらに一喝。
「ハルトレイン、この戦で貴様をっ」
「感情を見せすぎだ。私は昔とは違うぞ」
「兄上、フォーレとリブロフが居ます。今は状況が不利すぎます」
 分かっている。しかし、この男は仇敵なのだ。このまま、何もせずに引き下がれるものか。いや、引き下がって良いはずがない。
「兄上っ」
「シオン、男にはやらなくてはならない時が必ずある。ここで何もせずに逃げれば、俺はハルトレインに一生、勝つ事ができん。逃げるなら、お前だけで逃げろ」
「ならば、熊殺し隊も戦うまでです。しかし、敗走はできません。つまり、長居はできない」
「無論」
 その瞬間、ハルトレインの眼に炎が宿った。来い。そう言っている。
 駆ける。熊殺し隊と分離し、挟撃の形を取った。すぐ背後には、フォーレとリブロフが居る。ヤーマスの軍は統制が乱れているが、副官が上手くフォローしている所を見れば、そう時間も掛からずに動いてくるだろう。
 ハルトレインが駆け始める。明らかに他の軍とは駆け方が違った。不用意に仕掛ければ、強烈な反撃を貰うだろう。だが、ハルトレインの真骨頂はこれではないはずだ。あの男の真の力は、攻めにこそある。今は守りの駆け方だった。
 ハルトレインを中央に挟みこみ、スズメバチと熊殺しが疾走する。
 槍を握った。同時にタイクーンの腿を絞り上げる。仕掛ける。そう伝えた。
 疾風。敵。見えると同時に、槍を放った。

       

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