Neetel Inside 文芸新都
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 再び攻撃を仕掛けた。しかし、いなされる。シオンとの挟撃だが、それでも威力を殺されていた。
 防御が上手いだとか、勘が冴えているだとか、そういう次元の話ではない。 
 ハルトレインは戦の天才なのだ。これまで、俺は何度も対峙してきた。そして、あの男はいつも成長していた。今もそれは変わらない。この天下で最強の男は、ハルトレインだろう。悔しいが、認めざるを得ない。しかし、だからと言って退いて良い理由にはならない。
 隊を分散させて、攻める事にした。防御面ではかなり危険になるが、このまま攻め続けた所で何も進展はないだろう。とにかく今は、状況を変える一手を打つ事だった。
 駆ける。緊張の一瞬である。同時に恐怖に似た感情が、俺の心の中を掠めた。この攻撃すらも駄目だったら、どうすれば良い。戦の手腕で、歴然の差を味わう事になる。隊を分散させての攻撃は、スズメバチ隊で最も得意とする攻撃なのだ。さらには、父であるロアーヌの頃からの伝統でもあった。その攻撃が駄目だったら。
 初めて味わう感覚だった。戦場で弱気になる事など、今までは有り得ない事だった。それほど、ハルトレインは強いという事なのか。
 頭を横に振った。しっかりしろ。弱気になるな。敵を大きく見過ぎるな。何度も自分に言い聞かせた。
 タイクーンが軽く鳴いた。自分を信じろ。父の作ったスズメバチ隊を信じろ。そう言われたような気がした。タイクーンの身体が熱い。その熱は、俺に勇気を与えてくれる。
「ありがとう、タイクーン」
 シオンに合図を送った。分散攻撃を仕掛ける。シオンはそれに合わせて、都度適切な行動を取ってくれるはずだ。
 勝負だ、ハルトレイン。
 疾風と轟音。槍を天に突き上げる。同時に一千のスズメバチ隊が十隊に分かれた。ハルトレインの側面を、それぞれが飛翔する。同時にハルトレインの騎馬隊から気炎。この戦で初めての気炎だった。ようやく、力を出す時が来た、という事なのか。
 風。そして光。十隊が一斉に仕掛ける。敵に逡巡を与えないよう、間断なく突撃を放った。まとまって仕掛けるよりも、分散して攻撃箇所を増やした方が、敵に与える損害は多くなりやすい。元々、敵とまともにぶつかり合う兵は限られているのだ。
 ただ、連続かつ強烈、しかも均等に攻め続けられる事が必須条件だった。これは天下を見渡しても、スズメバチ隊にしか出来ない事だろう。だからこそ、分散攻撃はスズメバチ隊の伝統であり、十八番なのだ。
 ハルトレインが騎馬隊をまとめ直した。十ヵ所で攻撃を受けているのだ。突撃と反転の繰り返しで核へのダメージは望めないが、何しろ手数が多い。さすがに敵陣も乱れている。ここにシオンの攻撃が加われば、と感じたが、攻めている俺とは別に何かが見えている可能性がある。
 突撃。瞬間、ハルトレインの騎馬隊が向かい合って来た。攻撃のインパクト。カウンターに近い。反撃を食らう。それに反撃を噛ませるしかない。そう考えた一瞬、ハルトレインの騎馬隊は、まるで何かに押し潰されたような形で、横に反れた。シオンの熊殺し隊の攻撃だった。まとまっての突撃で、威力は相当なものだろう。待ちに待っての一撃。
 ハルトレインが吹き飛ばされまい、と踏ん張っている所に、スズメバチ隊の突撃が入った。行ける。号令を出そうと、右手を挙げかかった。だが、挙げられなかった。
 耐えていたのだ。それだけじゃない、シオンの熊殺し隊を押し返している。さらに気炎。ハルトレインの騎馬隊が拡がる。まるで花が咲いたかのような、見事な動きだった。
 そのまま、熊殺し隊を囲い込む形で、挟撃に入った。揉みに揉み上げるような攻撃である。あのような攻撃はとことん効く。兵力差も相まって、数分もあれば、壊滅状態にまで持ち込まれる危険性がある。
 急いで隊を一つにまとめた。一点集中の突破を狙う。分散攻撃は反転しない突破には不向きである。反撃を受ける可能性が非常に高いからだ。
 疾走。勢いを付けた上で、後方から仕掛ける。しかし、堅い。一万という兵力を存分に駆使しているのか、突破攻撃を仕掛けても大きな効果は得られない。すでに防御の壁が完成しているのだ。
 側面に回り込んだ。素早く、攻撃態勢を整える。さらに兵の壁が最も薄い場所に狙いを定め、駆けた。尚も突破命令。とにかく一度、陣を割らなければ、シオンの熊殺し隊は抜けられない。
 ぶつかる。巨大な岩。押す。跳ね返してくるが、尚も押す。破った。一直線に駆け続ける。
「シオン、抜け出ろっ」
 力の限り、叫んだ。駆け続ける中で、青の具足が地面にいくつも転がっているのが目に入った。熊殺し隊の兵達の屍である。
 熊殺しの旗が揺れる。抜け出せないのか。
「レン殿、一度、抜け出て反転するしかありません」
 ジャミルの叫び声。舌打ちした。そんな余裕はない。敵はハルトレインだけじゃなく、リブロフやフォーレ、ヤーマスの残党まで居るのだ。もう戦い続けるのは難しい。
 瞬間、闘志。背後から感じた。シオン。
「ジャミル、俺の代わりに指揮を執れっ」
 タイクーンの手綱を握り、馬首を回した。旗本もそれに倣う。
「レン、絶対に死ぬなっ」
 ジャミルの物言いが昔のものに戻っていた。窮地。そんな事は分かっている。しかし、弟は救う。
 槍を振り回した。旗本が一心不乱に付いてくる。
「シオンっ」
 居た。だが、奥にハルトレインの旗が見えた。あの男が直々に。だから、抜けられなかったのか。
「兄上」
 シオンの具足はズタボロだった。血も滲んでいる。しかし、大きな傷は受けていないようだ。
「付いて来い、抜け出るぞっ」
 ハルトレインの旗の事は、頭から追い払った。決着の時は今では無い。そう何度も自分に言い聞かせ、激昂しそうになる自分を抑え込んだ。
 駆けた。敵中である。攻撃は凄まじいものがあった。息を激しく乱しながら、とにかく駆け続けた。
 虎縞模様の具足。それが視界に入った。ジャミルが道を確保してくれている。
 合流。シオンを中心に、熊殺しの生き残りもまとまった。二隊で陣を突き破り、抜け出る。
 追撃を用心したが、そういう素振りは見せない。敵も疲れているのだ。
「本陣まで駆け抜ける。遅れるなっ」
 全身が熱かった。本陣に向かう途中で、まばらに敵の攻撃を受けたが、ハルトレインのものと比べれば、天地ほどの差があった。あの男だけが、あの男の軍だけが、特別に強い。
 本陣に帰り付いた時、両軍の鉦が鳴っていた。

       

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