Neetel Inside ニートノベル
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 大原が右手を大きく前に振る。それに一瞬遅れてスタンド『RYO・II』が陸目指して跳びかかった。
『BUCHOOOOOOOOOOO!』
 その口からはこの世のモノとは思えないような声が漏れ出していた。声というよりも音と言ったほうが正しいかも知れない。
 その咆哮とともにRYO・IIの右腕が陸の顔の側面に叩き込まれる。
 いや、叩きこまれたように見えた。まくり上げた服の袖から伸びた毛むくじゃらな腕は、ポップの左腕によって受け止められていた。
「やるねえ。しかし、これならどうだ」
 大原がそう口にした瞬間、RYO・IIの拳が猛加速を始める。
 拳。拳。拳。
 まるで腕が増えたかのような拳の雨がポップを襲った。
『KANEEEEEEEEEEEEE!』
 二体のスタンドは腕の太さが違う。ポップは両腕でガードして凌ぐものの、弾き飛ばされて部屋の壁にたたきつけられた。
「ぐはっ……」
 陸の口から呻きが漏れる。大原は腕を組んでその様子を見下ろしていた。
「痛いだろ? スタンドを戦いに使うのは初めてだよな」
 大原は追撃もせずに語り始める。RYO・IIは空中に浮かびながらあぐらをかいていた。
「スタンドにはスタンドでしか攻撃できない。そして、スタンドが受けたダメージはその使い手が受ける。……スタンド戦闘の基本だ」
 大原は言葉を切ると、眼下の陸を射ぬくような目付きで見据えた。
「さあ、僕と一緒に来てくれ。パワーではRYO・IIには適わない。よくわかっただろ?」
 陸は眉をひそめて大原を睨み返す。痛む両腕をかばいながら、頭の中は現状を把握しようと高速で回っていた。
 この男は一体何をしたいのだろうか。陸は自問する。
 連れて行かれる先に何があるのか全くわからない。引きこもりを部屋から出すためだけにここまでやるだろうか。
 わからないものには、従わない。
 そう心を決めた陸の行動は早かった。
 部屋の隅でポップが飛び上がる。先ほどのダメージが大きいのか、よろよろとした様子だった。
 ポップは懐から棒状のものを取り出す。先端に赤い宝石のついた、短い杖だった。ハリーポッターが持っているような長さの、あれだ。
「パワーじゃ適わない……その通りかもしれない。だったら、これなら……どうだっ」
 杖の先に火の玉がともる。最初はライターの火程度の大きさだったそれが、段々と大きくなり最終的にバスケットボール大にまで成長する。
「ほう……そんな能力があるのか」
 大原は余裕を失わない。火の玉が大きくなるまでの間も、手出しせずに見守っていた。
「さあ早く見せてくれ。ゆっくり待つよ。僕はショッカーの律儀さを尊敬していてね」
「うるさいっ」
 大原はさらににんまりと笑う。その時には、ポップは炎をRYO・IIの顔面に向けて放っていた。
『メ・ラ・ゾ・ー・マ・!』
 ポップは呪文のような雄叫びを上げる。襲いかかる炎にRYO・IIは目を見開くが、避けようとはしなかった。
 炎がRYO・IIを包み込む。熱気が陸と大原の顔を焼いた。
「ど、どうだっ」
 陸が拳を握って様子を見守る。腕を組んだままの大原は特に動じている様子もない。
 やがて炎が消えていき、黒煙を上げながら姿を現したのは、もはや青色ではなくなったRYO・IIの姿だった。
 全身が黒く焼け焦げており、人間なら完全に再起不能だろう。
 空中に浮かんでいたRYO・IIは、そのまま地面へと落下していく。
 崩れ落ちるような音と共に、焼け焦げた豚肉が床に転がった。
「やったっ」
 陸小さくガッツポーズを取る。
 しかし喜んだのは束の間だった。得意げな視線をRYO・IIから大原に向けて、その異変に気がつく。
 スタンドが受けたダメージは使い手が受ける。先程大原本人から聞いた言葉だった。自らでも体験したので、真実に違いないはずだった。
 しかし、大原は相変わらず薄ら笑顔でそこに立っている。陸は何が起こったのかわからなかった。
「なかなかいい能力だ。炎を出せる能力、ってとこかな? メラゾーマってなんだい?」
 大原は淡々と語る。その口調は先程までと一切変わらず、ダメージは微塵も感じさせなかった。
「な、なんで生きてんだお前ぇ」
「質問に質問で返していいのは小学生までだぜ。でも仕方ない。教えてあげよう。見てごらん」
 大原がそう言ってRYO・IIを指さした瞬間、いや、瞬間というものおこがましい。
 陸がRYO・IIから目線を外していたのは、ほんの僅かだった。僅かだった、はずだった。
 しかし再びRYO・IIに目線を戻した時、そこには黒焦げになった姿は完全に無くなっていた。
 最初に見た時と全く変わらない、無傷のRYO・IIがそこにいた。
「なっ、なんで? さっき、確かに燃やしたのに」
「君はマンガ読むかい?」
 大原の突然の問いかけに、陸は答えを返すことができない。大原はそれでもお構いなしに続ける。
「ギャグ漫画ってあるじゃない。僕はアレが嫌いでさ。だって理不尽じゃないか」
 彼がなんの話をしているのか、陸には全く理解できなかった。しかし大原はそれに構う気はないらしい。
「ボケたキャラに激しいツッコミが入るよね。それによってどんなに吹っ飛ぼうが、目玉が飛び出そうが、血を流そうが、……次のコマでは綺麗サッパリに元通り」
 大原は心底理解できない、と言った様子で肩をすくめる。
「逆に思うんだよ。どうやったらああいうキャラって殺せるんだろうね。……それと同じなんだ。RYO・IIは死なない。誰よりも長寿なのさ」

       

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