Neetel Inside ニートノベル
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ショジョの奇妙な冒険
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 陸は大原の行ったことを逡巡する。
 死なない? 誰よりも長寿? ギャグ漫画?
 日常とはかけ離れた状況に、思考は空回りするばかりだった。考えがまとまらず、何もできないまま座り込んでいた。
 そんな陸に、大原はさらに詰め寄る。
「さあ、もういいだろ? 君は僕を打ち負かすことはできない。おとなしく着いてきてくれないかな。悪いようにはしないからさ」
 そんな毒のない言葉も、陸の耳には届かなかった。
 ひきこもりの自分のもとにこれまで訪れた人間たちの顔が、頭の中にいくつも浮かんでは消える。
 それはどれも「私はお前を理解できる。さあ救ってやる」という、虫唾の走る顔だった。
 『辛いのはわかるよ』『話を聞かせてくれないかな』『嫌なら部屋からでなくてもいいんだよ』
 どいつもこいつも言うことは同じだった。そのくせ何を言われても決して部屋から出ようとしない陸に、結局彼らは愛想をつかしてしまうのだ。
(あいつらも、こいつも……私のことなんて理解できるはずない……!)
 陸の心の中には、もうそんな言葉しか無かった。
(あの子のことだって……こいつらは何もできやしないんだから……!)
 陸は立ち上がる。
 先ほどたたきつけられた時に痛めたのだろう。右膝に刺すような痛みが走り、倒れそうになりながらも、それでも陸は直立して大原を見据えた。
「お前には……従わない! 負けない!」
 セリフとは裏腹に、その口調は無理矢理しぼり出したような弱々しいものだった。
「そうか……まあいい。そういう事なら」
 大原の声のトーンが下がる。明らかに鋭くなった眼光と合わせて、陸に大きなプレッシャーを与える。
「気絶でも失神でもさせて連れて行くよ。さすがに殺しはしないと思うけど」
 大原の言葉が脅しではないことが、陸にはよくわかった。
 すでに先ほど壁にたたきつけられたのだ。頭から激突すれば、あれでも十分に重傷を負っていただろう。
 それでも陸はひるまなかった。
 ひきこもりの生活では考えられないような緊迫感。
 すっかり退化した心臓が、ドクドクと不規則に鼓動する。
 手足はわずかに震えてすらいた。
 それでも、陸は大原を見据えた。自分の気持を曲げないために。
『SAKEEEEEEEEEEEEEEEE!』
 そんな陸の目の前に、RYO・IIの拳が迫る。
 すんでのところでポップの腕がそれを受け止めるが、ミシミシと音を立てる腕には激痛が走った。
「うあああぁあっ!」
 陸は絶叫する。少しの間押し合いをしたが、ポップはどうにか拳を払いのけた。
 もう何発も受け切れない。その一撃で、陸はそれを実感した。
(それなら……こっちも攻撃するまでだ……! 炎が駄目なら……!)
「氷だ! ポップ!」
『ヒ・ャ・ダ・ル・コ・!』
 ポップが前方に掲げた杖から、大小の氷塊を伴った冷風が放たれる。
 その冷気は瞬く間にRYO・IIの全身を包んでいく。身体の表面はみるみるうちに凍っていった。
『GYOEEEEEEEEEEE!』
 RYO・IIの上げる絶叫に、陸も僅かな希望を抱く。しかし、その間も大原は笑みを絶やさなかった。
 数秒後、RYO・IIはもはやただの大きな氷の塊だった。
(どうだ……これならダメージはなくても、動くことができない……今のうちに男の方を攻撃すれば……!)
 そう考えて、陸はポップを大原のもとに差し向ける。
「行っけえええええええええ!」
 飛び出しながらポップは前方に杖を向ける。その先では火の玉が育っていっていた。
『メ・ラ・ゾ・ー……』
 しかしその言葉はそこで終わった。強烈な飛び蹴りがポップを体ごと吹き飛ばしたからだ。
 RYO・IIだった。その身体はすでにどこも凍ってはおらず、ポップへと追撃の拳を打ち込もうとしていた。
 ポップはそれを飛翔してギリギリでかわす。そして体勢を整えるべく陸の元へと戻ってきた。
(凍らせても、治るのか……!)
 陸は驚愕する。
 たった今蹴られたことによる痛みも、身体を苛んでいた。
「なかなかがんばるねえ。炎だけじゃなく氷も使えるのか。いいな便利そうで」
 大原の余裕は消えない。相変わらず腕を組んでニヤニヤとこちらを見ていた。
 もう打つ手が無い。
 陸がそう痛感して、心折れそうになった、その時だった。
(……!?)
 陸は目を見開いて、大原を見る。正確には大原の手の甲を。
 それはわずかに赤くなっていた。まるでしもやけか火傷にでもなっているかのように。
 腕を組んでうまく隠してはいるが、明らかに最初この部屋に入ってきたときは無かった赤みだった。
 (攻撃は……全てがキャンセルされるわけじゃないのか……?)
 陸の中で大原の言葉が再び思い出される。
『君はマンガ読むかい?』
『ギャグマンガってあるじゃない。僕はあれが嫌いでさ。だって理不尽じゃないか』
『血を流そうが、目玉が飛び出ようが、次のコマでは元通り』
 陸の思考はそのセリフで止まった。
 そうだ。確かにギャグ漫画なら次のコマで怪我なんか無かったことになる。そういうものだ。
(でも、もしも次のコマに移らなかったら……どうだ)
 一コマで完全に死亡。物語はそこで終わる。
(そうだ……あのスタンドの回復、それはいつでも私が目を離した瞬間に起こっていた)
(そうか……! あのスタンドの能力は……!)
「ポップゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 陸のその声に合わせて、ポップは再び杖をRYO・IIへと向ける。
 その先端からは先ほどと同じように炎がほとばしっていた。
「お、また炎かい? それはもうRYO・IIには効果がないとわかってくれよ」
「うるさい! さっきとは……違うっ!」
 ポップが叫ぶ。
『メ・ラ・!』
 先ほどとは違った呪文に、大原は一瞬目を見張る。だが、放たれた炎弾を見てその表情はすぐに微笑に変わった。
「確かにさっきとは違うね……随分弱々しいじゃないか。もしかしてエネルギー切れかい?」
 炎はRYO・IIの胸に着弾したが、わずかに表面を焦がしただけだった。
「最後の反撃も終わりかな? ちょっとがっかりしたけど、まあいいや。少し眠ってもらうよ」
 大原のその声に合わせてRYO・IIが陸の元へと跳ぶ。
 その瞬間だった。
「まだ、終わりじゃねー」
『メラ!』
 再び小さな炎が放たれる。
「だからそれは効かないって言って……」
 大原の顔が、そこで歪む。
『メラ!メラ!メラ!メラ!』
 ポップはまだまだ唱え続ける。着弾した炎がRYO・IIの身体を小さく、しかし何箇所も焼いていく。
 陸の瞳は真っ直ぐにRYO・IIを見つめていた。
「そいつは目を離した時にだけダメージを回復する……」
『メラ!メラ!メラ!メラ!』
「でもそれには上限があるんだ!さっきのメラゾーマも、ヒャダルコも、完全にじゃないけどお前に届いていた!」
『メラ!メラ!メラ!メラ!』
「それなら! 目を離す間もなく上限をはるかに超えれば、お前にも大きなダメージがあるはずだ!」
『メラ!メラ!メラ!メラ!』
 大原の顔がゆがむ。
 先ほどまでの平静が嘘のようなその表情に、陸は自分の仮説の正しさを実感した。
「なるほど……それで連発の効く、こっちの呪文に切り替えたわけか……でも、上限を超えるまでに反撃すればいいだけのことさ!」
『BUCHOOOOOOOOOOO!』
 身体から炎を上げながら、RYO・IIの巨体がポップと陸に突進する。
 そんな光景を目の当たりにしても、陸は決してRYO・IIから目を離さない。
「遅いっ!! ポップウウウウゥゥゥウゥウゥ!!」
『メラ!メラ!メラ!メラ!……メラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラ、メラァッッッッッッッッッ!!!』
 無数の連弾が、RYO・IIを襲う。その身体は大きく燃え上がり、大原の口からも苦悶の声が漏れる。
『HOGEEEEEEEEEEE!』
 それがRYO・IIの断末魔の叫びだった。
 その場に崩れ落ち、それに伴って大原も膝をついた。
「あぁ……大したもんだ。熱いな……! 僕よりもよっぽど……太陽みたいだ」
 そう言って予想よりも軽い音を立てて、大原は倒れた。
 静寂に包まれた部屋で、陸の過呼吸気味の吐息だけがやけにうるさかった。

       

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