この身の火照りをなんと呼びましょう。恋と呼ぶには重すぎて、愛と呼ぶには醜くて、慾とは決して呼びたくはない。あなたを思えばすぐに熱くなるこの肌を、どうか抱き締めて下さいませんか。背骨が軋む程に、強く、強く。
 毎朝毎晩悲恋の唄を口遊み、あなたの名前を呼んで眠るのです。頬を冷たいものが伝います。せめて夢で逢えたなら、この火照りも鎮まるのでしょうか。哀しみも報われるでしょうか。あなたはただ遠く、何も言わずに去って仕舞った。

 あなたは優しいひとだから、私の哀しむ姿を見れば屹度、出逢ったことを悔やむのでしょう。出逢わなければ佳かった、そうすれば君を哀しませることはなかったと、そう仰有ることでしょう。あなたがそう、仰有って下されば佳いのに。そうしたら私はまたいつものように微笑って、それを否定出来るのに。
 あなたに出逢っていなければ、私は今でも毎朝髪を二つに結い、水玉模様の可愛らしさも知らず、少女のまま倖福せを知らずに居たでしょう。私は常に思うのです。あなたに逢えてよかった、と。

 あなたに貰った文も、全て棄てて仕舞った。一度だけ、二人で撮った冩眞さえ、疾うに燃やして仕舞いました。このここりさえ、焼べて仕舞おうとしましたが、ただ胸が爛れ、痛みが増した許りです。何も要らない、もう何も見たくはないと徘徊る私を、気が狂れたのだと人は憐れみます。その冷たい目を見る度に、あなたの目が、あの温かい眼子が、余計に恋しくなるのです。

 先日、ふと思い立って、あなたが買って下さったワンピースを着てみたのです。あなたを思い出すからと避けていた、赤地に白い水玉のワンピース。あの日あなたは、試着した私の髪から、そっと二つの髪留めを外して下さいましたね。長い黒髪をおろしてワンピースを着た鏡の前の私はまるで別人のようで、目を丸くする私を横に、あなたはお店の人を呼んで、
「着て帰りますので、値札を外して頂いていてもよござんすか」
 そう訊ねましたね。私が幾ら言っても飄々と笑って、
「こんなにも似合うのだから、君以外の誰かに買われる方が可哀相だ」
 そんな風に仰有いました。
 私は初めてこんなに可愛いお洋服を着たものだから、もう恥ずかしいやら申し訳ないやらで、ついには口を噤んで仕舞いました。
 その日、私はあの日と同じように鏡の前で目を丸くしました。視界にかかった暗い靄が、少しずつ晴れていくようでした。綺麗な透綾の襟も、小さく均等に並んだ白い水玉も、少しだけ滲んで見える赤も、愛おしくてたまりませんでした。滲んで見えたのは、私の目に貯まる涙の所為であったと、気付いたのは私が私を抱き締めるようにしながら頽折れた後でした。留め処ない涙と、あなたへの想い。その奔流に呑まれた私はこの目から溢れる水玉を止めることも出来ずにただ、滔々と嗚咽を続けました。
 ふと、庭の紫蘭が目に映りました。時期ではないので花こそ咲いていませんでしたが、まるでその立ち姿は私を慰めるようで、自然と涙が引いていくのが、感ぜられました。私は裸足の儘庭へ出て、そっと触れてみます。あなたが植えた、羣咲の花。あなたが去って後、水をあげることも、殆ど忘れていた筈だのに、こうしてきちんと育っている。葉を握ればそれは、あなたの手を握っているかのようで、私は一人笑んだのです。

 それから幾日か経った今日、私はこの文を書いています。私は、この文も軈て燃やして仕舞うでしょう。端から宛て名などはないのです。あなたは最早、遠すぎるから。
 秋が来て、冬が過ぎ、春が去る頃に、紫蘭の花は咲くでしょう。紫色の花を待って、あなたに逢いに参ります。然うしたらその時は、嘆いて許りの私を如何か、叱って下さい。然うして一つ、笑んで下さい。私はそれで救われるのです。
 いつも、いつまでも、お慕い申し上げております。


 ―――変わらぬ愛を込めて。