……それで、あなたは?……そうですか。刑事さんですか。カウンセラーの資格もお持ちで。死体はどこか……そうですね、僕が今座っているこの椅子、この後ろに棺桶が見えますか?そうです。中心に十字架のあしらわれたそれです。彼女なら中ですよ。それにしても暑いですね。……腐臭がしないのがそんなに不思議ですか。ふふ…ああ、いえ。これは失礼。僕はこれでも医者なので、防腐の技術くらい訳はありません。まして、僕のような克死主義の輩は生前の状態を保つのにあらゆる手段を尽くしますから、彼女は今もとても美しいですよ。よかったらお見せしましょうか。……そうですか。少々残念です。…ああ、克死主義とはですね、死に打ち克つ、つまり、不死や人体蘇生術の完成を追い求める…と、簡単に説明すればこういうことです。学問的な分類はDisthanatogy――不死学の範疇に入ります。ご存じないですか。……そうですね。僕らは滅多にコミュニティを持ちませんからね。仕方ないのかも知れません。……そうですか。興味を持って頂けたようで嬉しいです。不死学とはですね…ああ、しまった。僕としたことがお客さまにお茶もお出ししないでべらべらと…申し訳ありません。すぐにお持ちします。…いえ、お構いなんてしませんよ。少し待っていてください。おいしいクッキーがあるんです――。

 お待たせしました…さあどうぞ。シナモンはお好きですか?それはよかった。……いえ、買ったものではありませんよ。手製の物でして。……ああいえ、恥ずかしながら僕は料理の方はからきしでして。
 さて。不死学のお話でしたね。Disthanatogyの原義は、『死を否定する学問』という意味です。研究の内容は先程申し上げたような死者の復活、不死になる方法。また、不死そのものの概念などです。古来から人間は、不死に対してある種の憧憬を抱いていました。ブードゥーの秘術や中国におけるキョンシー、日本の人魚伝説やフェニックス…このような不死に対する志向性を学問として体系化し、学問としたものがこの、不死学です。これを一番最初に唱えたのは医者にして魔術師でもあったというかの有名なファウストです。もっとも、彼の存在そのものが伝説であったというくらいですから、真偽のほどは確かではないのですが、もし本当ならば五百年前には既にこの不死学は存在していた、ということになります。……そうですね。確かに五百年もの間陽の目を浴びることなくここまできた、というのは少々特異かも知れませんが、先程にも少し述べたように僕らは共同で研究を行なう、ということがほとんどありません。仮に行なったとしても、それはあくまで一つのグループであり、他の研究者とのコミュニケーションは皆無といっても過言ではありません。ですから、学会も存在しないんです。おそらくこれらが不死学が世に広まらない最大の要因なのでしょう。……おっと、お茶が冷めてしまいましたね。これなら多分冷たいほうがおいしいでしょう。今氷を持ってきますよ。なに、このお茶は冷やして飲んでもおいしいし、クッキーの方も冷たい飲み物とも、よく合うんですよ。少し、待っていてください――。

 どうぞ。ハーブ入りの氷です。綺麗でしょう。このハーブもお茶と同じ種類なんですよ。安心して飲んでください、毒なんて入っていませんよ。……そうですね。確かに言うのが遅かったかも知れませんね。でも、どうということもないでしょう。どちらにせよ、毒は入っていないのですから。
 僕が不死学を知ったきっかけですか?それに彼女とは…ですか。まず、後の質問から答えましょう。彼女とは、僕の婚約者です。名前はエリザベスといいます。彼女はまるで美しい花のような人でした。美しく、彼女が笑えば誰もが立ち止まり、微笑みかける…僕もそんな立ち止まった中の一人でした。家が医者であった僕は家業を継ぎ、外科医となりました。当時二十二才で、自分で言うのもどうかと思いますが、天才と呼ばれるほどの腕を持っていました。そこに患者として入院してきたのが、彼女でした。階段から落ちたために右腕を骨折したという事でした。僕らが医者と患者から恋人どうしに変わるのに、そう時間はかかりませんでした。まさしく運命だと信じ、僕らは甘い恋に酔いしれたのです。彼女の腕が完治するのを待って、僕らは親の反対を押し切ってここに――今僕らのいるこの町に開業医として住み始めました。幸いこの町に医者はなく、僕らは歓迎されました。翌年にはささやかながら結婚式もあげる予定で、僕らはもちろん町のみなさんも心待ちにしてくれました。間違いなく僕らはあの時幸福の絶頂にいたのです。…彼女が、あの悪魔によって殺されるまでは。あなたも刑事ならご存じでしょう。そうです。七年前の強盗殺人事件……僕が買物から帰ってきたときには既に手遅れでした。強盗は逃げ去り、彼女はもう…。それから三日後の彼女を埋葬するまでの記憶は途切れがちではっきりとしません。ただ、彼女が死化粧をして棺桶の中に入っている姿だけは、鮮明に覚えています。美しかった…彼女は限りなく美しかった。その晩のことでした。背中に彼女の入った棺桶を背負って、この家にある男が入ってきました。ノックもせずに、突然。彼は言いました。この女を蘇らせてやる――と。僕は彼に縋りました。そうするより他になかったのです。それほど僕は弱っていたのです。僕は彼にエンバーミングの技術を教わりました。不死学で言う所のエンバーミングとは死体に防腐処理や修復を施して生前の状態を保つ技術です。僕は男の言うとおりにメスを動かし、薬品を使い、また術後は不死学の考え方を教わりました。これが、そう、僕が不死学に出会ったきっかけです。彼が去った後も僕は一人研究を続けました。そしてついに僕は彼女を蘇らせる方法を完成したのです。おいで、リズ……。どうです?美しいでしょう?…おや、どうなさいました?顔が青いですよ。それじゃまるで死体ですよ。…いえ、彼女は紛れもなく一度死んでいます。そして蘇ったのです。この、僕の手で。ただやはり脳の機能が落ちてしまっていて話したり自分で考えて行動したりということはできませんが…クッキー、おいしかったでしょう?彼女が焼いたんですよ。…化け物、ですって?失礼な。実験対象の分際で…!…すみません。少し取り乱してしまいました。
 ああ、そろそろ効いてきましたか。いえ、先程も言ったように、毒ではありませんよ。ハーブです。ある毒を打ち消す効能があるのですが、打ち消す対象が体内にない場合は逆に体が麻痺してしまうんです。……ああ、僕は事前にその毒を飲んでいたので大丈夫です。心配ご無用。ほら、毒と薬は紙一重、とも言いますし。……そんなに怯えた顔をなさらずに。もっと誇らしげな顔をしてください。あなたのおかげでまた一歩不死へと近付くための死のメカニズムの解明に近付けるのですから。……そうそう、不死学が公にならないのにはもう一つ理由があるんですよ。やっぱり、誰かを殺してしまったら秘密にしないと…研究が続けられなくなってしまいますからね。ではリズ、カルテを頼むよ。それで、刑事さん。痛みは――か?――の―――です。むし――――う?あ―も――――か。返事を――――。―――――。

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……




 刑事、Billy=Macgregor。
 休日に知り合いの家に行くと妻に言い残し、そのまま行方不明となるも、五日後、ばらばらのパーツとなった状態で自宅に郵送される。差出人不明。悪質な猟奇殺人事件だが、犯人は未だ捕まっていない。