Neetel Inside 文芸新都
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黒い子短篇蒐
わさわさ

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九月二十一日開催 新都社文芸部・大阪遠征組深夜の卓球大会結果
一位:硬質アルマイト(二勝零敗)
二位:ところてん(一勝一敗)
三位:黒い子(零勝二敗)

最下位罰ゲーム『お題短編』
お題:生理的に無理なもの
制約:1,500文字以内(1494文字)
期限:九月二十一日より二週間以内(九月二十四日投稿)



◆◆◆ココカラ◆◆◆



 玄関を入って台所のドアを開けた私の視界が、何か動くものを捉えた。それが何かを見留めた瞬間、全身を怖気が駆け巡る。それもまた私に気付いたらしく、動きを止めた。今、私とそれの間にはただ只管に張り詰めた沈黙だけが横たわっている。最近とんと見かけなかった。それ故に、私は油断していたのだ。体長五センチはあろうかというそれが再び動き出すところを想像するだけで、ぞわぞわとした厭な感覚に耳が痒くなる。早く、なんとかしないと。
 私はこの状況をどう打破すべきか、思考を巡らせた。潰すことはしたくない。潰れたそれの死骸や床にへばりついた体液の処理など、絶対にごめんだ。殺虫スプレーはどうか。いや、もしも暴れ出したら目も当てられない。そもそも、肝心のスプレー缶はそれが留まっているすぐ後ろの戸棚だ。いっそ放置してはどうか。元来それらは益虫であの忌々しいゴキブリを食すというし、共通の敵がいると考えれば仲良くなれるかもしれない。それに節足動物という範疇で言えば、クモやサソリはあんなにも可愛らしいではないか。いけそうだ。何事も歩み寄りの姿勢が肝心だ。
 そこまで考えた刹那、突如としてそれが動き出した。それまでの拮抗をあまりにも無碍に破壊する突拍子もない行動に、私は小さく声なき声を上げて先ほどから手をかけていたドアを閉めかけた。が、それは私には目もくれず、猛烈な勢いでかくも悍ましき造形の足を動かして冷蔵庫の下へと潜った。私は、そろりそろりと刺激しないようにドアをくぐる。冷蔵庫と床の隙間には闇がわだかまっていた。それの姿は、見えない。ひとまず呼吸を落ち着けると、冷蔵庫から目を離さないようにしながら先ほどまでそれが留まっていた場所へ行き、戸棚から殺虫スプレーを取り出した。

 殺るしかない。

 私は決意した。矢張り私たちは分かり合えない存在であったのだ。あんな人知を超えたような、人に恐怖を与えるためだけに生まれ出でたような造形のものとは、友情を育もうという考え自体が土台からしておかしかったのだ。私は他に武器を探した。出来ればガス室になりそうなものがあるといい。だが、見つかったのは近所のスーパーのレジ袋だけだった。これに閉じ込めるには、かなり接近する必要がある。だが、やるしかない。他に光明はないのだ。やるしか、ない。
 私は頭の中で戦いをシミュレートした。まず、冷蔵庫の隙間に殺虫スプレーを噴射する。するとそれは殺虫剤の毒にやられながらもふらふらと飛び出してくる。そこをすかさずレジ袋で掬い上げ、袋内を殺虫ガスで満たせば勝利だ。我ながら完膚なきまでの策だ。これこそが人類と君たち節足動物の差なのだ。私は矢張り一定の距離を保ちつつ、腕を伸ばしてスプレー缶のノズルを隙間に差し込み、勢いよく噴射した。
 噴射をやめて十秒ほど経ったろうか。私が一歩冷蔵庫へ近づいたその時だ。あろうことかそれは先ほどと遜色ない、ものすごい速度で飛び出してきたではないか。今度こそ、私は声を上げ、袋を投げ出して飛び上がった。そんな私の恐怖を知ってか、猛然とこちらへ向かってくる。すかさず回避する私をしり目に、それはガササッと小さく音を立てて先ほど投げ出したレジ袋の下に潜った。最悪の展開だ。ええい、ままよっとばかりにレジ袋をめくり上げる。再び猛然と迫りくる、それ。私はぴょんぴょんとステップを踏んだ。傍から見たら踊っているかのように見えるだろう。それがいけなかった。足の裏に、厭な感触が走る。全身の肌が粟立ち、私は向こう三軒両隣に響くかという叫び、いや、勝どきを上げた。
 かくして、私はそれ―――ゲジゲジとの戦いに勝利したのであった。



◆◆◆ココマデ◆◆◆



 これを書いている間、怖気がひどくて全身の痒みがすごかったです。
 ある種罰ゲームとしては非常に優秀なお題でした。
 卓球大会、次は勝つ。

 不尽。

       

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