Neetel Inside 文芸新都
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黒い子短篇蒐
自傷癖の昼

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 然ふ爲て私は唐突に踵を反してオフヰスに戻ると折角持ち出した財布を乱雑に抽斗に投げ込むと代はりに銀色を探り当ててトイレツトに逃げ込むだのでした。白は赫く染まり便器に張つた水に落ちてゆるゆると飽和爲てゐます。私は其れを見乍ら、嗚呼、薔薇の花のやうだ、等と虚ろな頭を巡らせるのでした。

 如何な花よりも尚美しい彼の人の莞爾が陶酔を助長致爲ます。私の口角が吊り上がる間隔で、私は其の倖福せな光景が夢幻の沙汰である亊に気付き、亦呼吸を劇しくさせ乍ら嗚咽を続けるのです。真赫に染まつた左の肱が洋包丁を取り落とした右腕と結託して私の首をぎりぎりと絞め上げる、其の両の眼子が圧し出されるやうな圧迫感で、私は辛うじて正気を保つてゐるやうでした。

 唐突に雙つの手の平が私を解放爲ました。僅かに持ち上げられてゐた私の身躰がすとんと床に落ち着くと共に私の咽喉はぎこちなげに、亦荒々しく空気を嚥下爲ます。兩の眼子はぐるぐると白い壁を舐め轉ばし、其れは何彼を探す樣にも只々錯乱爲てゐる樣にも感ぜられました。

 漸々落ち着いて、簡単に傷口に痼り付いた血の筋を拭ひ、絆創膏を貼つて辺りを見廻すと其處には如何やら白磁と水と赤とが狭い々ヽ部屋の中に閉じ篭つて、未だ眩々と爲た頭を抱えてゐる私を嘲嗤つてゐる亊実が明瞭りと自覚せられて参りました。其れが如何にも恥ずかしく、亦如何爲やうも無く気持ち悪く思へて、右手の指をぴんと突き立てると私は一息に其れを咽喉の臆へと挿し込み、劇しく掻き回しました。絖る唾液の卑猥な感触と無理矢理に冒される咽喉の痛みが絶頂に達した其の瞬間、私は空の胃から生臭い酸を吐き出したのです。

 赤子のやうに泣きじやくり、かと思へば白痴のやうに虚空を見上げて茫然と爲る。如何れ程の時間然ふ爲てゐたでせう。私は不意にレヴアを下げて真赫に飽和した水を流し、一度で流れない赫い塊を更に何度かレヴアを下げて流すと何時の間にか外れてゐた眼鏡を掛け直し、オフヰスへと戻つたのでした。

       

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