Neetel Inside ニートノベル
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ゲーム脳
健全という町(グロ注意

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「じゃあ、また」
「うん、それじゃ」
 エティクスに揃えて貰った支度を持って、僕らは生業の町を出ることになる。
「さあ、行くよ」
 四人連れ立って、エティクスの家を出た。エティクスは町の入口まで見送りにくる。
「この道をまっすぐ行けば、健全の町だ。半日くらいで着くだろう。知りたいことはそこで訊けばいい。僕達が説明するよりはマシだろうから」
「ありがとう。また来るよ」
「随意に。そんなのは君達の自由さ。僕達には関係がない」
 エティクスは踵を返そうとする。僕はその背中に訊いた。
「あのさ、僕らみたいな人間が来たのは、いつ以来?」
「さあ……つい最近だった気もするし、もうずっと来ていない気もする。記憶がはっきりとしないのさ」
 僕はそれを聞いて、何か思い付きそうな気がしたが、やっぱり靄がかかったように思い出せなかった。
 僕の世界が二割減しようと、この空間は変わらない。ここは僕の世界じゃない。
 足音が減り、言葉を発する者がいなくなった。マチはもともと無口だし、ミアは思案げに俯いていた。メイだけが元気そうに両手両足を動かしている。
「ユタカ、虫」
「そうだね」
「あれ、リンゴ?」
「そうかも」
 パタパタと駆け寄り、背伸びしてリンゴをもいだ。その場でかぶりつく。顔を不快そうに歪めた。
「酸っぱい……」
「野性みたいなものだからね」
 メイはリンゴを捨て、戻ってきた。
「まだ歩くの?」
「我慢だよ、我慢」
 半日というエティクスの言は、歩き慣れた彼らの足でという意味だ。となれば、いくらかの余裕を見ても、あまり休憩ばかりもしていられない。
 僕は明らかに消耗していた。慣れない環境、意味のわからない展開、歩き疲れに切り離し。情けないことに、メイに気を使われていると気付いた時、僕はいっそう反省した。
 切り離しの件について、メイに動揺はない。だから、この場で一番平素通りなのはメイだ。そのメイに気を使われているのは、やはり僕の顔に出ていたのだろう。
 ミアはやはり動揺していたし、マチは顔にこそ出さないが、思うところはあるだろう。しかし「何故?」とはもう誰も問わない。そうする者は、ここにはいない。僕の決定は世界の決定。理由も目的も関係ないのだ。
 切り離された世界がどうなるのか……僕は知らない。興味もない。
「あっ」
 考え事をしていたせいか、周囲への警戒が疎かになっていた。
 だから、僕は気付けなかったのだ。いや、言い訳かもしれない。どちらにせよ、僕のお粗末な危機管理能力では、それから逃れるのは無理だっただろう。
 ミアの声が聞こえたことに気づいたのは、一拍遅れたタイミングだった。道路上で猫の死骸でも見つけた時みたいな、少し沈んだような声。振り返った時、僕にはミアの身体から何かが生えたように見えた。それが何なのか理解した時には、とっくに必要な全ての動作が終わっていた。
 一本の矢が、ミアの身体を貫いていた。
「ミアっ!」
 僕が慌てて駆け寄った時、ミアの身体は地面に伏していた。
「え……?」
 理解できないといった顔で、ミアは自分の胸から生える矢を見た。抱き起こして背中に触れると、僕の手に真っ赤な血がべったりとついた。矢は背中にまで貫通している。
「伏せろっ!」
 遅ればせながらメイとマチに叫ぶ。二人は言った通り頭を抱えて地面に伏せた。
「ミア!」
「あれ……ユタカ、なに? なにか、あったの……?」
「動くな! 血が出る! くそっ」
 周囲を伺う。木の影に誰かがいるのが見えた。
 僕は……馬鹿かっ! こんな場所を安全だと思うなんて!
 地下に広がる世界? 研究所? 得体の知れない町? 人間じゃない人間? 友好的なエティクスを見て、すっかり気が緩んでいたのか。ふざけるな。
 この……こんなふざけた空間のどこが、安全だっていうんだ!
「ユタカ、ユタカ……」
「ミアっ! いいから」
 ミアの唇が震えている。手を持ち上げようとするが、うまくいかない。僕の服を握った。
「ユタカ、ユタ……」
 握った指から伝わる痙攣するような震え。僕はミアの服を千切った。左の乳房の下に矢が刺さっている。抜くのはまずい。抜けば血が吹き出るだろう。
「動くな」
 木の影から声が掛けられる。感情の感じられない、冷たい声。目を向ければそこに誰かが立っていて、矢をつがえていた。
「お前がっ!」
 僕はそいつを睨みつける。頭が熱い。熱くて熱くて煮えるようだ。ああ、殺す。
「お前がミアをっ!」
「動くなと言った」
 そいつもまた、簡素な服だった。それは女で、髪の毛を後頭部で結わえていて、肩掛けの矢筒が背中にある。腰にベルトをし、そこには大振りのナイフが一つと、丸まったロープ。
 狩人。女であるという以外は、そんな表現が当て嵌まる。
「お前達は、何者だ?」
 女は油断なく弓を構えながら、じりじりとこちらに近寄る。僕の三歩手前で止まると、呟くように質問した。
「人間……ではないな。かといって人形でもない」
「人間だ!」
 僕はほとんど泣くようにして叫んだ。
「僕らは人間で、お前のせいで困っている! 手当てをしろ!」
「人間? そんな……」
「手当てをしろ!」
 ぴくりと眉根を動かし、ミアの様子をうかがう。僕はその瞬間を見逃さなかった。
「ふっ!」
 息を一つ、それから、女に躍りかかる。
「こいつ!」
「くっ……」
 僕と女はもんどりうって倒れ込む。女の手を掴んで弓を取り上げようとした。女はそれに抵抗しようとせず、自ら手を離す。
「えっ?」
 弓はあっさりと僕の手に納まった。支えを失った身体はバランスを崩す。同時に、後頭部に鈍い衝撃が走る。手を離した瞬間、女の手は僕の首に手刀を叩き込んでいた。ぐらぐらと脳が揺れる。視界が歪んだ。僕の中身が意識を手離そうとしているのがわかる。そうする訳にはいかない。そうすることはできない。ああ、しかしそうせざるを得ない。
 ああまずいこれは僕の意識ミアが矢が胸にマチなんとかメイ逃げミアに手当てをなん――――
「て、あて……を」
 ぎりぎりの意識の中、それだけ呟く。それで限界だった。
 ブレーカーでも落とすみたいに、僕の意識は遠ざかった。

       

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