Neetel Inside ニートノベル
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「起きろ」
 頭に痛みが走る。たった今叩かれたのと、首筋のそれが混ざった痛み。目を開く。
「ん……」
 首の後ろと連動するように、開いた目が痛かった。ぼんやりと、誰かがいるのが見えた。狩りの支度――弓と矢筒を外し、ナイフを置き、腰布を解く。
 それは平坦な声で語りかけてくる。
「今、生産から連絡があった。お前達は人間。宮殿からの見物客らしいな。連れの二人も客人として向こうで寝ている。すまない、手違いだ」
 女は、狩人の女は、頭を下げるでもなく淡々と謝った。
 僕を叩き伏せ、ミアを射ったことを、ほんの一言で。
「そうだ……ミアはっ!?」
 跳ね起きる。また首が痛かったが、そんなことより!
 胸を貫かれて、血があんなに出て。手当は間に合ったのか!?
 ミアは!?
「ああ、あの女か」
 今の今まで忘れていたというように、女は上を見る。
「死んだよ」
 女はあっさりと言って……僕は一瞬、何を言ったのか、理解できなかった。
 死んだ? ミアが?
 理解が及ばないうちに、女は続けた。
「出血が激しくてな。手当は無駄と判断した。まだ息はあったが、私達が始末したよ。放っておいてもすぐに死んだだろうが」
 始末……? その言葉を理――
 意識が飛ぶ。僕は女を床に組み伏せていた。
「ふざけるなよ……ミアを殺しただと!?」
「痛っ……おい、やめてくれ」
「お前が殺した! ミアをっ!」
 僕の、僕の世界を! 壊した!
 お前が先に死んでどうなる!? ミアは……こんなの、なんの意味もない!
「まったく……」
 力任せに押し潰していた僕を、女は身体を捻って跳ね返す。位置関係は嘘みたいに逆転して、僕の身体は女に組み敷かれた。
「ッ! クソッタレ!」
「いつ私達が糞を垂れるのを見たんだ? ……情欲ではないな。怒りか? 何故そんなに怒っている?」
 女は呆れたように言った。
「ミアを殺しておいてよくも!」
「だから、何を怒る必要がある?」
 女の口調は、あくまで平坦だった。
 ふざけるな! 殺してやる。爪先から順々に皮を剥いでやる! 冷凍庫の牛みたいにしてから指を切り落としてやる! その赤い目を二つともくり抜いてホルマリンに漬けてやる! 内臓一つ一つを並べて鳥に食わせてやる!
 渦巻く怨嗟を向けられた女は、いずれ関心のなさそうな顔で言った。
「死んだのなら、また生産すればいいだろう」
「ああっ? 意味のわからないことを……!」
「バックアップはあるのだろう? ああ、人間は生産ではなく、再誕というのか」
 スッと、怒りが引いていく。
 それを聞いて、僕の脳裏に浮かぶ言葉があった。
 再誕、生産、人間。
 人間を、複製すること。
「クローン……」
「そんな名前だったか。なんだお前、忘れていたのか?」
 女はいつの間にか、僕から離れていた。
「宮殿に帰れ。こちらの設備とは違うのだろう?」
「…………」
 やはり当然のように、女は言った。
 クローン、とは、やはり……細胞からコピーを作り出す、あの技術か。
 馬鹿みたいに倫理倫理と言って研究の進まない、あの技術。あれを人間に使うというのか?
 それを使えば、ミアは生き返るのか……? 僕の世界は、修復されるのか?
 それは、ミアなのだろうか。クローンとして生まれたそれは、ミアと呼べるのか?
 頭を振る。
 どうでもいい。どうでもいいんだ。例えそれがミアではないとしても、僕の世界の穴埋めにはなる。欠けた世界は、僕の意思から外れた世界は、もう僕の世界じゃない。本物のミアができれば良し。それが本物のミアじゃないとして。
 代わりのカケラが見つかるまでの、繋ぎにはなるだろう。
「どうした?」
「ああ、いや……宮殿か。そうだね、そうしようか。それで」
 今のままでは情報が少ない。脳味噌を解体し、現状を打破する。
 僕はクローン技術を使う為の行動を開始する。
 なるべく温和に、できるだけ感情を内に。
 息を小さく吐いて、準備を完了した。
「君、宮殿まで案内してくれないかな」
「何故だ。宮殿から来たというのに、宮殿の位置がわからないというのか?」
「実はそうなんだ。意気揚々と出掛けたはいいけど迷ってしまってね、難儀していたんだよ」
「ふむ、そうか、わかった」
 女はそれを信じたようで、あっさりと頷いた。
「とは言え、まだだな。お前の連れが目を覚まし次第、出発するとしよう」
 その連れの一人はお前が殺したのだ。僕はよっぽど机に置かれたナイフを手に取ろうと思った。自制できたのは、偏に感情を切り替えていたおかげだ。
 笑顔を保てるのは、せいぜい一日くらいのものだろう。

 マチとメイはまだ起きて来ない。特にメイは、僕が気絶したことで受けた衝撃は計り知れなかっただろう。マチはもしかしたらもう起きていて、展開を観察しているのかもしれない。
 ミアの血まみれになった僕の身体は綺麗に拭かれていたが、服はその限りではない。僕は女――フラベティと名乗った――が用意した服に着替える。素材はわからないが絹のようにすべらかで、美しい幾何学模様の刺繍が入ったものだった。
「人間の服はそれしかない。我慢しろ」
 是非もない。僕は喜んでそれを着た。着心地は悪くない。
 着替えを終えてマチとメイの様子を見に行くと、メイはベッドに横たわり苦しげに顔を歪ませていた。僕はメイの顔に手を伸ばす。鼻先をくすぐると、メイの表情は安心したように落ち着いた。マチはなんてこともないように眠っている、ように見える。

       

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