Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 それからフラベティにミアを見たいと告げると、地下――穴の中だ。それに木の梯子をつけただけ――に通された。
「見ないほうがいいかもしれないぞ」
 フラベティは言ったが、僕にはそうする必要があった。
 とどめを刺した。その言葉で、いくらかの想像はできる。僕は覚悟を決める。平然と言い放ったフラベティにまた怒りが出そうになったが、堪える。
 階段を下りると、すぐに階下に着いた。中は涼しく、乾燥した空気で満ちていた。それに、血の匂い。
 暗い。フラベティが電気を点ける。裸電球が地下を照らした。電球は過剰なまでに地下を明るくする。そうしてフラベティは踵を返し、地下を出ていった。僕は気付かないふりをしてちらとも見なかった。
「…………」
 木切れの塊のようなベッドに、白いシーツが被せられていた。それは人間の形に盛り上がっている。僕は手を伸ばし、シーツの裾をめくる。
 生白い足先が見えた。僕は一気にシーツをはぐ。ミアの身体があらわになった。
 ミアの衣服は僕が破ったから、服はボロボロではだけていた。その胸には細い菱形の傷口がぽかりと開いていた。乳房の下の辺り……乱暴に引き抜いたような、汚い傷口。もう血は止まっていたが、肉の赤黒さはそのままだ。血は拭われているようで傷口付近は綺麗なものだったが、衣服に染みた血は消えていない。
 エティクスやフラベティのような色の無い白ではない、そこかしこに生命の面影がある白い肌、乳首の薄い赤色、傷口の赤黒さ、服に滲んだ黒い水。
 ああ……。
 僕の脳に、今まで経験したことのない感覚が生まれた。
 これが、ミアの言っていた感覚なのだろう。あの時は理解できなかったが、今なら解る。多分、少しだけ。
 僕はミアの首を見る。
 そこから上には何も無かった。デパートのマネキンのように、首までで完成している。切り口は鋭利な刃物で切り取られたようで、プラムの色をした種無し西瓜の断面のようだった。
 ミアの頭は右肩の横に置かれていた。
 フラベティの言う、とどめ。これがそうだろう。あの大きなナイフならば、首を切断するくらいのことは簡単だろう。
 僕はミアの頭を持ち上げる。両手で掬うように、髪を掻き上げ耳に触れるように、優しく、ゆっくりと。ミアの長く茶色がかった髪の毛は、緩やかにウェーブして僕の手にかかった。
 正面から顔を見る。顔色は悪い。重い生理の時よりも血の気が無い。一瞬心配になったが当然だと思い直す。目は閉じていて、眠っているようだった。口はほんの僅かに開いている。
 僕はミアの頭を抱いた。ミアは文句も言わずに腕の中に収まる。髪に顔を埋めると、ミアの匂いが漂ってきた。頭皮と、汗と、血の匂い。酸味の少ない、ミアの匂い。
「え、な、なに?」なんて、ミアの慌てた声が聞こえてきそうだった。僕が突然抱きしめたら、ミアはそんな事を言うだろう。
 鼻で深呼吸をして、僕はミアの頭を置いた。
 僕は意味もなく辺りを見てから、血で汚れたミアの服を脱がす。破れた服は奇妙に絡まった。血が乾いて粘着質な液体となり、肌に張り付いていた。片方ずつ袖を抜く。関節が固まり、自由が効かなかった。
 ボタンを外し、スカートを下げる。下着に手を掛けて一気にずり下げた。身体が曲がらないから、持ち上げるのに苦労する。
 靴下を脱がすと、ミアからすべての余計な物が取り除かれた。
 足の爪先から順に見上げていく。丸まった爪は、女の子にしては短い。足は細くもなく、太くもない。平均的な肉付き。丸みのあるふくらはぎ、つるりとした膝、ゆったりとして柔らかそうな太股、陰部の茂みは髪の毛よりも色が薄い。少し茶がかったクリトリスの包皮。陰唇は小さく皴があり、内に篭っている。尻は四角形に近く、それでいて角は丸い。腰は綺麗にくびれているとは言い難いが、触れば柔らかかった。あばらは肋骨の浮き出る気配もなく、ただその形が判る程度にへこみがある。腕から手まではなんのためらいもなく滑り落ちていて、指先は固くて柔らかい。爪が僕にはない艶を発している。濡れたような肌は生気を発しない。僕はまたミアの感覚に近付く。また少し、理解が及んだ。
 瞬間、僕の中のあらゆる語彙が無意味になった。如何なる美辞麗句を並べても足りない。美しいとか、柔らかいとか、まるで某のようだとか、そんなものはどうだっていいんだ。
 それには欲もなく、気取りもなく、ただそこにあるだけの美しさがあるのだから。
 完全な人間がそこにいた。
 ミアの求めた物の一端……僕に完全な理解ができるとは思えないけれど、ほんの一端だけ、わかった気がした。
 死体愛好家とは違う。屍姦をしたい訳でもない。この感覚は性的な物とは切り離されている。強いて言うのなら、在り様か。いや、そんな一言で解るものとは違う気がする。……それもまた恣意的だけれど。それは下地として敷いてあるものだ。
 あくまで僕の感覚でしかないから、ミアの嗜好とはまるで違うかもしれないけれど。解ったふりでも構わないんだ。
 ミアは僕の世界で永遠になった。これはもう、変えてはいけないものだった。
 もちろん、ミアの身体はそのままにならない。いずれ腐敗が始まり、腹がふくれ、目は落ち窪み、ベッドに染みを作るだろう。そうなる過程を見てみたい気もするけど……それを楽しむのは、感覚が拒否していた。感情ではなく、ミアを見て心に涌いたそれが、そうするべきではないと叫ぶようだった。それはミアが最も恐れていたことだから。
 完全な人間は変化してはいけないのだ。それを許容することが、ミアを完全から遠ざけてしまう。そんなことで揺らぐようでは、やはり僕はまだ何も理解できていない。
 ……それも言い訳だ。僕に出来ることなんて高が知れているし、所詮は痴れている。
 ミアの髪を一本、引っこ抜いた。ミアは文句一つ言わない。僕の生半可な知識でしかないけれど……クローンを作るには、その人の細胞が必要だったはずだ。僕はそれをしまい込む。

       

表紙
Tweet

Neetsha