Neetel Inside ニートノベル
表紙

ゲーム脳
そして五人は穴へ潜った

見開き   最大化      

 画面の中で主人公がモンスターに襲われて死んだ。僕は生きている。でも、主人公は死んだ。コンティニューすれば、なんの問題もなく新たなゲームが始まる。普通はそうなんだろう。何事も無かったみたいに、主人公はまた冒険の旅に出る。主人公が死んだら、世界はリセットされる。次は死なないように、プレイヤーは注意をするだろう。レベルを上げ、装備を変え、ルートを変え、攻略方法を変えて、クリアするまで何度でも、主人公は生き返る。
 そうやって何度もやり直し、いつかハッピーエンドにたどり着く。それがこの主人公に課せられた使命なんだ。
 じゃあ。
 主人公が死んだ世界はどうなるんだ?
 主人公が死んでも、その世界は続く。ラスボスを倒さなければ世界は救われないのだから、主人公のいない世界は、いつまでも救われない。
 いつまでも救われない世界が、ゲームオーバーの度に量産されていく。モンスターに襲われ、奪われ、殺され、蹂躙されて、その世界の人々は生きていく。そして、救われないままに死ぬのだろう。
 僕にはそれが怖かった。



 僕が目を覚ました時、そこは真っ暗闇だった。
 何も見えず、何も聞こえず、ただ床の冷たさだけがやけにリアルだった。
 僕が動くと反響し、小さな音が大きく響く。
 頭が痛い。どこかにぶつけたようだ。いや、何かに? わからない。
 皆はどこだろう? 皆? ああ、またいつものメンバーだ。
 ここはどこだっけ……今は……いつだ? デバイスは……ない? どこにやったかな……。なんで僕はこんな冷たい床に寝ているんだっけ……こんなに頭が痛いのは何故だろう。触ってみる。こぶは出来ていない。なんでこんな。確か地下シェルターの……。
 ああ、そうか、思い出した。
 ここはどこなのか、なんで僕がここにいるのか。
 辺りを手探りする。石のかけらに、砂のような感触……床は駄目だ。少し宙を探るようにした。
 不意に、柔らかい感触がした。これは……なんだ? 触る。布だ。布があって、人間を覆っている。
 この感触は……マチか?
 ああ、そうだ、ここは――――



 僕らがその旅行に出かけたのは、マーが持ちかけてきた計画に乗ったからに他ならない。それは夏休みに入ってすぐのこと、マーが妙な情報を仕入れてきたことから、全ては始まったんだ。
 事の起こりは、僕とマーの言い争いだった。何故そのような話になったかは定かじゃないが、確か映画を見終わった流れだったように思う。核爆弾が落とされた時に、どうすれば無事でいられるのかという話をしていた。マーが地下のシェルターのような場所ならばなんとかなると言ったから、僕はすぐさま反論した。
「そんなの駄目だ」
「なんでだよ」
「どうすれば助かるかって仮定の話なんだから、実在しないものを例えに出すのはルール違反。それじゃあ迎撃ミサイルを配備しておくと言うのと変わらないよ」
「わかんねえだろ、あるかもしんないじゃんか」
 マーはむきになって言った。
 そうだ、思い出した。見た映画はハリウッド映画で、核弾頭が発射され、翌日には着弾することを知らされたアメリカ政府は、宇宙人に救済を求めるのだ。宇宙人は核弾頭を排除する代わりに、地球での行動を、ある程度のことなら黙認することを求め、政府はそれを受け入れる。果たして核弾頭は排除されたが、地球人類は様々な不利益に目をつぶらざるをえなくなった。それに反旗を翻した主人公が政府と宇宙人に戦いを挑む、というものだ。
 世界中がアメリカの決定に左右されるというのは、実に分かりやすい自尊心だろう。
「シェルターなんてどこにあるのさ。現実的に考えるってルールだろ?」
「避難所みたいにさ、各市町村に配備すんだよ。んで有事の際に逃げ込む。十分に現実的だろ」
「無理だね。避難所っていうからには、すぐに逃げ込める場所になくちゃだ。田舎ならともかく、都心部にそんな土地を用意できるわけない。それより現実的なのは、各家庭に……」
「馬鹿な喧嘩してるなあ……」
 お菓子をかじりながら、ミアが言った。
 他のメンバーは僕らの言い争いを横目に、好き勝手に過ごしていた。



 それから約一ヶ月後。
 うだるような猛暑、外はかんかん照りの太陽が降り注ぎ、凶悪なまでに暑い。僕らはどこに出かける気力もない。冷房の効いた部屋から出るのは拷問に等しかった。
 ミアは漫画を読みながらお菓子を食べていて、マチはなにやら分厚い本を読んでいる。これはいつも通り。
 僕とメイはといえば、レーシングゲームで対戦している。
「むっ、あっ!」
 カーブの度に身体を傾かせるメイが微笑ましく、僕はわざとらしく見えないように負ける。どうせ勝つまでやめさせてくれないのだ。
「やたー!」
 三回目にしてようやく勝ったメイは諸手を上げて喜び、勝ち誇ったような得意顔で僕を見た。
 家元芽衣、通称メイ。素直だが、負けず嫌いな所が困り物。
「これが本当の実力だからねー」
「はいはい、メイはすごいね」
 本当じゃない実力ってなんだろうと思いつつ、大人ぶってメイの頭にポンと手を乗せ、わしわしと頭を揺する。メイは満足したのか、ゲームの電源を落として他のソフトを物色し始めた。
「ユタカ、次はこれ!」
 メイが提示したのは対戦格闘ゲームだった。
「オッケー」
 メイはゲーム機にソフトを入れる。すぐに読み込みが始まり、ゲーム画面が表示された、その時だった。
 玄関が開く音、階段を上る足音。ドタドタと走るその足音は、僕の両親のものではありえない。
「ユタカはいるかー!」
 勢い良くドアを開け、マーが僕を呼びながら部屋に飛び込んできた。
 伊佐々雅士、通称マー。イベントが大好きなお祭り男で、しょっちゅう面白そうなことを見つけてきては僕らを引っ張り込む、お祭り男だ。
 マーは僕を指差すと、高らかに宣言した。
「今日こそお前をぎゃふんと言わせる! これを見ろぉ!」
 それは数枚の紙束だった。自慢げにそれを掲げ、僕に突きつけるようにした。
「ほら、ここだよここ。葉桐製薬の大規模実験場跡地。すげえんだぜ。本社が倒産して取り壊す業者もいないもんだから、施設が丸々残ってるんだってさ!」
「まあ落ち着いて。ドアを閉めて。冷気が逃げる」
「おう、すまんすまん」
 僕が言うと、マーはドアを閉めた。それから紙束を部屋のど真ん中に広げた。めいめい好きな場所に陣取っていた僕らは、部屋の中心に集まる。狭苦しいがいつものこと。
「なにそれ」
 僕は訊く。紙にはなにかの見取り図らしきものが印刷されている。マーはにかっと口を横に広げた。
「忘れたとは言わせねえ! この前お前は核シェルターなんてものはないって言っただろ。だから俺は探してきたのさ!」
「核シェルター?」
「おうよ! これがマップだ。施設周辺の地図と、施設内部の間取り図だな。ついでに道中の美味しいお店一覧もあるぜ」
 マーは自信満々に僕らを見回した。ボールを拾ってきた犬のように、褒めてくれをといわんばかりの得意顔を振りまく。
「あー、美味しいお店は魅力的だけど……そうじゃなくて」
 核シェルターだって? そうだ、映画の話だ。
「え、こないだの話? 僕、核シェルターが無いなんて言った?」
「言っただろ! そんなの現実的じゃないとかなんとか」
「ああ、なんか言ってたね」
 ミアが肯定したことで、ますますマーの鼻息は荒くなる。
「だろ! だから俺は探してきたんだよ! 地下の施設で、都心からも近い。かつ広くて今は使われていない場所だ! どうだ、ぐうの音も出ないだろう!」
 自信満々に言い放つ。僕はやれやれとため息を一つ。
「はあ、あのねマー、僕は核シェルターが存在しないなんて言ってないよ」
「は、はあ? 負け惜しみを……」
「まあ、例えばこれが核シェルターとして機能するとしよう。この近辺の人はここに逃げ込めば助かるかもしれないね。でも、ここから遠い地域に住む人はどうすればいい? マーはこれ一箇所あれば日本中の人が避難できると思ってるの?」
「いや、それはだな」
「それは?」
「……」
「僕はそんなものを作る予算と土地がこの国にないって言ったんだ。今あるものを使えばいいって発想は悪くない。でも、こんな条件の整ったものがそこいらにあるわけないよ」
「いやでもな、その……」
 マーは必死で反論しようとするが、どうせ大して回る頭でもない。咄嗟には反論できずにいた。
「はは、マーの負けだね」
 ミアが言って、マーは「ぐっ」とつぶやき、うなだれた。
「さらに言うと、これが核シェルターとして機能するかは怪しいものだね。三十年も前の施設、それもとっくに放棄された場所だ。どうなってるかわかったもんじゃない。あと……」
 僕が言うと、マーは何か呟いた。
「……よ」
「え?」
「なんだよ! うるせえよ! 行ってみなくちゃわかんねえだろ! 立派に核シェルターしてるかもしんねえじゃんか!」
「うわぁ、切れたー」
 どこか楽しそうにメイが言う。
「お前ら、今度ここ行くぞ! 探検だ! いいかユタカ、目にモノ見せてやる!」
「廃墟、探検?」
 マチが首を傾げる。
「廃墟じゃねえの! 核シェルター候補だ! でもそう、探検だ!」
「行ってなにするの?」
「核シェルターとして使えるかを確認しにだけど……まあ、キャンプだな。俺達以外、誰もいないとこで思いっきり遊ぼうぜってこった。面白そうだろー?」
「うん、楽しそうだねー」
「だろお? なぁ、行こうぜ!」
「あたしは賛成!」
 メイとミアは手を上げて言った。
「まぁ、いいけど」
 廃墟とくれば、きっと人里離れた場所にあって、誰もいないはず。多少騒いだって問題ない。僕らが遊ぶのには最適だろう。僕としても不服はない。
「よおし! ユタカ、見てろよ!」
「はいはい……」
「キャンプはいいけど」
 読んでいた本から顔を上げて、マチが口を挟む。
「大丈夫、そこ……危なくない?」
「大丈夫だって! 葉桐製薬が倒産したのはほんの三十年くらい前だし、建築技術がそんな情けないわけないじゃんか!」
 自信たっぷりに言うけれど、なにかしらの根拠があるわけでもないらしい。
 というか、何か隠してるような気がするんだよねえ、マーのやつ。
 映画を見たのは先月だし、今の今まで調べてたっていうのか? 人一倍飽きっぽいくせに。
 どこか胡散臭いものを感じながらも、僕らは計画を立て始めた。

       

表紙
Tweet

Neetsha