Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 僕らは朝食を採りながら作戦会議をした。
 その結果、なんにせよ接触してみないことにはなにも解らないのだから、ともかく人影を探そう、ということになった。
 研究室階層のさらに下層。ここには何があるのかよくわからない。例の人物がいるとしたら、おそらくはこの場所だろう、と推測し、僕らは地図のない階層に向かう。
 相手は二人。例え相手側に悪意があるとしても、僕らは五人いる。固まってさえいればそうそう遅れをとることはないだろう。
 荷物の中から必要なものを厳選し、身軽になる。と思ったが、マチだけは荷物が多かった。デバイスやバッテリーパック、各種コード等は、まとめると結構な量になる。僕は仕方なく、バッテリーパックだけでも持つことにした。いざという時にマーは身軽でなければならないし、あまり荷物が多いとマチが心配だ。荒事の役に立てない僕の、そこが妥協点だった。
 太宰ルームを出て、探索を開始する。
 出発してすぐに、メイが僕の手を握った。
「メイ、大丈夫?」
「う、うん。怖くなんかないよ」
 メイは明らかに怖がっている。いつもの間延びした口調がない。ビビリのくせに強がりで、そこがまた愛おしい。
「そっか。ならいいけど。なんなら留守番しててもいいんだよ?」
「そのほうが怖いよ! あ、や、怖くないけど! 一人でお留守番は怖いからやだ!」
 こうしていれば怖さが紛れるだろうと、僕はメイをからかい続けた。
 マーが先頭を行き、ミア、マチと続き、僕とメイがしんがりを務める。
 階段を下る。昨日探索した地下三階を通り過ぎ、さらに階下へ。そこもそれまでと同じ造りで、婉曲した廊下が伸びている。
 そして、階段はさらに下へ伸びていた。
「まだ下があるんだ」
「何階まであるんだろ。メイ、ちょっと見てきて」
「ヤだ!」
 両手で僕の手を握り、涙目でブンブン首を振る。可愛い。
 依然としてビビってはいるが、今朝のような本気の怯えではない。多少なり気が紛れたようでほっとする。怖がらせるのは楽しいけれど、嫌な思いをさせるのは本意ではない。
「まあ、冗談だけど。でも、どこまであるのか知りたいなぁ」
「なんなら行ってみるか?」
 それもありかもしれない。とりあえず、地下何階まであるのかだけでも把握しておけば、得体の知れなさは多少なり軽減できるだろう。
 地下四階の探索を取り止め、僕らはさらに地下へ向かう。
 カツカツと、階段を踏み締める音が響く。足元を照らし、先頭を行くマーと同じルートを行った。B4/B5と壁に印字されている。
 地下五階。ここもまた造りは同じだ。円を描いた壁に、定間隔に並ぶ部屋。そしてまた……階段は下へ伸びている。
「まだあるのか……」
「だね。行こう」
 さらに階下へ歩を進める。
 怖いのか、メイが無駄に僕と繋いだ手をブラブラさせる。そんな陽気に歩く場所でもないが、メイなりに気を紛らわそうとしているのだろう。
 B5/B6と書かれた階段を下りる。なんの変化もない階段。そして、僕らは地下六階へ到着した。
 そして、階段はそこで終わっていた。
「……最下層か」
「そうだね。やっとだ」
 階段から見える廊下は、それまでと代わり映えのしないものだった。婉曲した廊下。ただし。
「ふうん……」
 扉が……廊下の外周に必ずあった扉がない。のっぺりとした壁が続く。懐中電灯で湾曲する壁を照らす。光はずっと奥まで吸い込まれていった。先はよく見えない。
「ここにはいなそうだね。扉がないから、隠れる場所もない」
 よく見て回れば扉はあるのだろうけど、ここは後回しにする。それよりも、最下層を確認したことで、僕は連中をあぶり出す策を実行することにした。実は既に考えていたのだが、施設の広さを考えて、そのほうが見付けやすいと踏んだ。
 前準備として、僕はまずこっそりとマチに話し掛ける。メイには見られているが仕方ない。
「……ってことなんだけど、できる?」
「ん、可能、かな」
 できないとは思わなかった。そのくらい、マチなら簡単だろう。
「よかった。じゃあ、このあと……」
 大雑把な打ち合わせ。マチもまだネタばらしは望んでいない。理由を察するくらいはしているかもしれない。
 マチとの話を終え、僕はみんなを呼び止めた。
「ねえ、みんな」
「ん、どうした?」
「部屋がこんなにあるんじゃ、見付けるのは難しいよ。僕に考えがあるんだ」
「ほお、どんなよ?」
 僕はみんなに作戦を告げた。それはひどくシンプルで、何も難しいことはないものだった。
「はあ? そんだけ?」
 マーが怪訝な顔をする。それくらいに単純で、しかし効果的なはずの作戦だ。
「うん、それだけ」
 僕はニヤリと笑ってみせた。犯人の目星はもうついている。



「じゃあ、いくよ」
 作戦会議を終え、僕らは歩みを再開する。
 地下四階、ここの探索をするふりをして、僕らはいくつかの扉を開けた。
 そして、階段から三つ目の部屋。ここが作戦の決行場所となる。
「せーの」
 僕の合図で、全員が一斉に懐中電灯を消した。そしてそのまま手を繋ぎ、階段から二番目に近い部屋に駆け込む。
「こんなんで大丈夫なんかよ」
「しっ、静かに」
 息を殺して、じっと待つ。メイの体温が近い。
 …………。
 やがて、小さな足音が聞こえてくる。僕らは息を飲んで待った。隠れた部屋の前を、懐中電灯の明かりが通った。
「なっ……」
「シーッ」
 驚いて小さな声を上げるマーの口を塞ぐ。間違いない。
「おおい、待てったら。ちょっと落ち着きなさい」
「逃げられるわよ! 早く!」
 一応、声を潜めてはいるが、他に音の無いここでは丸聞こえだった。
「どういうこと?」
「はあ……ふむ、反応はここで消えたな」
 男と女、二人分の声。女は若いが、男は中年のようだった。
「急に音声は聞こえなくなるし、故障だなんてついてないわ」
「いやー、どうかな」
 呟きながら、目論見通りに三番目の部屋に入り込む。僕らはそれを確認すると部屋を飛び出し、扉の前に立ち塞がった。
「はい、チェックメイトです」
「えっ――」
 僕は男女の顔を照らした。
「ほら、やっぱりね」
 女が光を遮るように目を覆い、男のほうが肩を竦める。
 そこにいたのは、男と女の二人組だった。
 女性のほうは二十代の半ばくらいだろうか。ショートに揃えられた髪、細身のパンツスーツに、スタイリッシュな印象を受ける。どこか中性的な雰囲気の美人。ただし表情はきつく、害意とは違うが敵意を感じた。
 男性のほうは四十代くらいだろうか、女性とは対称的に野暮ったく、髪もボサボサ、無精髭を生やし、よれよれのワイシャツ姿のおじさんだった。困ったような笑顔を薄く浮かべて、頭をかいている。
 僕は扉を塞いだまま、二人組に話し掛けた。
「僕は赤津ユタカと申します。お名前を聞いても?」
 女性は答えない。男性のほうがやれやれと首を振り、僕の質問に答える。
「ああ、こりゃ失礼。私は忌広撫貴。彼女は……」
「野中花音よ」
 女性は髪をかき上げる仕種をした。無理に余裕の表情を作る。
「してやられた、というわけね」
「はい、まあ」
 僕がにっこりと笑うと、野中さんはぴくりと表情を動かした
「さて、お二人には聞きたいことが――」
「ちょ、ちょっと待って! どういうことなの?」
 ミアが割り込む。
「あたしが見た人影はこの二人で、え? あれ?」
「まあそうだね。まずは種明かしからいこうか」
 僕はもう二人が逃げるのを諦めたと判断し、扉から離れる。
「まず、確認から。お二人はずっと僕らを監視していた。違いますか?」
「まあ、うん、そうだ。監視という言葉は悪いが」
 忌広さんが肯定する。
「監視って……こんな暗いところで? そんなの無理だよ」
 ミアが言う。
「こんな暗いところ、明かりがなくちゃ歩けない。明かりなんか使ったら、すぐあたし達に見付かるよ」
「まあ、最後まで聞いて。次に、お二人は僕らの動向を把握していた。それで、つかず離れず、僕らをつけていた。明かりが見られない距離で、ね。でも、それができなくなり、慌ててここに駆け込んだ。そうですね」
「私は止めたんだがね」
「忌広さん!」
 慌てたのも、引っ掛かったのも、どうやら彼女一人のようだった。
「さて、どうして二人は僕らの動向を探れたのか。答えは簡単。ずっと聞いていたのさ」
「えっ……」
「盗聴だよ。ついでに発信機かな。それで僕らの居場所も、どう動くのかもわかる。これなら僕らに見付からないで行動できる」
「……」
 無言の肯定。二人は反論しなかった。
「そこで、僕がしたのは一つ。マチにジャミングを流してもらったのさ」
「いえー」
 僕はマチを見る。電子機材のエキスパートであるマチだからできたことだ。マチは小さくピースサインを出し、ジャミングに使った小さな機械を誇示した。
「僕としては、三つの可能性なんて、正直どれでもよかった。問題なのは、悪意……いや、敵意の有無だ。それは、今朝の一件で無いと判断した」
 害意があるのなら、ミアもメイも、今頃無事ではないだろう。もしも害意があった場合のことを考えると、自分の至らなさに腹が立つ。
「悪意がないにしろ、こんなにミアとメイを怖がらせたのはよくないね」
 僕は仲間に振り返った。
「はは、それについては済まないことをした。怖がらせるつもりはなかったんだが」
 忌広さんはちらりと野中さんを見遣る。
「彼女が鉢合わせてしまってね。慌てて見にいくと、そちらのお嬢さんがへたり込んでいたところだった」
「また私のせいに……」
 野中さんがむくれる。顔に似合わない子供っぽさが滲み出ていた。それを魅力と感じるかは人それぞれだと思うけど、僕にはそう思えなかった。
「その、すまなかったね」
 忌広さんがミアとメイに言った。
「ほら、君も」
「……ごめんなさい」
 素直に頭を下げた忌広さんに比べ、野中さんは渋々といったように謝る。
 ミアは目をぱちくりさせ、慌てたように言う。
「あの、うん。大丈夫です、もう気にしてません。ねっ、メイ?」
 許しを得て、忌広さんはほっとしたように笑った。
「ああ、よかった」
「はい、二人がいいならそれでいいです。きちんと謝ればそれで」
 僕は笑顔で言った。
「だってさ、マー」
「…………はあ?」
 マーはたっぷり時間をかけて、ようやくそれだけ返した。
「謝れば許してくれるってさ」
「な、なにがだよ?」
 僕はじっとマーの目を見る。最初こそ目が合っていたが、やがて目が泳ぎ始める。
「うう……」
「マー?」
 僕はほとんど睨むようにする。マーは逃げるように顔を逸らす。
「素直なほうが、僕は好きだな」
「……正直スマンかったぁ!」
 マーはその場で飛び上がり、空中で見事な土下座をキめ、着地した。
「え? ええ?」
 僕とマーを交互に見て、ミアが戸惑う。僕は大きくため息を吐いてマーを見下ろした。
 この阿呆が。
「マーはね、この人達と通じてたんだよ」
「ええ!」
「謝ってるし、許してあげてよ」
 僕はマーの脇腹を軽く蹴った。
「オウ!」
「ほら、立ちなよ」
 マーは土下座の姿勢から綺麗に跳んで立ち上がると、僕をビシッと指差した。
「俺がスパイだと、なぜわかった!」
 僕は頭痛がした気がして頭を押さえ、言う。
「マーは下手くそなんだよ。今朝の話で、やたら三番目の可能性を推したでしょ。あれに僕は違和感を覚えた」
 僕は映画で見た探偵のような、両手を広げる仕種をする。
「一番有り得ない選択肢を推すのはマーらしいけどさ、一つの可能性にだけ口を出すなんてマーらしくないよ。マーなら全部に意見を言うはず。普段なら、どの選択肢も平等にあれこれ考えて楽しむでしょ。それが、今朝は違った」
「ぐう……」
 マーはぐうの音を上げた。
「それに、この企画を持ってきたのはマーだ。こんな地図、どうやって調達したのかって、ずっと思ってた。誰か協力者がいるんじゃないかってね」
 マーが突拍子もないことを提案するのはいつものことだけど、今回のはマー一人でどうこうできるような内容じゃないと思っていた。
「野中さんがミア達と鉢合わせたのは、マーが一緒じゃなかったからだね。マーが寝てるのはわかっていたでしょうに。迂闊でしたね」
 野中さんはぷいと顔を背けた。
「何か反論は?」
「…………ねえよ」
 今度はぐうの音も出なかった。
「あまり責めないでやってくれないか。私が頼んだことなんだ」
 忌広さんが言う。
「そこはまあ、被害者二人に任せます。マーへの処分はミアとメイに任せるとして」
 僕は忌広さんと野中さんに向き直る。
「マーとはどんな関係なんですか?」
「ま、その、なんだ」
 マーが口ごもる。
「マー君とは、去年ナンパされてからの付き合いよ」
 野中さんが言った。
「え、ちょ――」
「いいじゃない、本当のことなんだし」
「まあ、そうだけどよ……」
 マーは頭を掻いた。野中さんは僕らに一礼する。
「改めてまして、私は野中花音。シティルポルタージュで記者をしているわ。以後よろしくね。彼は私の上司兼パートナー」
「やれやれ……よろしく頼むよ」
 忌広さんはぺこりと頭を下げた。
 シティルポタージュ……御厨社の発行している雑誌だったか。確か、都市伝説や噂話を取材してあることないこと面白おかしく書き立てる胡散臭い雑誌だったはず。読んだことはないが、たまにコンビニで見掛ける。
「はあ……どうも。それで、記者さんがどんな理由でマーと?」
「マー君とは時々会ってたんだけどね。この間、マー君に『核シェルターを探してる』って言われたの。そこで私はここのことを教えたのよ。以前取材しようとしたのだけれど、電子ロックが開かなくて入ることができなかったって言ったら『多分なんとかなる』って言うから、私も取材に同行することを条件に、資料を提供したのよ」
 野中さんはどこか嬉しそうに語った。野中さんからは見えない角度で、忌広さんがやれやれと頭を押さえている。
「そうですか。それなら何故、最初から一緒に来なかったんですか?」
「普通に取材して、何にも無かったらつまらないじゃない。だから私達で色々仕掛けて、あなたたち目線で記事を書こうと思ったのよ」
 …………。
 記事の捏造を、さも当たり前のように語る。全く悪びれる様子がない。
「あーあ、せっかく苦労して用意してたのに」
「ちなみに、どんなものを?」
「この先、動物の骨とか、でっち上げの研究レポートとかあったんだけどね。こうなった以上、全部パーだわ」
 忌広さんが目を覆う。
 態度に曰く「なにも全部言うことはないだろう」だ。言わなければ、僕らのリアクションくらいは見られただろう。
「あー、まあ、そういう訳でだな」
 マーが言った。
「黙ってたのはすまん。でもほら、これも俺なりの演出、エンターテイメントだった訳だ。肝試しみてえなもんだ」
 確かにそのほうが、面白くなるといえばなる。マーが色々と企むのはいつものことだし、そのおかげで僕らはいつも楽しく遊んでいた。それは僕も望むところではある。
 ただ……僕らの間に見知らぬ誰かを入れるなど、今までに無かったことだ。
 少し関わるのはいい。一緒に遊ぶこともあるだろう。でも、こんな。
 泊まりがけの遊びに誰かを伴うのは、違うのではないか。
 これは僕らの遊びじゃないのか。
 僕は――僕らだけいればいい。他人といると、気苦労が絶えないし、堪えることが増える。
 もちろん、そんなことを顔には出さない。僕は努めて笑顔でいた。
 映画みたいで楽しいイベントだったのは確かだけれど、他人が僕らの会話を盗み聞きしていたというのは……いや、勝手に僕らを知ったというのは、いただけない。
「だからってんじゃないけど、許し……」
 そして、マーがそれを許していたことも。許されると思っていたことも。
 表情から、本心の笑みではないことがわかったのだろう。マーはそれ以上の言い訳を止めた。
「……悪かった」
「うん」
 マーは、僕らの欠点を治せると思っている。いや、直せると思っている。
 自分のことは、直そうとさえ思わないくせに。
「出して」
「あ?」
「盗聴器」
「あ、ああ!」
 マーはポケットからそれを取り出した。長方形の小さなデバイス。
 僕は二人の記者に向き直った。
「さて、そちらの作戦は失敗なわけですよね」
「ええ」
「では、お引き取りを」
 僕はそれを地面に落とし、踏み潰した。
「ちょっと!」
「盗聴って、気分良くないのはわかります?」
「ああもう! 悪かったわよ!」
 僕が笑顔で言うと、野中さんはバリバリと頭を掻いた。
「でも取材は止めないわよ! こっちにも仕事があるんですからね!」
「ご随意に。どうせ僕らも不法侵入ですから。でも、一緒にはいたくないですね」
 僕は踵を返す。マチは何も言わずについてきたが、他は皆、呆けたように僕を見るばかりだった。
「ほら行こう。取材の邪魔しちゃ悪いよ」
「う、うん」
 ミアがメイの手を引いてくる。
「マー」
「あ、あ?」
「どうする、僕らと行く? それとも」
 僕はまっすぐにマーを見た。
「僕らと別れてそっちと行く?」
 その途端、マーの顔色が変わった。泣きそうな顔になり、慌ててこちらへ駆けてくる。
「行く、よ。行かないわけがないだろ」
「そう。てっきりあちらと行くのかと思ったよ」
 僕は忌広さん達に言う。
「あんまり干渉しないでください」
「なによそれ……むう」
「すまなかったね。何か見付けたら教えてくれないか」
 野中さんの口を押さえ、忌広さんが言った。
「ええ、はい。そのくらいは。何か問題があったら、言ってください。協力しましょう」
「ありがとう。助かる」
 忌広さん……物分かりがいい人だ。分別がある。
 それでも野中さんと行動する限り、特に心配はいらないだろう。何故そんな人が低俗な雑誌の記者をしているのかはわからないが。
「では。僕らは地下階の探索でもします」
「私達は研究室を回ろう。夕方くらいに一度、そちらに行っても構わないかな? ええっと、太宰ルームに」
「わかりました。それでは」
 僕はそう締め括った。
 皆が少し慌てる中、マチだけは僕の気持ちに当たりをつけたのか、理由を察している雰囲気だった。
 邂逅を終え、僕らは地下五階へ向かった。
 僕らは適当な部屋に入ると、扉を閉めた。電子ロックなので鍵は掛けられないが、ミアとメイを扉の前に座らせた。
 僕はシートも敷かず、機材の乗ったに机に座った。マチは僕の隣に来る。マーは何も言わずに僕の足元に正座した。
「まったく……マーは」
「ああ……」
「君がさ、僕らの交遊関係を広げたいのはわかるよ。それが何よりの薬だと、そう思ってるのもわかる。でも僕は、そんなこと望んじゃいないんだ」
 僕とマチとミアとメイ。それに、マー。
 僕にはそれだけあればいい。だというのに。
 マーはコミュニケーションスキルが高い。僕ら以外の知り合いも多い。街中に、学校に、マーにはたくさんの友達がいる。一方、僕には四人以外にロクな知り合いもいない。マチも、ミアも。
 メイは近所の子供達とよく遊んでいるけど……。
 それぞれに事情があり、それぞれに問題がある。それを補うように、僕らは一緒にいる。マーもその一員の癖に、僕らのことを更正させようとする。
「それとも、マーは僕らだけじゃ足りない? 友達がいなきゃ、僕らだけじゃ満足できないかな?」
「そんなこと! ……ねえよ」
 マーは思わずといったように顔を上げ、尻すぼみした。
「それとも、僕らが嫌? それならそれでいいんだ。もう会わないほうがいい?」
「そんなっ!」
 こんなこと、本心ではないけど。
「じゃあ、バイバイだね。もう家に来ないで。他に居場所があるならもう」
「やめろよ! そんなこと言うな!」
「だって、マーは僕らよりも」
「やめてくれ!」
 マーは僕の膝に縋り付く。
「そんなこと……言わないでくれよ」
 声を震わせ、僕の膝に顔を押し当てる。
 こうなることが解っていて、僕は卑怯な言い方をした。
「もうしないからっ! 全部ユタカの言う通りにする! だから……だから、見捨てないでくれよ!」
「さて、どうするかな」
「ユタカっ!」
 その泣きそうな顔に、僕はにやけ顔になるのを堪える必要があった。
 マーが僕の言葉に逆らえないのも当然のことだった。それは僕がこの五人の中心人物であるとか、そういうことではない。僕とマー、二人の関係だ。
 だって、マーは僕に惚れている。
 バイセクシャルというやつだろうか。それも、幾分かゲイ寄りの。性同一性障害とは違う、マーは自分が男だと認識した上で、男を愛する。
 女と交わることと、男と交わること。マーにとって、それは明確な違いを持つ。
 マーはよく女をナンパし、抱く。それは、マーにとって義務に近い。女を抱いている間、マーは正常でいられる。同性愛という異常な性癖を持つ自分を忘れられる。だから抱く。
 男にだけ、マーは愛情を感じるという。一方、女にはそれを感じない。愛情が無いからこそ、行きずりの女とは交わえる。しかし、男とはそれができない。
 どうして男を愛するのか、マーにはわからない。ただ、それが異常であることは自覚している。異常な自分が、マーは嫌いだ。
「何でもする……何でもするからっ!」
 社交的で、強気なマー。そんなものはただの飾りだ。男としてのマーは、確かにそんなキャラクターなのだろうけど。
 僕に見捨てられることを、こんなにも怖がる。本質的に、マーはこんなにも弱く……、
 一途な乙女だ。
 僕はそんなマーを、愛おしく思う。マーの求める愛情ではないけど……マーは大切な仲間で、僕の世界の一部だ。
「もういいよ。もうしない、それでいい。マー、泣かないで」
「っ! 泣いてねえよ……」
 許された瞬間、笑顔を見せて。それからはっとしたように、男としてのマーに戻る。
「大丈夫、そんなことで見捨てたりしない。大丈夫」
 僕はしゃがみ、マーの顔をまっっすぐに見た。
 こんなことで、マーを手放しはしない。ただ、理想的な僕の仲間には、僕の望まないことを教えておく必要がある。
 それはバグのようなもので、プログラムの隙間に入り込み、正常な動作を損なうものだ。どんな小さな穴から、整然とした完璧な世界が崩壊するかわからない。
 僕らは皆歪んでいる。僕らは皆欠けている。それは当たり前のことで、ただ僕の歪みは他人よりも大きい。それだけのこと。
 そこに嵌まるパーツを、補うカケラを、ずっと探していた。そんなに長くもない人生の中で見つけた、世界のパーツ。
 マチと、ミアと、メイと、それからマー。掛け替えのない、僕のカケラ。
 誰が欠けても、それは僕じゃない。マチじゃないし、ミアじゃない。メイでなければマーでもない。
 僕の世界は、僕らで出来ている。
 僕らだけでできている。

       

表紙
Tweet

Neetsha