Neetel Inside ニートノベル
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人生ゲーム
『+100%の人生』

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 夏の太陽は甲子園の黒土に照り返り、球場に陽炎を生む。
『お送りしております、第72回夏の大甲子園。試合は最終9回の裏、大詰めを迎えてマウンド上の清水勝利の頬には滝のような汗が流れております』
 超満員のスタンドは二分に割れて、両チームに必死の声援を送り続けている。空気を震わすほどの声量はまるで怒号となって、“マンモス”とも比喩される甲子園が今にも本当に歩き出すようだ。
『ご存知“炭酸王子”こと愛盟学園のエース、清水勝利はここまで打者30人に対し被安打3、四球1と素晴らしいピッチング。場面はツーアウト2塁となって、清北高校の四番、立川翔を迎えています』
 この夏、国民の注目を最も浴びた人間と言えば間違いなくこの男であろう。高い実力にその端正な顔立ちも手伝ってか、“炭酸王子”の愛称で一躍時の人となった。ミーハーなファンだけでなく、野球一筋で生きてきたような野球オヤジ達も皆その右腕に魅了されている。既に流行語大賞確実とまで言われているこの大ブレイクは、しかしこの決勝戦を制することでこそ完成されるのだろう。
『まさしく快刀乱麻のピッチング!! 120球を越えてなお球威は健在。外へのスライダーであっという間に立川をツーナッシングと追い込みました! さあ愛盟学園、優勝まであとアウト一つ!!』
 立川はぐっと顔を歪ませた。もしかしたら、打てないかもしれない。“必ず打つ”の精神で挑むべきこの状況において、立川の表情からはそんな感情が読み取れる。
 泥だらけのグローブには不釣り合いな、真っ白の試合球が清水の元に投げ返される。清水は右手を胸に当てて、ふうっと大きく息を吐いた。

 清水勝利は、考える。

(ほんっと、幸せだなあ~)
 スパイクでマウンドの土をならした。
(金持ちの家に産まれて、子供の頃から天才少年。これまでの人生でモテなかったことなんか無いし、ジャニーズにスカウトもされた。別にアイドルやってもいいけど、野球でも甲子園優勝。マジで今日本で一番輝いてるだろ、俺)
 最後の一球を前にして、これまでの順風満帆すぎる人生が頭の中を巡る。ロージンを手に馴染ませて、足元に投げ捨てた。
『さあ清水勝利、優勝への一投となるのか――!』
 清水の放った、126球目。唸りを上げて打者の胸元を抉るストレートに、立川のバットが空を切った。
「ストライークバッターアウト!! ゲームセット!!」
『やりました愛盟学園!! 清水勝利、甲子園の決勝戦を完封勝利で制しました!!』
 湧き上がる大歓声。マウンドに駆け寄る愛盟学園の選手達。その輪の中で清水は、右手の人差し指を天高く突き立てた。
 敗れた清北高校の応援団も、目に涙を潤ませながら自然と目では清水勝利を追っている。女性の観客などは特に、口では自分の学校の敗戦を悔しがりながらもその目にはしっかりと清水の姿が焼き付いている。恐らくそれは、単に顔の良し悪しがどうこうという話ではなく、一人間としての“魅力”によるものなのだろう。常に人を惹きつける清水勝利の魅力。それはこの瞬間、打ち負かした他校の生徒すら虜にした。

 ――数時間後。
 甲子園優勝の報告、盛大な祝勝会。優勝した場合に予定されていた数々の行事をこなし、夜になってから帰路についた。
 横からトラックが突っ込んできて、清水は死んだ。

 しみず しょうり は めのまえが まっくらに なった!


『ああーっとぉー!! 清水勝利くん、残念ながらここで死亡ー! 大財閥の御曹司として生まれ、容姿、運動能力、社交性などなどあらゆるステータスがずば抜けていたのですが、ん~残念です! 清水勝利くんのプレイヤーは、串球神(くしたましん)様でした! 串玉神様にはここまでのポイントが加算されまーす! お疲れ様でした~!!』
 ふわふわと。なにやら雲のようなものに乗った女が辺り一面を飛び回りながら、ヘッドセットマイクで陽気に何かを実況している。
『おっと。トラックを運転していた男性、山上良一(59)さんも即死している模様。そ・し・てぇ~? んん、ああ~、これは、山上良一さんのプレイヤーは、またまた暗嗚神(くらおしん)様ですね~! もー暗嗚神様、またですかー勘弁してくださ~い! えっと~、この場合は“道連れ”に該当しますので、暗嗚神様には相応のペナルティポイントが与えられちゃいまーす』
「クソォ!!」
 清水勝利のプレイヤー、串玉神は拳で雲を殴りつけた。拳はボフッとすり抜けた。
「あの嫉妬豚が。またやりやがったな……! ここまで手塩にかけて育ててきたってのに」
 ここが、“天界”。
 どこどこまでも続く広大な雲の上には、無数の神様が乗っている。その中央、と言っても端から端までの正確な距離も分からないが、その遥か端からも見えるほどに超巨大な円形のモニターが中央にあり、そこには人間達の様子が常に映し出されている。
 人間と言っても、所詮は神々が操る駒に過ぎず。人間と呼ばれている者達の生涯こそ、いわゆる人生ゲームなのである。
 もちろん、例えばパソコンでweb小説とか読んでる奴も。

     

 全て人間は、神の操る駒である。
 運動も、勉強も、恋愛も。神々の意志によって、その通りに動かされているに過ぎない。もっとも人間にも感情はあり、まるで自分で考えて行動しているかのような錯覚はある。たとえば清水勝利の場合、彼は中学在学時に野球とジャニーズとの二択を迫られ、悩んだ末に野球を選んだが、それはプレイヤーである串玉神が野球を選んだからであって、清水勝利はまるで自分の意志で野球を選んだかのような気になっているだけである。何か嬉しいことがあれば喜ぶし、悲しいことがあれば悲しむ。行動の選択権が全てプレイヤーにあるだけで、感情は人間にも備わっている。
 プレイヤーである神々の目的は、“最高の人間”を造ること。
 人間は、死ぬとそれまで生きた人生の『+ポイント』と『-ポイント』を計算され、プラスのパーセンテージがマイナスのパーセンテージをより上回ることが良い人生だとされている。ちなみに清水勝利は超破格のステータスを誇りそれ相応の人生を生きたが、未成年で死んだために評価が下がった。早死には評価が下がるのだ。もし彼が早死にによる低評価を受けなかったらと仮定すると、その場合+90%はゆうに越えただろう。(専門家談)
 もっとも、誰しも“人生の絶頂”を過ぎると苦労が大きくなるため、天寿を全うした上でこれほどの+ポイントを維持するのは難しいのだが。
 そして、『+100%の人生』。それこそが最高の人間であり、神が目指す目標とされている。とは言え、どんな人間だろうと-ポイントが全く無いということはあり得ないのだが、プラス:マイナスが99:1の割合を超えると+100%と定義される。ちなみに過去に+100%が達成されたことはない。
 人生ゲームと比喩したが、別に遊びでこんなことをしているわけではなく、これが神の仕事なのである。天候を操ったり災害を引き起こしたり、そんなことは本当に自然のあるがままにしているだけであって、神が関与することはない。より良い人間を造り、その人生を共にする。死んだ際に+が-を上回っていればそれが自分の功績となるし、逆に-が+を上回っていればペナルティとなる。
 肝心なことだが、神の体感時間は恐ろしく早い。

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