Neetel Inside ニートノベル
表紙

クレーンゲームドリーマーズ
善明、金髪美人と出会う。

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 クレーンの動きが止まって、俺は目を瞑った。頭に浮かぶのは財布の中身。入っているのは定期券と高校の学生証と、野口英世と時代遅れの夏目漱石がそれぞれ1枚ずつ。小銭は小さめのやつが何枚かくらいだった。
 ここまで投資した600円をドブに捨てないため、羽根を付ければどこかへ飛んでいってしまいそうな財布の軽さを補うため――俺には"技"が必要だった。
「なー、店員さん。600円も入れたのに出ないんだけど!」
 声をかけた店員は、またかという表情でダルそうにこっちに来た。しかし、バイトってこんなテキトーな勤務態度で務まるもんなのかと、毎回勉強になる。
「よっちゃんさあ、いい加減自力で取れるくらい上手くなれよー」
「すまんのー、毎度毎度」
「まあ、いいけど。800円飲ませてくれりゃ、オレが怒られることもないだろし」
「そうだよ、もう十分だろ。どうせこの筐体に入ってるフィギュアなんて安モンなんだから」
「あんまデカい声で言うなよ、それ」
 俺は基本的にゲーセンではクレーンゲームしかやらない。形に残るモノが好きなのだ。とは言え一発で景品が取れることなんて滅多にない。金のある社会人とかなら別なんだろうけど、高校の規定でバイトも出来なくて、月の小遣いもたった6,000円であるところの俺には、狙った物のために数千円も飲ませることは到底考えられなかった。
 だから、俺は友達を使った。さっきの店員は小学校からの腐れ縁だ。バイトの締め上げが全然キツくない高校に通う羨ましい奴だ。ついでに彼女もいるリア充野郎だが、彼女が大して可愛くないので特に嫉妬はしていない。ついでにコイツの言う「よっちゃん」という俺のあだ名も、駄菓子屋でよく見そうで分かりやすくて悪くないと内心思っている。きっと死ぬまで「お前の付けた俺のあだ名、けっこう好きだったよ」と伝える機会はないだろうけど。
 目当てのフィギュアを取りやすい場所に動かしてもらって、俺はさほど苦労せずそれを挟み取り、穴に落とすことが出来た。この落ちてきた時の音が、妙にクセになる。俺は獲物を手に取り、出来を確認した。キャラクターの姿を細かく再現した良い物だと思う。何でこんなに良い物が不人気なんだろう。どこがどう悪いのだろう。俺はマニアにはなれないなあ、と思う。
 友人に向かって手を振りながらクレーンゲームコーナーから出ようとすると、新しく入ってくる人と肩がぶつかった。
「よそ見してんじゃねーよ、ぶっ殺すぞ」
 その声と眼光は鋭く、髪は金色に光っていた。そして俺より少しだけ小柄で、細い体。美しい顔。瞳の奥は、見ていると吸い込まれそうなほど深い。なのにジャージだ。上下同じやつ。
 俺がしていた筐体を素通りして奥へ消えていった金髪美人を見送りながら、これが恋というものなのでしょうか、と心に問い掛けたが、そんなわけねーだろ、と打ち消す。「ぶっ殺す」って言われた相手好きになるとかどんだけマゾなんだよ。「ぶっ生き返す」ならまだ分かるけど。
 でも可愛かった。もっと雰囲気を柔らかくして、可愛さをアピールするファッションにでもすればスゲー好みになるんだけどな。惜しいなぁ。


 家に帰ってくると、カレーの匂いがした。今日は良い日だと思いながら玄関から一直線に配置してしまった階段を上がる。
部屋にはフィギュア専用のガラスケースがある。本日の戦果を追加する。近場のゲーセンに通いだしてから、もう2ヶ月くらい経つだろうか。大分壮観になってきた。
 夕日の射す部屋でニヤニヤとアニメやゲームのキャラクターを形作ったビニールを眺めている姿は、きっと気持ち悪いんだろう。下から、ご飯出来たよ、下りてきなー、と母親のよく通る声が聞こえてきて、呪縛から解けた。
 母親というのはいつも唐突だ。前フリもなく、気配も漂わせることなく、突然痛いところを突いてくる。
「善明、まだ彼女とか出来ないの?」
 それを妹や弟の前で言い放つからたまらねぇ。俺は、自分でもどんな感情を込めているのか分からない曖昧な表情を見せて、ただ頷くしかない。
「アンタは優しい子が好きだけど、お母さんは強気な子が合うような気がするなぁ。引っ張っていってくれるようなネ。そんな子が現れるといいけど」
 なんでお前に俺の好みが分かるんだ、なんて思わない。俺はどうも分かりやすいらしい。小学校の頃からフラれては母親の太ももに泣きついていたのだ。昔の俺には正座させて反省させる。どうやってかなんて知らない。
「いるっちゃいるんだよ」
 言葉は口から突いて出ていた。ぽつりと、極めて小さ目のやつが。
「え?」
「なんも言ってねー」
 最近耳の遠くなった母親には聞こえなかったが、まだ音楽に毒されていない弟の耳はバッチリ俺の小声を捉えていたようで、
「あンねー、ヨシ兄ちゃん、いるっちゃいるって――」
 頭を思い切りぶん殴ったが間に合わなかった。居間に弟の泣き声が響いた。しかし幸い、母親の意識は弟を泣かせた俺への怒りにシフトしたようだった。何だか色々言われているが気にしない。どうせケンには後でフォーゼのカードでもくれてやれば「宇宙キターッ!」とか叫びだすだろうから問題ない。
 驚いたのは、自分自身にだった。

       

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