Neetel Inside ニートノベル
表紙

クレーンゲームドリーマーズ
善明、ムームーキャットと勝負する。

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 俺にクレーンゲームの才能はない。在庫処分用の筐体に店が利益を出せる程度の金を入れて獲らせてもらっているだけの、ただの高校2年生だ。金だってそんなにあるわけじゃない。資金力に任せてレアな景品をゲットするなんて真似が出来るわけもない。少ない小遣いの中から、雑誌代、CD代、服代とか、色々と割り当てなきゃならない。
 クレーンゲームに夢を見ているわけじゃない。ただ、俺は形に残るモノが好きなのだ。そして彼女もそうなんだ、と今は思い込んでいる。
 俺にクレーンゲームの才能はない。
 だけど、彼女は言ってくれた。「あんた上手いね!」と――。
 だから、やれるはずだ。


 作戦会議なんて言ったけど、実際のとこほとんどなにも考えてなかった。というか、考えようもなかった。何度でも言うが俺にクレーンゲームの才能はない。付け加えるなら知識もない。彼女の部屋に入れて幸せでしたっ! それがあの日の全てだった。
 彼女は拍子抜けだったかなと、少し落ち込む。想像よりしょぼい野郎で申し訳ない、と心のなかでこぼす。でもそれが現実だから仕方がない。取り繕うことなんて出来ないし。なにより、背伸びをするとアキレス腱が悲鳴を上げる。そういう持病があるんだ。
 ただ、彼女に俺の思いは伝わったと思える。そんなに頼りにならないかもしれないけど、一緒に闘う。それだけは約束できる。
『…ありがとう』
 彼女の言葉。俺が自然に手を握り、なんとかしようと言ったとき、彼女の艶やかな唇からこぼれ落ちた一言。それでほとんどのことが俺の中でオッケーになった。地獄まで着いて行く。
 ――いや、地獄になんて行かない。


 いつもより少しだけ財布が厚い。その額、破格の8,000円。最大で40回プレイ出来る計算だ。40回もやれば最低一個は獲れるだろうと、なんだかんだで楽観していた。
 なんとかなるよ、なんとかなるって。彼女と話しているフリして自分自身へと言い聞かせるようにしながら、因縁の筐体の前へと辿り着いた。
 筐体自体は何の変哲もないものだと感じた。だがこの場合問題は筐体じゃなく中身だ。景品の数はかなり少なく、いつもの在庫処分台とは大違い。単純に人気プライズが多いから余り入れていないのかもしれない。
 隣にいる彼女の目に殺気はなく、籠っているのはただ愛だった。それはきっと切望と言っても過言じゃないくらいの感情だろう。
 人気プライズだらけでも、狙いはただ一点。名前はムームーキャット。最低一個というか、そもそも一個しかなかった。
 ムームーとは英語でつぶやくという意味。その名のとおり、人形の腹の部分を押すと、耳をすまして聞かないと聞き取れないくらいの小声で鳴く。ツイートとかツイッターといった単語を使うとどっかのガルネクさんみたいにツイッター社から抗議が来て名称変更の憂き目を見るので、苦肉の策で付けられた名前だそうだが、ムームーという語感の良さがかえって大ヒットに繋がったということらしい。デザインは可愛い系。そういや、朝のワイドショーで女子アナがこれ持って騒いでてうるさかったのを覚えている。
 彼女の瞳はいつしかねっとりと潤んでいた。俺は「群青日和」のPVを初めて観たときと同じ様な気持になった。モヤモヤした気持が形となって身体を突き破ってきそうになる。
 あの日を思い出す。そんなに昔のことじゃないのに、すでにセピア色になって見える気がするのはなぜだろう?
『その、ムームーキャット? そんなに欲しいの?』
『欲しい。だって……可愛いから……な』
 頬を赤らめて可愛いなどと言う、そんな彼女の方が可愛すぎてどうしようと思った。その日の夜はさすがに我慢出来ず色々と妄想したのは恥ずかしい思い出。だけど、それは仕方ないよと自分を慰めてやりたい。10年後のお前が見ても、きっと仕方ないよと言うだろう。
 ムームーキャット。アンタに恨みはない。いやむしろ感謝してる。アンタがいなきゃ、俺は彼女に一生近づけなかっただろう。ライブハウスの最前列でモッシュしてそうな彼女なのだ。お前がいなけりゃ彼女をゲーセンで見る機会もなかっただろうし、怖さの奥に隠された可愛さにも気付けなかったと思う。
 だが、今だけは、俺の踏み台になれっ、ムームーキャットッ!


 戦況は「最悪」という言葉以外に表現できるもんじゃなかった。
 8,000円からスタートで、残金は3,000円。5,000円を投じたが、まるで光明は見出せなかった。正直、ここまでとは思わなかった。可愛い顔してとんでもない悪魔だよ! ムームーキャット!
「やっぱ、獲れないのかなぁ……」
 いつの間にやら彼女の目が細くなっていた。希望が加速度的に萎んでいるのが手に取るように分かった。どうしよう、どうすればいいんだろう。
「いや、諦めちゃダメだ。まだ金がなくなったわけじゃ……」
 彼女の指し示す方向を、俺は追った。
『この人形はディスプレイです。落とせないよ~☆』
 見た瞬間血管ブチ切れそうになった。

       

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