Neetel Inside ニートノベル
表紙

クレーンゲームドリーマーズ
善明、一応夢を掴む。

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「――ディスプレイを狙われるとねぇ、店としては困るんですよ。サンプルのようなものですから」
 強面の大柄な店員で、妙に威圧感がある。俺は内心怯えていたが、彼女の手前、それを表に出さないよう努めていた。
 それにしても、大失敗だ。アイツがいる日を狙って来ればよかった! 俺のミスだ。
「スイマセン、知らなかったんで。それに、アームの可動範囲内だから、狙ってもいいのかと思って……」
 そう言うと、店員は少しバツの悪そうな顔をした。
「…確かに筐体の設計上、狙うこと自体は可能です。ですが、そこは店とお客様の間の約束事として、狙わないで頂きたいということで、こうして注意書きも貼っているのです」
「『この人形はディスプレイです。落とせないよ~☆』ってか?」
 彼女が静かな口調で可愛げに言ったので、俺は少しおかしくなりかけた。
「これじゃあ、逆に狙いたくなっちゃうヤツも出るんじゃないの? 私やこの人みたいに」
「もう少し正確に伝わるよう改善させて頂きます」
「それはいいけどさ。狙った事自体がルール違反だっていうなら、謝る。だけど、だけど……」
 彼女の気持が痛いほどに伝わってくる。胸に沁みて涙が出そうになる。
「…ムームーキャットが好きで、本当に欲しくて、3万もつぎ込んだんだ。それでも獲れなかった。そして、この人にお願いして、この人だって大金使ってるんだよ。ルール違反なのは分かったよ。悪かったよ、もうしない。だけど、これだけは狙わせてよ!」
 瞳が涙で潤んでいる。抑え込んでいた感情が溢れてきているんだ。彼女は基本的には落ち着いているように見えるけれど、俺とそう変わらない年なんだから。そんな子が3万も使ったんだ。一つの大好きな人形を手に入れるためだけに。それがルールだからダメです、なんてことになったら、あまりにも救いがないじゃねぇか! 酷い店だ、本当に。
「ですが、ルールで……」
「いいだろ、獲らせてあげれば」
 俺は身体を横に曲げて、大柄な店員の背後を覗いた。背中の曲がった年寄りだった。
「店長……しかし」
「そこの金髪の子がたくさん遊んでくれてるのは知ってるから。それだけやってくれりゃ、もうとっくに元は取れてる」
「ですが、ここで前例を作ってしまうと、以後も同じ様な輩が現れるのではないかと……」
「それはそれ、これはこれだろう。あんま細けぇこと考えてるとハゲっぞ」
 大柄の店員は、不服そうな顔で俺達から離れていった。店長はこちらを見て微笑みながら言った。
「がんばって獲ってくれ。もし獲れなさそうなら言いな。アシストするよう伝えとくよ」
 なんだこの、店長? スゲー良い人じゃないか。この店に対して抱いていたマイナスのイメージが大分薄らいだ気がした。
 これで障壁は何も無くなった。彼女とアイ・コンタクトする。もういくだけだ。
 獲るだけだ。
 同時に頷く。それが合図だと思った。そして、最後だとも思った。
 何十回も動かしてきて、この筐体のコツはかなり掴めていた。この距離まで動かすにはどのくらい押していればいいか、考えなくても身体が応えてくれた。
 右方向、オーケー。指を放す。手は汗でしっとりしているが、不思議と焦りは感じない。気の早い俺の脳味噌は、既に獲った先のことを考えていた。今思い描いているこの夢がどこまで叶うのか。クレーンの軌道は読めても、そのことは本当に分からなかった。
 上方向。3,2,1。
 人間の干渉できる領域からかけ離れたところで、クレーンが動き出す。アームが開き下がっていく。ムームーキャットに影がかかる。アームはムームーキャットを優しく握る。幼子のような握力でも、ここまで完璧に掴んでいれば落ちることはないだろう。
 夢が運ばれてゆく。
「なあ! 訊きたいんだけど――」
 俺はどさくさに紛れて、今更訊きそびれたことを訊こうとする。それが聞こえたのか聞こえていないのかは、返事がなかったので不明だ。
 そのまま、夢がスローモーションのように落ちてゆく。
 ごとん、と音がした。


 ここはゲームセンターのクレーンゲームコーナーで、色々な筐体のごった煮で、それぞれが自分勝手に音を鳴らして、実に騒がしい空間のはずなんだ。それなのに、今、俺の耳には何も聞こえてこない。
 いや、何も、はウソ。彼女が雄叫びを上げている。そして、正面から抱きついてくる。ああ、胸がないなと頭は思う。
 彼女は欠点だらけの人間だ。胸はないし口は悪いし手も早いし時に法も犯す。もちろん俺も人のことは言えない。それは重々承知だけど、そう思うんだから仕方ない。だけど彼女のことが好きだ。本当に好きになれば、好きな部分も嫌いな部分も全部引っくるめて"好き"なのだ。
「早希!」
 キン、と声が鼓膜に響いた。鋭く突き刺さるような彼女の声は、発する感情次第でとても高く、そして何故か幼くも聞こえることを知った。そして、さっきの声が聞こえていたことが、今になって少し恥ずかしくなった。あのタイミングで訊くのはちょっと、ないなと。
 ともあれ、サキというんだ、名前。
 本当に今更なんだけれども、俺は彼女の名前を知らないし、彼女も俺の名前を知らない。あんな酷い出会い方で名前を訊くなんて、俺にはとても出来なかった。
「乾早希! 貞正朝霞中学2年生!」
「…うん?」
 イヌイサキ。テイショウアサカチュウガク、ニネンセイ? ごめん何を言ってるのか分からない。俺は、とりあえず、俺も、名前を言おう……
「…俺は、鈴木善明、貞正朝霞高校2年生……つーか……」
 早希はムームーキャットを抱いて半べそで俺の反応を見ている。怒りとどうしようもない情けなさで、身体が震える。
「…中2の女子が堂々とタバコ吸ってんじゃねーッ!!」
 それから俺は畳み掛けるように、3歳下の女の子に思いつく限り質問をぶつけた。
「てかなんで中2で独り暮らししてんだよ!」
「独りじゃないよ! あの時は仕事行ってたけど、兄ちゃんと一緒に住んでる」
「その金髪は学校で許されるんですか!?」
「善明の時代は許されなかったんだぁ」
「3万もつぎ込めるほどの小遣いはどこからくるの!」
「兄ちゃんが毎月1万円くれるから」
「なんで外ではいつも上下同じジャージなの!? なんかこう、可愛いのとか、ないの?」
「…あるけど……着るのが恥ずかしいんだ」
「着るのが恥ずかしい? 着ろよ、着ればいいじゃん! 絶対似合うし! 絶対可愛いから!」
 困ったことに、同い年か少し上くらいに思ってた女子が3つも年下だったのに、"好き"という気持が消えそうもないんだよ。難儀なことに、やっぱ、それも引っくるめて"好き"なんだ。ロリコンなのか? いや、そうじゃない、と思う。
 困ったことに……
「善明、もしかして私のこと好き?」
「おう好きですよ。今思えば出会った頃から好きでしたよ」
「そうかー。でも、私は善明のこと、フツーかな」
「……」
「…でも、クレーンやってる時の善明は好きだ。だからまた来よう! もっとムームーキャット欲しいし!」
 俺は内心嬉しくて仕方がない。こんなんでも、付き合いが続くことに。そして甘々な展開にならなかったことに。完璧じゃないけれど、夢の一部分は叶っているのだ。厳しくないと面白くない。状況が厳しいほど楽しい。恋愛もゲームだ、という言葉が浮かんで消える。
 もっと一緒に遊びたい。
「いいよ、獲ろう。10匹でも100匹でも獲ったるよ! そしてサキの部屋をムームーで埋め尽くしてやるからな!!」
 流行は儚いものだし、いずれはサキもムームーキャットに飽きるだろう。その瞬間に俺と遊ぶのにも飽きるのか、それとも――
「…とりあえず、集中しすぎて疲れたから、あそこの筐体でお菓子でも獲ろうぜ」
 クレーンゲームには夢もお菓子も詰まっている。サキはすっかり年相応の反応になって、俺の後ろをくっついて来た。

       

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