第五構造体の内部は戦場そのものだった。
瓦礫が高く積み上がり、硝煙の匂いが立ち込めている。
ジークフリートは貸し倉庫に置き、ブラウとサクラの二人は今晩の宿を探している。
バックパックがあるので無理に宿をとる必要もないのだが。
「こんな状態で宿なんてあるかね」
「そろそろまともな宿に泊まりたいです。
湯船にも浸かりたいですし」
サクラは少しつかれた顔をしている。
「あぁ、ゆっくり風呂に入りたいものだな」
どこからともなく子供の泣き声がしてくる。
別の場所からは女の喘ぎ声。
そして銃声。
「賑やかな場所ですね」
ため息を付くサクラ。
「全くだ」
つられてブラウも溜め息をつく。
「一応銃出しておけよ」
「わかってます」
二人はMP7を取り出し薬室に弾を送り込む。
近づいてくる銃声。
「物陰に隠れるぞ」
「はい」
サクラはウエストポーチから髪留め、所謂カチューシャを取り出し、
装着する。髪が目にかかり邪魔にならないようにするためだ。
「よし、今街の監視カメラハッキングした。
お前にも映像を同期しとく」
「わかりました」
ボリスに殺された時、ブラウはコンソールを用いてハッキングしていたが、
今時、誰もが常時ネットに接続出来るのでコンソールなど必要ないのだ。
しかも簡単な物ならば量子世界に潜る必要もなくハッキング出来る。
すると、二人の視界の右下に監視カメラの映像が流れこんできた。
高そうな服に身を包んだ男が殺され、銃を持った男が死んだ男と自分の首とにケーブルを繋いでいた。
「金を奪ってますね」
そう、銃を持った男は死んだ男の脳から電子通貨を強奪しているのだ。
「スクリプトキディが調子乗りやがって」
ブラウは完全に呆れている。
「俺ちょっと潜ってくるから、見張り任せた」
「ちょっと、任せたって勝手なこと言わないでください!」
時既に遅く、ブラウは既に量子世界に潜っていた。
「はぁ……ブラウといると本当に疲れます。
そこそこ楽しいですけど」
監視カメラの映像と、自分の目とで敵が来ていないか確認しているサクラ。
近くに敵はまだ見受けられない。
そのころブラウは青い格子が無限に広がる世界にいた。
「さて、奴らには本物のハッカーがどんなものか見せてやろうじゃないの」
ブラウは近くに何かいいものはないかと走査プログラムを起動した。
「いいもの見つけた」
獲物を見つけた彼はニヤリと笑い行動を開始した。
「機士の駆動音!」
大きな足音に驚くサクラ。
監視カメラの映像にはこの前破壊した機体と同型の機体M6がいた。
ブラウに緊急通話を繋ぐも通じない。
只静かに機士の動きを監視しているしかなかった。
……そして銃声が響き渡った。
さっきまでの銃声とは桁違いの大きさの銃声だ。
サクラは映像に目を追いやる。
するとM6が味方であるはずのゲリラに発砲していた。
「もしかして……」
嫌な予感が頭をよぎる。
辺り一帯のゲリラを一掃した後、機体は自爆をした。
獲物を見つけたブラウは非常にいやらしい笑みを浮かべていた。
よし、侵入開始。
そう、獲物は機士M6。
「じゃ、行きますか」
大量の文字列がブラウの目に映し出される。
これからブラウは無理やり、彼の固有空間からM6の電脳へのリンクを作ろうとしているのだ。
リンクに気づかれ、逆探知されたらブラウは恐らく死ぬだろう。
しかしそんなことも気にせず彼は作業を続けていた。
量子世界での戦闘には様々な専門的知識が必要で、ゲリラごときが習得出来るものではないからだ。
「よし、ジャンプ」
リンクを辿り、M6の電脳へとたどり着く。
そして一挙に操作系を掌握し、機体はブラウの操り人形になってしまった。
そこからは全てサクラが見ていたことだった。
ゲリラを一掃し自爆。
なかなかえげつない。
そしてブラウは自らの固有空間に帰り、目を閉じた。
「貴方本当に馬鹿ですね。
呆れて何も言えませんよ」
「最高の褒め言葉だ」
サクラは今日一番の溜息をついた。
「それにしても、ここは想像以上に酷いですね。
千葉市なんて目じゃない」
「全くだ、でもあそこはなんやかんや治安はいいほうだぜ」
「確か政情の悪化で失業者が増えて、
積もりに積もった不満が爆発してこの状況になったんですよね。
元は裕福層の構造体だったのに、今となってはこの有様ですか」
彼女の水色の瞳が早く家に帰りたいと言っている気がした。
「職を失った連中はそりゃ金持ちを恨むわな。
だからさっきの奴らみたいな人間は、
金持ちを襲うよな。
それに金持ちの女なんて奴らからしたらいい餌だろ」
語るブラウの表情は淡々としている。
「まぁここだけの話でもありませんね」
「だな。
弱い奴は死ぬしかない」
「ディエス・イレ……。
二十年前の大災厄。
人類もすっかり落ちぶれましたね」
人工の空を見上げてサクラは言う。
「禁断の果実に二度触れることは赦されないってことだろ。
これはその罰。
救いは……ない……」
その後どうにかマトモなホテルを見つけ二人はゆっくりと旅の疲れを癒した。