Neetel Inside 文芸新都
表紙

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 「よし!今日は決戦の日!
ボリス・ランバートをブッ殺して大金をぶんどろう!」
意味もなく高いテンションで騒ぎ立てるブラウ。
「おー」
まだ眠そうにしているサクラ。
 ここはホテルの寝室。
壁紙は黄ばみ所々剥がれ、布団も薄ら汚れている。
ブラウは白いTシャツにジーンズ、
サクラは黒のノースリーブにハーフパンツという二人共適当な服装だ。
 二人は朝食を食べに行くために八階の食堂へと向かった。
閑散としていて、人はあまりいなかった。
「あー久々に物を食べてるって気がします」
パンにジャムをのせ食べるサクラ。
着いた時間が遅かったため昨晩は二人共夕食を摂っていなかった。
彼女はとても嬉しそうな顔をしている。
こうして見ると歳相応な少女といった感じだ。
「俺はいつもあのゼリーしか食ってないからなぁ、
胃がきちんと食い物を消化してくれるか不安だわ」
パンを咥えながら、ブラウはそう言った。
こんな時に腹を壊したら最悪だ、とも。
「どんだけ貧乏な生活してるんですか……」
水色の瞳が憐れみを込めて彼を見つめる。
「趣味のために食費を切り詰めてるのよ」
噛っていたパンを飲み込み、インスタントコーヒーを啜りながらブラウは言った。
「本当に極端な人ですね」
「何事もメリハリ付けないとな」
そして二人は食事を終え、ホテルを後にした。

 ここはジークフリートを置いた貸し倉庫の中。
二人は戦闘服に着替えていた。
ブラウは何故かドイツ連邦軍のそれを着ていた。
ショルダーループには、囲いの中に不等号のような記号が一つ入っている階級章と、
黄緑色の兵科識別リボンが通されていた。
階級章はFeldwebel米軍で言うところの軍曹、黄緑色のリボンは電脳工兵を意味している。
そしてサクラはノースリーブシャツの上に防弾ベストを着こみ、カチューシャを付け
下はハーフパンツという服装だ。
カチューシャは目立たないよう、彼女の髪と同じような色だ。
ベストの上にH字型サスペンダーを装着し、そこに大型のナイフやマグポーチなどを付けてていった。
 「どうでもいいことだけどよ、なんで日本生まれはその髪留めをカチューシャって言うんだ? 故郷で戦場に行った恋人の帰りを待つ女の名前だろ、Катюшаつったら。
もしくは自走式の多弾装ロケットランチャーか」
彼は先に言ったとおり、心底どうでもよさそうにサクラと目も合わせず呟く。
「はぁ?
そんなの私が知るわけないじゃないですか。
戦闘前だってのによくそんな寝ぼけたようなこと言えますね」
眉間にシワを寄せてそう言い放つ彼女は少し苛ついている様に見えた。
「まぁどうでもいいか。
よし、最重要目標はボリス・ランバート。
邪魔するものは片っ端から畳め」
そんな彼女に目もくれず勝手に話をすすめるブラウ。
「……はい」
そして呆れて何も言い返せないサクラ。

 今回、ジークフリートでの出撃は行われない。
何故なら帰りの分の物資が積まれており、何より破壊されたら無事帰れる保証がなくなるからだ。もっともブラウが敵の機士に取り憑いてしまうのでわざわざ出す必要もないわけだが。
 そして今回、サクラが前衛を、そしてブラウが量子世界からのバックアップを行う。
量子世界での行動や、兵器の扱いはブラウが上なのだが、生身での戦いは彼はからっきしで、サクラがとても優れているのだ。
 「きちんとサポートしてくださいよ」
「わかってるよ。
安心しろ、死んだら脳から記憶引き出して生き返らせてやる」
「貴方っていう人はどうしてそう投げやりなんですか。
まあそのどうしようもない性格にも、一緒に仕事するうちに慣れましたけど」
このやりとりは二人が一緒に仕事をする時は毎回行われているものだった。
初めてブラウと仕事をしたサクラは、ブラウのいい加減さ具合に怒りを覚えたという。
そしてサクラは戦線へと歩みだした。
今は昼時、人工の空は青く晴れ渡っていた。

 ブラウは前線に行く必要がないため、ジークフリートのコクピットの
中から量子世界へと潜った。
一方サクラはライフルを担ぎ前線へと駈け出した。
 かつては高層ビル立ち並ぶ綺麗な都市だったのだろうが、今となっては瓦礫の山。
彼女の視界の端にブラウのフェイスウィンドウが現れる。
<こちらブラウ、ボリスはまだ見つからない。
あと、ヤツを見つけたら、生かしたまま俺の元の連れてきて欲しい>
「無茶言わないでください。
殺すのは楽ですけど、生かして連れてくるとなると一気に難易度が上がります」
<安心しろ、最大限のサポートをする>
「仕様がないですね、わかりました」
そういう彼女の顔は何故か綻んでいた。
<機士が近くにいる、注意しろ>
素早く物陰に隠れるサクラ。
機士の足音が近づいていた。
ゴスペル側の機体だろう。
前回の戦闘でゲリラ側の敵味方識別コードは入手していたので、
彼らから攻撃されることは、誤射でもない限り有り得ない。
<ダミー映像を敵機士に発信。
今のうちに逃げろ>
「了解」
サクラはその場から逃げた。振り返ってみるとゲリラ側の機士からゴスペルの機士は攻撃を受けていた。ダミーの映像に誘導されたのだろう。
手柄欲しさにレーダーも見ず、突っ込んだ三流パイロットだったのだろう。
<前300mに敵兵三人。
そのまま突っ込んで蹴散らせ>
常人では有り得ない脚力で走り敵兵に近づくサクラ。
一番近くにいた兵士にはストックで思い切り頭を打ち付け、残りの二人には銃弾を見舞った。その後殴られ倒れている兵士の頭にも銃を撃った。
<装弾数が少ない。
リロードしておけ>
慣れた手つきで、二秒と経たずリロードするサクラ。
ブラウのオペレーションに身を任せ、彼女は敵を倒していく。
<ライフルの弾がそろそろなくなる。
銃を捨てて近接戦闘の準備だ>
ここからが彼女の本領。
ナイフを右手に、順手で構えるサクラ。
<右50m先に身を隠すのに丁度いい建物がある。
そこで体勢を整えろ>
走るサクラ。
その速さはバイクにも引けを取らない。
建物の中に駆け込み、息を整える。
「まだ見つからないんですか?」
彼女は必要のないマグポーチを外していく。
<もう少し待って……
ゴスペル兵士五人が入り口で張ってる、注意しろ>
「先手必勝です」
建物から一気に駈け出し兵士の喉元にナイフを突き立てる。

 ナイフの刺さった兵士を蹴って刃から離し、サクラは次の獲物へと向かう。
驚きのあまりゴスペルの兵士は目を丸くしている。
が、直ぐに我を取り戻した兵士は彼女に一斉射撃を仕掛ける。
四人分の銃弾を全て躱し、再装填をしていた兵士にナイフを投げる。
見事、眉間に命中してその兵士は倒れた。
次は手榴弾を投げようとしていた兵士の頭を掴む。
すると、手の平の半分から下の部分が下にスライドし、そこから勢い良く杭が放たれた。
杭は頭を貫く。
そして、その杭はサクラの腕の中へと戻っていく。
 まだ兵士を掴んでいたサクラは死体の服の中に手榴弾を入れ、逃げる兵士へ投擲した。
運悪く、逃げていた兵士は死体の下敷きになり手榴弾の爆発に巻き込まれた。
最後の一人は依然として逃げていた。
しかし、逃げきる事はできない。
「うわああ!」
上からサクラが降ってきたのだ。
彼女は先程、兵士を投げたときに大きく跳躍していたのだ。
兵士に回し蹴りを見舞うサクラ。
踵からは刃がせり出してきていた。
「ふぅ、頑張りすぎましたね」
<ゼアグート。
ボリスを発見した。
西に200m行ったところにいる。
恐らく機士に乗っている>
「わかりました。
でもどうやってコックピットから引きずり下ろすんですか?」
<任せておけ>
そう言うなり彼女のとなりに一機の機士が降り立った。
ブラウが乗っ取ったのだろう。
<この機体を使って引きずり下ろす。
出てきた奴を背負って持ってきてくれ>
「わかりました」
そういって一人と一機はボリスの元へと向かう。
ボリスは単騎でそこにいた。
周囲には大量の残骸が転がっていた。
「エースってとこですか。
機体の肩に趣味の悪いキスマークがついてます」
<恐らくパーソナルマークだろう。
それにしてもあの機体見たことがないな>
「ゴスペル社製ではなさそうですね。
あそこの機体らしくない」
物陰に隠れ敵をよく観察する一人と一機。
<もしかしてX0か>
「X0?第一構造体軍次期主力機候補の?」
<アイツに頼まれて奪ってきたデータがX0の設計図なんだ>
ゴスペル兵士はどれも平面で構成された機体に乗っているのに対し、ボリスの機体は
曲面で構成されている。
機体は黒く塗装され、赤く光るゴーグルタイプアイが不気味だ。
「いずれにせよ、叩くのでしょ」
<まあな。
とりあえず小手調べと行くか。
お前はそこに隠れてろ。
しばらくオペレーションできないから周囲には充分警戒していてくれ>
「わかりました」
飛び出すブラウの機体。
これもまたM6だ。
 軍事大国アメリカがかつて採用していたため、そこそこの性能がありしかも大量に生産されていたのでこういった戦場でよく見かける。
操作方法が単純化されており、一人でも運用できるというのも大きな理由だろう。
二週間も練習すれば生き残れるかは置いておいて、前線で戦えるだろう。
 ブースターを用いて高く飛び上がり降下しつつライフルでX0に攻撃を仕掛ける。
感づいたX0が素早く後退してしまったので全て外してしまった。
バチン、とマガジンがライフルから排出される。
腰から予備マガジンを取り出し、それを装填した。
その隙を見てX0はブースターを用い前進してきた。
手には対機士用の剣が握られている。
剣が真一文字に振るわれる。
 すんでの所でジャンプし躱すM6。
ブースターを使い上手く背後を盗ったM6は、ライフルを構え弾倉が空になるまで射撃した。
再びマガジンが排出される。
ほぼ全て弾かれ、X0にはかすり傷程度しかダメージを与えられていなかった。
このライフルでは有効打に成り得ないと判断したブラウはそれを投げ捨て、
機体固定のナイフを装備した。
 再び突進してくるX0。
そして剣の重みを乗せた縦切りを繰り出してきた。
その一撃をちっぽけなナイフで受けるM6。
機体のパワー、剣の重量が段違いなので、そのまま押し切られそうだ。
「かかったな!」
M6のスピーカーからブラウの声が。
後方にいた狙撃型の機士の重い一撃がM6共々X0を貫いた。
恐らくあの機体もブラウがハックしていたのだろう。
命中時に高圧電流を流す特殊弾のせいで、電装系がイカレたのかコクピットハッチが開き、ボリスは強制的に排出される。
 サクラはすかさず近寄りボリスの身柄を拘束した。
「なんだ貴様!」
「ある人物の使いです」
腰に付けておいた予備のナイフを抜きボリスの足の腱を切るサクラ。
「ぐっ、何をする」
「逃げられては面倒なので」
赤い血が飛び出す。
その後ナイフのグリップで思い切りボリスの首を打ち付け気絶させた。
 彼を拘束した後は、ブラウが敵に見つからないルートを転送してきたので、
サクラは敵と遭遇することなく、貸し倉庫へと帰ることができた。

       

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