Neetel Inside 文芸新都
表紙

共感覚と量子の網
罠と罰

見開き   最大化      

 瞳を閉じると、そこには青い格子が無限に広がっていた。
そこには一人の青年が立っていた。
背は高く金髪で碧眼のヨーロッパ系の顔立ちの青年だ。
量子世界、とそこは呼ばれている。
高度に発達したネットワーク技術によって構成された、
彼らのもう一つの故郷。
 その青年はある場所にハッキングを仕掛けようとしていた。
「ICEピック、起動」
先ほど、依頼されたことを頭の中で確認しつつ呟いた。
ICEとは、いわば量子世界での境界線。
敵を入れないための防壁。
そしてICEピックとは防壁に孔を開けるためのソフトウェア。
 「これまた安っぽい防壁だ」
空に表示された、ICEの構成図を見て、
また同じく空に表示されたキーボードを叩き、穴を開けようと試みる。
余談だが彼のキーボードはなぜかQWERTZ配列だ。
せわしなく彼は瞳を動かす。
昔の人間が見たら不審者だと思うだろう。
「よし、開いた」
そして彼の瞳に様々な文字が表示される。
その中から彼は一つのソフトウェアを起動させた。
「接続」
彼は呟いた。
 瞳には接続を意味する文字が投影されていた。
プログラムが正常に実行されると、彼は別の世界にいた。
そこは書庫の風景を与えられた空間だった。
本来、量子世界には何らかの形で視覚的データを与えられるのである。
そして、ここはとある企業のデータバンク。
故に書庫の形を与えられたのだ。
「走査プログラム起動」
次は実行の文字が表示された。
このプログラムによって、この書庫の空間内に誰もいないかなどを調べているのだ。
「監視は無しっと」
 そうつぶやくと彼は目的のデータを探しだした。
彼にとってこの程度の仕事は日常的なものであり、
寝ていても出来る作業だった。
「見つけた。これだな」
そのデータは当然ながら本の形をしていた。
本といってもあまり分厚いものではない。
表紙には、"次世代型機士X-0”と書かれていた。
機士とは現実世界、量子世界双方に使用される人型の兵器だ。
「設計図か何かか。
複製開始」
彼がつぶやくと、本は青い文字の塊になった。
その文字の塊は5m程ある天井から床につくほどだった。
視界の右端に進行度を表すバーが出ている。
そのバーは今70%を示していた。
文字の塊としてみてみると膨大な量に思えたが、
データとしては大した大きさでは無いようで、あっけなく複製が終了してしまった。
「お仕事終わりだな。
切断」
 そう命令すると、彼は青い格子の世界に戻っていた。
この格子の世界には何故形がないかというと、彼が何も無いのを望んでいたからだった。
ここは彼の私有量子世界。
全てがこの青い格子の世界では彼の意のままなのだ。
そして彼は瞳を閉じた。
 
 再び瞳を開く彼。
薄汚い自室が彼の視界に飛び込んできた。
コンソールに横になっていた彼は起き上がり、
冷蔵庫に飲み物を取りに向かった。
床には鉛でコーティングされた違法なソフトウェアのパッケージや、
機械のパーツ、銃などが転がっていた。
 物を踏まないよう慎重に冷蔵庫にたどり着き、
彼は水を取り出した。
ペットボトルの蓋を開け、中身を勢い良く飲み干す。
はぁ、と一息つくと彼は視界の端にツールバーを呼び出し、
通話プログラムを起動した。
 「私です、ブラウです。
無事データを入手しました。
今すぐお渡しできますがどうしますか?」
彼は先ほどの仕事を依頼した相手に通話をしているのだ。
「わかった。
今直ぐそちらに行く」
そこで通話は終わりブラウは小さな記憶装置を、
首にある共通規格であるジャックに接続した。
先ほどのデータを記憶装置に転送し、それを首から外した。
 
 家のチャイムが鳴り響き、彼を呼び出した。
そして彼は玄関まで行き、扉を開いた。
 そこにはえらくガタイのいい男性が立っていた。
とても精悍な顔立ちで、黒いサングラスをかけている。
「流石千葉市で一番の腕利き。
まさか、頼んだ日に仕事を終えてくれるとは思わなかったよ」
と、依頼主は言った。
「これぐらいやらないと他の同業者と差をつけられませんから」
ブラウは笑顔でそう答えた。
「とてもいい心がけだ。
これで私も安心できる」
依頼主もまた微笑んだ。
 大きな破裂音がしたかと思うと、ブラウは胸に大きな痛みを覚えていた。
依頼主に銃で撃たれていたのだ。
「お前何を!」
撃たれた場所を押さえ、彼は叫んだ。
周りには透明な人工血液が飛び散っていた。
「君には悪いが、私がしたことがバレてはマズイんでね。
騙して悪いが、君には死んでもらうよ」
そして依頼主は銃をブラウの頭目掛け何発も撃ち込んだ。
そして依頼主は彼の家の扉を閉め、立ち去った。

     

「しかし、あそこで殺されるとは予想外だった」
棺桶のような人体保存用ポッドから出てきた青年は呟いた。
ポッドからは白い冷気が漏れ出している。
その青年は黒髪であまり背は高くなく、東洋人風の出で立ちだった。
 勿論彼はブラウである。
何故彼が生きているかは、後々わかるだろう。
……今いる場所は地下に作った隠し部屋。
彼はちょっとした階段を登り、床を持ち上げ、廊下に出た。
そこには先程、依頼主に破壊された義体が転がっていた。
人工血液やパーツが無残に飛び散っている。
「あーあ、この義体かなり金詰んだんだけどな」
 呟くなり散らばった義体を放置して、
ブラウは服を着るべく、クローゼットのある部屋へ歩いていった。
衣服をしまってあるこの部屋には大量の衣類が散らばっている。
 適当にTシャツとジーンズを取り出すブラウ。
だがそのサイズはとても華奢な体格の彼に合うようなものには思えなかった。
そんなことも気にせず服を着る彼。
すると、服は急に小さくなり、今の体に合ったサイズに縮んだのだ。
「いい時代だよ、まったく」
どことなく呆れた感じで彼は呟いた。
その後服置き場を離れ、玄関へと向かう。
無残に破壊された義体を跨ぎ、靴を履き、外に出る。
 靴は飛び散った体液で少し濡れていた。
ブラウは千葉市の街並みを眺めつつ、商売仲間のいる事務所へと行った。
 街並みは酷いものだった。
怪しげなネオンが輝き、女が風俗へと男を誘い、路地裏ではクスリの取引が行われている。
歩くこと約十五分、同業者の元へとたどり着いた。
 ガラス戸を押し開ける。
そこは寂れた雑居ビルのような建物の一角。
その商売仲間であるサクラ以外は誰も部屋を借りていなかった。
サクラの事務所は事務机と書類の束が積み上げられているだけの簡素な場所だった。

 「サクラ、いるか?」
大きめの声で呼びかけるブラウ。
 少しして、階段から見た目18、9歳位の少女が降りてきた。
背は大体160位、暗めの茶髪を肩まで伸ばしていた。
何よりも水色の瞳が特徴的な少女だ。
「誰ですか貴方?
……ああ、ブラウか。義体変えたんですか?」
前で腕を組んで、不思議そうな視線を投げかけてくるサクラ。
「それがさっき依頼主に嵌められてな。
ぶっ壊されちまった。俺じゃなかったら死んでたぜ」
やれやれだ、と肩をすくめるブラウ。
「ざまあ見やがれ、です。
そのまま死んでくれれば私への依頼が増えたのに。
で、私に何の用ですか」
机の上に置いてあったメガネをとり、かけるサクラ。
「こいつ誰だか調べてもらえるか?」
 死の間際に目に搭載されたカメラで撮った依頼主の画像を彼女に転送するブラウ。
データを受け取った途端、せわしなく瞳を動かしているサクラ。
「旧アメリカ系軍需企業ゴスペルの幹部ボリス・ランバートですね」
「ゴスペル?あまりいい噂は聞かない企業だ」
ちょっと驚いた表情をするブラウ。
「かなり危ない連中って噂です」
メガネを押し上げるサクラ。
「で、ここからが本題なんだけど、
そのボリスって奴、腹立つから殺すの手伝ってくれ。
ついでに未払いの報酬もぶんどる。
お前への報酬はそうだな、その依頼の報酬の半分でいいだろ。
かなり金額が良かったんだ」
「……そうですね、わかりました、
引き受けます」
引き受けるとはいったものの少し悩ましげな表情だ。
 「ただ、二人だけでは物足りない気もしますし、
後一人二人、戦力が欲しいですね」
「そうだなー。
とりあえず、奴がどこにいるか探って、その後に考えよう」
「わかりました。
では私が情報屋を当たるので、貴方はそこそこ使えそうな戦力を適当に雇ってきてください」
「おう」
そういって彼は何も無い事務所を後にした。

     

 「で、結局助っ人を見つけられなかったと」
腰に手を当てブラウを睨むサクラ。
「どいつもこいつも、ゴスペルの名前出したら震え上がっちまった」
やれやれだ、という風に肩をすくめるブラウ。
「だからって二人だけで攻めるんですか?」
声色から察するに少しサクラは怒り気味のようだ。
「でもよ、どいつもこいつも怖がっちまうような連中に、
三、四人いれば大丈夫だと思っちゃうお前もお前だよな」
呆れたようにサクラを見て、ブラウははぁ、と溜息を漏らした。
「溜息を就きたいのはこっちです」
事務机しかない殺風景なサクラの事務所に彼女の声が響く。
「まあ言い争ってても仕方ないし、俺のガレージに来いよ。
バカどもに喧嘩売れるぐらいのモンは揃ってるぜ」
「わかりました。そのご自慢の備品を見てから作戦を考えましょう」
もっとも二人共作戦らしい作戦なんて考えていないのだが。
ガラス戸を押し開き、外に出るブラウとサクラ。
 
 今歩いているのは、この前サクラの事務所へ訪れた時とは別の道だ。
しかし千葉市の街並みの酷さはここでも同じだった。
浮浪者が道端で寝転び、金をめぐって争っているものもいた。
もっとも、今となってはこういった風景もこの、千葉市だけの話ではないのだが。
国家という枠組みが消えて以来、治安は悪化の一途をたどっている。
 しかし、例外というのはやはりあるもので、裕福層、所謂ブルジョアジーと呼ばれる者達は、治安の良い場所で生活していた。
自由という代償を支払って、だが。
……金をめぐって争っていた浮浪者の一人が動かなくなった。
恐らく死んだのだろう。

 しばらく歩くと、大きなガレージが見えてきた。
「かなり大きいですね」
「まあな。
趣味柄大きくせざるをえないんだ」
 瞳の光彩認証のキーを開け、中に入る二人。
中には軍事設備のような景色が広がっていた。
「貴方は馬鹿ですか」
サクラはこの異様な風景に開いた口がふさがらない、
といった風だ。
「もっと褒めろ。
なんていったってここに俺のすべてが集約されているといっても過言じゃない!」
 そして何故かノリノリのブラウ。
サクラは何か面白いものはないかと目を輝かせて、辺りを物色している。
このガレージは馬鹿みたいに広く、そして収められているものもまた同様だった。
人型兵器機士や、戦車、高射砲、榴弾砲、迫撃砲、戦闘ヘリ、小銃、強化外骨格、違法義体パーツその他諸々。
何故こんなにも色々なものを集められたのかは、きっと誰もわからない。
「これは、七九式機士!
SDF関連はかなり希少なのに……
まさか貴方が持っているとは」
 頭部は角張ったデザインでバイザータイプのカメラが搭載されていた。
胸部もまた平面で構成されており、鎖骨のあたりに一対、機銃が設置されていた。
足は二脚型で、その中でも大型の物だった。
一定以上の装備を積む予定だったのだろう。
腕もまた、太くゴツイ。
この腕なら安定した射撃ができるのだろう。
全体としてゴツさと泥臭さが漂うデサインだった。
装備品のたぐいは何もつけられていない。
ちなみにSDFとは旧日本の自衛隊。
その特異性からまず装備品が一般市場に出回ることはなく、
どれ一つをとってもSDF関連は希少価値の高いものだった。
国家が解体されてからもそれは同じで、
こういった機士は本来放出すらされていない。
 機士について、少し説明をしておくと、大きさは凡そ5~7m前後。
機士には統一規格が使用されており、各所にハードポイントが設けられているため、
非常に汎用性が高い兵器なのだ。
また動力は当然電力で、高性能バッテリーを積んでおり、機体によっては一月連続稼動出来ると言われている。もっとも、戦闘をしなければの話だが。
「いろんなとこにコネがあるからな。
よく見てみろ、こいつは初期生産型だ」
 銃において、Cz75がそうだったように、機士も初期型は必ずというわけではないが、価値が高いようだ。
「なるほどこれだけあれば、乗り手が優秀なら企業の一つや二つ潰せそうです」
「そういえば、ボリス・ランバートの情報、入ったのか?」
目を光らせてあれこれ見ていたサクラがはっ、と我と取り戻す。
「はい。
ボリス・ランバート、36歳で、軍需企業ゴスペルのPMC部門幹部。
ここまではこの前教えましたね。
妻子持ちで、妻アカネと息子マイケルとの三人暮らし。
第三構造体の38番地のマンションに住んでいるようです」
今言ったデータを含め、ボリスに関するデータを送るサクラ。
「第三構造体か。
ブルジョワ連中が住んでるからカチコミに行くにはちと、厳しいな」
悩ましい、と言った感じで顎に手を当て考えこむブラウ。
「そんな貴方に吉報です。
どうやら彼、一週間後に第五構造体の紛争鎮圧に向かうようです」
 今、地球という星は危機敵状況にあり、人は構造体と呼ばれている密閉型完全環境都市で暮らしている。因みに、千葉市は構造体とは違った独特の都市だ。
一つの構造体で凡そ1~2億の人が暮らしている。
そしてその数は50個程建設されている。
「第五構造体までは陸路だけでいけるな。
よし、ジークフリートに長期作戦用装備をセットして歩かせるか。
戦闘に乗じて殺すなら、二人で十分だろ」
ジークフリートというのはドイツ製の機士だ。
フレックタンタイプの迷彩がなされている。
「では決定ですね。
出発は明日出れば間に合うでしょう」
「そうだな」
一通り話し終えると、ブラウはジークフリートの整備を始めた。










     

 「第五までは大体五日か。
あっちに着いて一日は余裕があるな」
森の中をジークフリートを操縦し、第五構造体を目指し動きるづける二人。
 ジークフリートは複座式で、一人は操縦もう一人はオペレーターの役目をする。
大体の機士は複座式なのだが。
大きさは大体7mで重装でもなく軽装でもないバランス型。
モノアイタイプのカメラが特徴的だった。
背中には高さ3m、幅2m、奥行き1mのバックパックが付けられていた。

 操縦しているのはブラウで、オペレーターをしているのはサクラだ。
「久々に外に出ましたが、こんなに静かでしたっけ?」
「こんなもんだろ。
さて、暇だしBGMでも」
 操縦桿から手を離し右はじにあるボタンをいじるブラウ。
すると、ベートーヴェンの運命が流れだしてくる。
ダダダダーンで有名なあの曲だ。
「なんでこの曲何ですか?」
わけわからんと言いたそうな表情のサクラ。
「曰く、運命はこのようにして扉を叩くらしい。
それに俺たちが向かうのは第五構造体。
この交響曲も第五番だ」
「ついでに最初の"アノ"部分がモールス信号の"V"にあたるから、ですか」
「そうそう。
勝利(Victory)目指してってことよ」
「一々趣味が古臭いですね」
「懐古主義的なのよ」
 ふ、とサクラはレーダーに目を追いやる。
敵影はないようだ。
「やっぱりおかしい。
前に構造体の外に出たときは襲われっぱなしだったのに」
サクラは眉間にシワを寄せ呟いた。
「そりゃ対策ぐらい講じるわ。
襲われっぱじゃあ弾薬が持たない」
 どうでもいいことだがコックピットハッチは開かれており、
心地よい風が二人に当たっている。
 日は既に傾いており、辺りが暗くなりかけている。
「一日目の目標地点に到着したみたいです」
「了解。
じゃあここで野営だな」
ジークフリートは立て膝の体制になり、丁度バックパックの下部が地面についた。
ブラウがバックパックのボタンを押すと、側面が開き、中には簡易ベットと、倉庫が鎮座していた。
倉庫の部分には念の為の予備バッテリーや、弾薬、食料が詰められている。
そこから二人分の食料をブラウが取り出してきた。
「この合成食料マズイんですよね」
サクラはかなり嫌そうな表情をしている。
「贅沢言うなよ。
味は置いといて、十分な栄養と水分は確保出来るだろ。
二人が食べている合成食料は色のないゼリー状のモノだ。
 食事も無事終わり、夜の見張りは二時間おきに交代しつつやることになった。
夜中、敵に襲われることもなく、無事に一日目は終了した、

 二日目の昼時、件の合成食料を飲み、二人は移動を続けていた。
レーダーには敵影はなく一日目と何も変わらず二日目は終わりを告げた。

 三日目。
「構造体が近いからそろそろやばいな」
少し真剣な表情をするブラウ。
「まだレーダーには敵影ありませんね」
五分ほど移動を続ける。
「……機影発見。
5km先に一機。
旧米軍のM6タイプです」
曰く、ジークフリートにはレーダーに補足されない装置が付いているのだとか。
「ジークフリート、戦闘モード移行」
ブラウは言った。
「戦闘モード移行、了解」
復唱するサクラ。

 ジークフリートのモノアイが赤く輝く。
駆動音が大きくなり、ロックオンサイトがモニタに映し出された。
腰にマウントしていた40mmライフルを構え、足に取り付けられたキャタピラでの高速移動を開始した。
 機影まで後500mの所で、ジークフリートはライフルの二脚を用いた伏せの射撃姿勢に入った。
 ロックオンはせず、精密射撃モードに移行した。
ロックオンをされると、警告音が発生し敵にバレるからだ。
「あの機体の識別コードは?」
「第五構造体のゲリラのものですね」
「じゃあ攻撃しても問題ないな」
 一応敵の所属を確認したブラウ。
目付きは真剣なものになり、照準に敵を収めていた。
そして引き金を引き絞る。
40mmライフルの銃声が静かな森に鳴り響く。
敵は二人に気づいてはおらず、あっという間に穴だらけになり倒れた。
「敵機撃破」
「撃破確認」
そして二人はジークフリートを敵機の残骸に近づける。
ブラウはコックピットを開き、外に飛び出した。
「どこ行くんですか!」
「あの機体からゲリラ共の情報を取り出してくる!」
 倒れた機体の頭部に近寄り、ハッチを開きメインCPUにケーブルを差し込み、
もう一端を彼の首にある挿入口に繋ぐ。
 重要そうだと思う幾つかの情報をブラウは抜き出した。
対ゴスペル時の作戦概要や、この大破した機体のID、敵味方識別コード、パイロット情報、第五構造体の地図等だ。
そしてブラウはジークフリートの元へ戻りコクピットへよじ登った。
「あの機体のIDを拝借してきた。
これを使えば少なくともゲリラには攻撃されない」
さっきの機体にやったのと同様に、コクピット内のジャックと首とのジャックを繋ぎ、
IDを書き換えた。
IDのおかげもあり、この後戦闘もなく三日目は終了した。
 四日目、五日目は、何事もなかった。
こうして無事、第五構造体に二人は到着した。




     

 第五構造体の内部は戦場そのものだった。
瓦礫が高く積み上がり、硝煙の匂いが立ち込めている。
ジークフリートは貸し倉庫に置き、ブラウとサクラの二人は今晩の宿を探している。
バックパックがあるので無理に宿をとる必要もないのだが。
「こんな状態で宿なんてあるかね」
「そろそろまともな宿に泊まりたいです。
湯船にも浸かりたいですし」
サクラは少しつかれた顔をしている。
「あぁ、ゆっくり風呂に入りたいものだな」
 どこからともなく子供の泣き声がしてくる。
別の場所からは女の喘ぎ声。
そして銃声。
「賑やかな場所ですね」
ため息を付くサクラ。
「全くだ」
つられてブラウも溜め息をつく。
「一応銃出しておけよ」
「わかってます」
二人はMP7を取り出し薬室に弾を送り込む。
近づいてくる銃声。
「物陰に隠れるぞ」
「はい」
サクラはウエストポーチから髪留め、所謂カチューシャを取り出し、
装着する。髪が目にかかり邪魔にならないようにするためだ。
「よし、今街の監視カメラハッキングした。
お前にも映像を同期しとく」
「わかりました」
ボリスに殺された時、ブラウはコンソールを用いてハッキングしていたが、
今時、誰もが常時ネットに接続出来るのでコンソールなど必要ないのだ。
しかも簡単な物ならば量子世界に潜る必要もなくハッキング出来る。

 すると、二人の視界の右下に監視カメラの映像が流れこんできた。
高そうな服に身を包んだ男が殺され、銃を持った男が死んだ男と自分の首とにケーブルを繋いでいた。
「金を奪ってますね」
そう、銃を持った男は死んだ男の脳から電子通貨を強奪しているのだ。
「スクリプトキディが調子乗りやがって」
ブラウは完全に呆れている。
「俺ちょっと潜ってくるから、見張り任せた」
「ちょっと、任せたって勝手なこと言わないでください!」
時既に遅く、ブラウは既に量子世界に潜っていた。
「はぁ……ブラウといると本当に疲れます。
そこそこ楽しいですけど」
監視カメラの映像と、自分の目とで敵が来ていないか確認しているサクラ。
近くに敵はまだ見受けられない。

 そのころブラウは青い格子が無限に広がる世界にいた。
「さて、奴らには本物のハッカーがどんなものか見せてやろうじゃないの」
ブラウは近くに何かいいものはないかと走査プログラムを起動した。
「いいもの見つけた」
獲物を見つけた彼はニヤリと笑い行動を開始した。

 「機士の駆動音!」
大きな足音に驚くサクラ。
監視カメラの映像にはこの前破壊した機体と同型の機体M6がいた。
ブラウに緊急通話を繋ぐも通じない。
只静かに機士の動きを監視しているしかなかった。
 ……そして銃声が響き渡った。
さっきまでの銃声とは桁違いの大きさの銃声だ。
サクラは映像に目を追いやる。
するとM6が味方であるはずのゲリラに発砲していた。
「もしかして……」
嫌な予感が頭をよぎる。
 辺り一帯のゲリラを一掃した後、機体は自爆をした。

 獲物を見つけたブラウは非常にいやらしい笑みを浮かべていた。
よし、侵入開始。
そう、獲物は機士M6。
「じゃ、行きますか」
大量の文字列がブラウの目に映し出される。
これからブラウは無理やり、彼の固有空間からM6の電脳へのリンクを作ろうとしているのだ。
リンクに気づかれ、逆探知されたらブラウは恐らく死ぬだろう。
しかしそんなことも気にせず彼は作業を続けていた。
量子世界での戦闘には様々な専門的知識が必要で、ゲリラごときが習得出来るものではないからだ。
「よし、ジャンプ」
 リンクを辿り、M6の電脳へとたどり着く。
そして一挙に操作系を掌握し、機体はブラウの操り人形になってしまった。
そこからは全てサクラが見ていたことだった。
ゲリラを一掃し自爆。
なかなかえげつない。
そしてブラウは自らの固有空間に帰り、目を閉じた。

 「貴方本当に馬鹿ですね。
呆れて何も言えませんよ」
「最高の褒め言葉だ」
サクラは今日一番の溜息をついた。
「それにしても、ここは想像以上に酷いですね。
千葉市なんて目じゃない」
「全くだ、でもあそこはなんやかんや治安はいいほうだぜ」
「確か政情の悪化で失業者が増えて、
積もりに積もった不満が爆発してこの状況になったんですよね。
元は裕福層の構造体だったのに、今となってはこの有様ですか」
彼女の水色の瞳が早く家に帰りたいと言っている気がした。
「職を失った連中はそりゃ金持ちを恨むわな。
だからさっきの奴らみたいな人間は、
金持ちを襲うよな。
それに金持ちの女なんて奴らからしたらいい餌だろ」
 語るブラウの表情は淡々としている。
「まぁここだけの話でもありませんね」
「だな。
弱い奴は死ぬしかない」
「ディエス・イレ……。
二十年前の大災厄。
人類もすっかり落ちぶれましたね」
人工の空を見上げてサクラは言う。
「禁断の果実に二度触れることは赦されないってことだろ。
これはその罰。
救いは……ない……」
 その後どうにかマトモなホテルを見つけ二人はゆっくりと旅の疲れを癒した。

     

 「よし!今日は決戦の日!
ボリス・ランバートをブッ殺して大金をぶんどろう!」
意味もなく高いテンションで騒ぎ立てるブラウ。
「おー」
まだ眠そうにしているサクラ。
 ここはホテルの寝室。
壁紙は黄ばみ所々剥がれ、布団も薄ら汚れている。
ブラウは白いTシャツにジーンズ、
サクラは黒のノースリーブにハーフパンツという二人共適当な服装だ。
 二人は朝食を食べに行くために八階の食堂へと向かった。
閑散としていて、人はあまりいなかった。
「あー久々に物を食べてるって気がします」
パンにジャムをのせ食べるサクラ。
着いた時間が遅かったため昨晩は二人共夕食を摂っていなかった。
彼女はとても嬉しそうな顔をしている。
こうして見ると歳相応な少女といった感じだ。
「俺はいつもあのゼリーしか食ってないからなぁ、
胃がきちんと食い物を消化してくれるか不安だわ」
パンを咥えながら、ブラウはそう言った。
こんな時に腹を壊したら最悪だ、とも。
「どんだけ貧乏な生活してるんですか……」
水色の瞳が憐れみを込めて彼を見つめる。
「趣味のために食費を切り詰めてるのよ」
噛っていたパンを飲み込み、インスタントコーヒーを啜りながらブラウは言った。
「本当に極端な人ですね」
「何事もメリハリ付けないとな」
そして二人は食事を終え、ホテルを後にした。

 ここはジークフリートを置いた貸し倉庫の中。
二人は戦闘服に着替えていた。
ブラウは何故かドイツ連邦軍のそれを着ていた。
ショルダーループには、囲いの中に不等号のような記号が一つ入っている階級章と、
黄緑色の兵科識別リボンが通されていた。
階級章はFeldwebel米軍で言うところの軍曹、黄緑色のリボンは電脳工兵を意味している。
そしてサクラはノースリーブシャツの上に防弾ベストを着こみ、カチューシャを付け
下はハーフパンツという服装だ。
カチューシャは目立たないよう、彼女の髪と同じような色だ。
ベストの上にH字型サスペンダーを装着し、そこに大型のナイフやマグポーチなどを付けてていった。
 「どうでもいいことだけどよ、なんで日本生まれはその髪留めをカチューシャって言うんだ? 故郷で戦場に行った恋人の帰りを待つ女の名前だろ、Катюшаつったら。
もしくは自走式の多弾装ロケットランチャーか」
彼は先に言ったとおり、心底どうでもよさそうにサクラと目も合わせず呟く。
「はぁ?
そんなの私が知るわけないじゃないですか。
戦闘前だってのによくそんな寝ぼけたようなこと言えますね」
眉間にシワを寄せてそう言い放つ彼女は少し苛ついている様に見えた。
「まぁどうでもいいか。
よし、最重要目標はボリス・ランバート。
邪魔するものは片っ端から畳め」
そんな彼女に目もくれず勝手に話をすすめるブラウ。
「……はい」
そして呆れて何も言い返せないサクラ。

 今回、ジークフリートでの出撃は行われない。
何故なら帰りの分の物資が積まれており、何より破壊されたら無事帰れる保証がなくなるからだ。もっともブラウが敵の機士に取り憑いてしまうのでわざわざ出す必要もないわけだが。
 そして今回、サクラが前衛を、そしてブラウが量子世界からのバックアップを行う。
量子世界での行動や、兵器の扱いはブラウが上なのだが、生身での戦いは彼はからっきしで、サクラがとても優れているのだ。
 「きちんとサポートしてくださいよ」
「わかってるよ。
安心しろ、死んだら脳から記憶引き出して生き返らせてやる」
「貴方っていう人はどうしてそう投げやりなんですか。
まあそのどうしようもない性格にも、一緒に仕事するうちに慣れましたけど」
このやりとりは二人が一緒に仕事をする時は毎回行われているものだった。
初めてブラウと仕事をしたサクラは、ブラウのいい加減さ具合に怒りを覚えたという。
そしてサクラは戦線へと歩みだした。
今は昼時、人工の空は青く晴れ渡っていた。

 ブラウは前線に行く必要がないため、ジークフリートのコクピットの
中から量子世界へと潜った。
一方サクラはライフルを担ぎ前線へと駈け出した。
 かつては高層ビル立ち並ぶ綺麗な都市だったのだろうが、今となっては瓦礫の山。
彼女の視界の端にブラウのフェイスウィンドウが現れる。
<こちらブラウ、ボリスはまだ見つからない。
あと、ヤツを見つけたら、生かしたまま俺の元の連れてきて欲しい>
「無茶言わないでください。
殺すのは楽ですけど、生かして連れてくるとなると一気に難易度が上がります」
<安心しろ、最大限のサポートをする>
「仕様がないですね、わかりました」
そういう彼女の顔は何故か綻んでいた。
<機士が近くにいる、注意しろ>
素早く物陰に隠れるサクラ。
機士の足音が近づいていた。
ゴスペル側の機体だろう。
前回の戦闘でゲリラ側の敵味方識別コードは入手していたので、
彼らから攻撃されることは、誤射でもない限り有り得ない。
<ダミー映像を敵機士に発信。
今のうちに逃げろ>
「了解」
サクラはその場から逃げた。振り返ってみるとゲリラ側の機士からゴスペルの機士は攻撃を受けていた。ダミーの映像に誘導されたのだろう。
手柄欲しさにレーダーも見ず、突っ込んだ三流パイロットだったのだろう。
<前300mに敵兵三人。
そのまま突っ込んで蹴散らせ>
常人では有り得ない脚力で走り敵兵に近づくサクラ。
一番近くにいた兵士にはストックで思い切り頭を打ち付け、残りの二人には銃弾を見舞った。その後殴られ倒れている兵士の頭にも銃を撃った。
<装弾数が少ない。
リロードしておけ>
慣れた手つきで、二秒と経たずリロードするサクラ。
ブラウのオペレーションに身を任せ、彼女は敵を倒していく。
<ライフルの弾がそろそろなくなる。
銃を捨てて近接戦闘の準備だ>
ここからが彼女の本領。
ナイフを右手に、順手で構えるサクラ。
<右50m先に身を隠すのに丁度いい建物がある。
そこで体勢を整えろ>
走るサクラ。
その速さはバイクにも引けを取らない。
建物の中に駆け込み、息を整える。
「まだ見つからないんですか?」
彼女は必要のないマグポーチを外していく。
<もう少し待って……
ゴスペル兵士五人が入り口で張ってる、注意しろ>
「先手必勝です」
建物から一気に駈け出し兵士の喉元にナイフを突き立てる。

 ナイフの刺さった兵士を蹴って刃から離し、サクラは次の獲物へと向かう。
驚きのあまりゴスペルの兵士は目を丸くしている。
が、直ぐに我を取り戻した兵士は彼女に一斉射撃を仕掛ける。
四人分の銃弾を全て躱し、再装填をしていた兵士にナイフを投げる。
見事、眉間に命中してその兵士は倒れた。
次は手榴弾を投げようとしていた兵士の頭を掴む。
すると、手の平の半分から下の部分が下にスライドし、そこから勢い良く杭が放たれた。
杭は頭を貫く。
そして、その杭はサクラの腕の中へと戻っていく。
 まだ兵士を掴んでいたサクラは死体の服の中に手榴弾を入れ、逃げる兵士へ投擲した。
運悪く、逃げていた兵士は死体の下敷きになり手榴弾の爆発に巻き込まれた。
最後の一人は依然として逃げていた。
しかし、逃げきる事はできない。
「うわああ!」
上からサクラが降ってきたのだ。
彼女は先程、兵士を投げたときに大きく跳躍していたのだ。
兵士に回し蹴りを見舞うサクラ。
踵からは刃がせり出してきていた。
「ふぅ、頑張りすぎましたね」
<ゼアグート。
ボリスを発見した。
西に200m行ったところにいる。
恐らく機士に乗っている>
「わかりました。
でもどうやってコックピットから引きずり下ろすんですか?」
<任せておけ>
そう言うなり彼女のとなりに一機の機士が降り立った。
ブラウが乗っ取ったのだろう。
<この機体を使って引きずり下ろす。
出てきた奴を背負って持ってきてくれ>
「わかりました」
そういって一人と一機はボリスの元へと向かう。
ボリスは単騎でそこにいた。
周囲には大量の残骸が転がっていた。
「エースってとこですか。
機体の肩に趣味の悪いキスマークがついてます」
<恐らくパーソナルマークだろう。
それにしてもあの機体見たことがないな>
「ゴスペル社製ではなさそうですね。
あそこの機体らしくない」
物陰に隠れ敵をよく観察する一人と一機。
<もしかしてX0か>
「X0?第一構造体軍次期主力機候補の?」
<アイツに頼まれて奪ってきたデータがX0の設計図なんだ>
ゴスペル兵士はどれも平面で構成された機体に乗っているのに対し、ボリスの機体は
曲面で構成されている。
機体は黒く塗装され、赤く光るゴーグルタイプアイが不気味だ。
「いずれにせよ、叩くのでしょ」
<まあな。
とりあえず小手調べと行くか。
お前はそこに隠れてろ。
しばらくオペレーションできないから周囲には充分警戒していてくれ>
「わかりました」
飛び出すブラウの機体。
これもまたM6だ。
 軍事大国アメリカがかつて採用していたため、そこそこの性能がありしかも大量に生産されていたのでこういった戦場でよく見かける。
操作方法が単純化されており、一人でも運用できるというのも大きな理由だろう。
二週間も練習すれば生き残れるかは置いておいて、前線で戦えるだろう。
 ブースターを用いて高く飛び上がり降下しつつライフルでX0に攻撃を仕掛ける。
感づいたX0が素早く後退してしまったので全て外してしまった。
バチン、とマガジンがライフルから排出される。
腰から予備マガジンを取り出し、それを装填した。
その隙を見てX0はブースターを用い前進してきた。
手には対機士用の剣が握られている。
剣が真一文字に振るわれる。
 すんでの所でジャンプし躱すM6。
ブースターを使い上手く背後を盗ったM6は、ライフルを構え弾倉が空になるまで射撃した。
再びマガジンが排出される。
ほぼ全て弾かれ、X0にはかすり傷程度しかダメージを与えられていなかった。
このライフルでは有効打に成り得ないと判断したブラウはそれを投げ捨て、
機体固定のナイフを装備した。
 再び突進してくるX0。
そして剣の重みを乗せた縦切りを繰り出してきた。
その一撃をちっぽけなナイフで受けるM6。
機体のパワー、剣の重量が段違いなので、そのまま押し切られそうだ。
「かかったな!」
M6のスピーカーからブラウの声が。
後方にいた狙撃型の機士の重い一撃がM6共々X0を貫いた。
恐らくあの機体もブラウがハックしていたのだろう。
命中時に高圧電流を流す特殊弾のせいで、電装系がイカレたのかコクピットハッチが開き、ボリスは強制的に排出される。
 サクラはすかさず近寄りボリスの身柄を拘束した。
「なんだ貴様!」
「ある人物の使いです」
腰に付けておいた予備のナイフを抜きボリスの足の腱を切るサクラ。
「ぐっ、何をする」
「逃げられては面倒なので」
赤い血が飛び出す。
その後ナイフのグリップで思い切りボリスの首を打ち付け気絶させた。
 彼を拘束した後は、ブラウが敵に見つからないルートを転送してきたので、
サクラは敵と遭遇することなく、貸し倉庫へと帰ることができた。

     

 「持って来ましたよ、ブラウ」
背負っていたボリスを、ブラウが用意していたパイプ椅子に座らせるサクラ。
「お疲れ様」
コーヒーの入った紙コップをブラウはサクラに手渡した。
そしてブラウは縄を取り出し、ボリスを椅子に固定した。
「で、どうするんですか?」
「まずは意識を回復させる」
そう言ってボリスを何度か小突くブラウ。
サクラはコーヒーに、簡易デスクに置いてあった砂糖とミルクを大量に投入し飲んでいた。
「くっ……どこだココは?
貴様は……?」
まだ意識は朦朧としているようだ。
「お客さん、料金滞納されると困るんですよね」
顰め面のボリスとは反対にブラウはニヤニヤしている。
「貴様まさか、チバのブラウか!
何故生きている!」
「簡単なことさ。
脳みそのデータ全部を別の体躯に引き継いだのさ。
まぁ、こんな事出来るのは俺ぐらいだろうけどな。
堕ちた楽園の魔法使いは簡単には死なないのよ」
「Shit! 化け物め」
「そう呼んでくれて結構」
ブラウは椅子に縛り付けられているボリスの背後に回り込み、
彼の首と自分の首とを接続した。
数分、ICEを解析し、そして彼はボリスの脳に侵入した。
「中々金持ちじゃないの」
「貴様、私の金が目当てか」
「金も目当てだよ」
ボリスの脳を物色するブラウ。
こういった事態の対処法をボリスは学んでいるのだろうが、ブラウの技術の前では何の意味も成さなかった。
 「接続成功っと」
「これは、俺の家のカメラ……」
「そう、お前の脳にあったそのカメラへのリンクを使って、
この映像を投影している」
ボリスは家の様子をいつでも見られるように、そのカメラを設置したのだろう。
「何をする気だ」
「まあ見てな」
カメラには彼の妻子が映っている。
動揺しているボリス。
「どうした?心拍数が上がってるぞ」
「貴様……まさか!」
ブラウの口角が釣り上がる。
「やめろぉ!」
叫ぶボリス。
止めろと言われて止めるはずのないブラウ。
カメラの映像に動きがあった。
映っていた彼の妻と子が頭を抱えて倒れこんだのだ。
<痛い、痛いよお母さん>
<大丈夫よすぐに治るわ……>
涙を流す息子と、痛みを堪え、息子を安心させようとする母。
ブラウは今、ボリスの脳を介し二人の脳に過負荷をかけている。
「マイケル! アカネ!
止めろ止めてくれ!」
「魔法使いに喧嘩を売ったんだ。
コレぐらいされても文句は言えないぜ」
しばらくすると二人は目や鼻から血を吹き出し、動かなくなった。
「あぁ……マイケル、アカネ……くそっ、くそぉ……」
ボリスは涙を流している。
「さて、正義の魔法使いである俺がこんなことをしたのがバレてはマズイのでね。
別に騙しちゃいないが、アンタにゃ死んでもらうぜ」
ボリスの脳内に保存されていた電子通貨を全て引き落としケーブルを抜き、彼の正面に立つブラウ。
「あぁ……くそぉ……」
ボリスは絶えず涙を流している。
「哀れだなボリス・ランバート。
新型機欲しさに馬鹿なことするんじゃなかったな。
えぇ?」
胸につけていたホルスターからブラウ愛用の拳銃、P8を抜きスライドを引いた。
「よい旅を、ランバート。
あっちで家族にあったらよろしく言っておいてくれ」
椅子に縛り付けられ、うなだれている男に照準を合わせ、ブラウは引き金を引く。
コーヒーを飲み終え、暇そうにしていたサクラに、ブラウは帰るぞ、と言い、
二人はその場を後にした。
 ……貸し倉庫には、椅子に縛り付けられた死体が佇んでいた。

 今二人はジークフリートに乗って第五構造体から千葉市へと戻っている。
本物の空は赤く染まっている。
「……貴方のああいうところ、キライです」
ボリスの妻と子共を殺したことを言っているのだろう。
「悪いね、やられたことは何倍にもして返す主義なんだ。
良い事にせよ、悪いことにせよ」
「貴方らしいです」
「まあな」
ゲリラとゴスペルの戦闘は既に終わっており、辺りは静まり返っている。
「そうだブラウ、帰ったらまた貴方のガレージ見せてくれませんか?」
「別にいいけど」
「ありがとうございます」
こうして二人は仕事を終え、薄汚れた街へと帰っていった。

       

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Neetsha