Neetel Inside 文芸新都
表紙

文芸クリスマス企画~あんち☆くりすます~
アンチカップル・アンチクリスマス/はまらん

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 シャンメリーのように勢いよく飛散した血が、非モテの服を朱に染め上げた。
 
 「ひどい……」
 男児の呟きは、一組の男女が発した断末魔にかき消される。
 「死ぬ時まで一緒だよ、だってよ。仲良く地獄に堕ちろ」
 ピッ、と非モテは鮪包丁の血振りを片手で済ます。
 彼の目に、狂気の色は見えない。ただ、怒りに滾る炎が宿っていた。
 「……いや、片方だけ地獄行きで、もう片方は煉獄かなんかだ。天国以外の所に振り分けられろ、糞アベックが」
 
 12月24日、夜。
 神の子イエス・キリストが生まれた前夜に、人は『生』の意味を知る。
 ある者は殺戮で、ある者は恐怖で、またある者はセックスで。
 改めて、自分たちが生きていると言う当たり前の事に気づかされるのだ。
 
 ――クリスマス。
 たった一夜限りの、聖戦『ジハード』である。

 「いたぞ、こっちだ!」
 戦友の叫びに非モテが振り向く。
 丁度こちらに向かってくる、二つの人影があった。
 一人は髭面で筋肉質な男で、もう一人はフードで顔を隠した小柄な少女。抹殺対象だ。
 仲良く手を繋いで走ってくる様を見て、非モテは男の手首を切り落とす事を決めた。
 鮪包丁を上段に構え、二人の前に立ち塞がる。
 「先生、前にもいます!」
 「くそっ……」
 非モテの存在に気付き、足を止めるカップル。
 「先生……? なんだお前等、教師と教え子か。いけないねぇ、そういうのは。死刑だ」
 「ハハッ、お前の場合カップルだったら何でも死刑じゃねぇかよ」
 反対側からは、非モテ仲間が歩いて近づいてきた。手に持つ釘バットからは鮮血が滴り落ちている。
 「あーあ、可愛い子なのに勿体無い。でもぶっ殺す。ま、教師なんかと付き合ったのが運の尽きだったな」
 バットを片手で回し、一歩づつ距離を縮める相方。最早二人で逃げることはままならないだろう。
 
 もしもカップルの片方がもう片方を裏切って逃げたなら、非モテは黙って剣を収める。
 それを知っていながらも、二人は離れるそぶりなど見せなかった。
 (ちなみに片方が相手を庇った場合は庇われた方から殺す。ルールとマナーを守って楽しいクリスマス!)

 「どっちがいい? ツリーの飾りになるか、靴下に詰められるか……二人で相談して決めろ」
 相談させる時間もやらないけどな、と非モテは心の中で付け足す。相方も同意見だったらしく、バットを高く構えた。そして。

 「脳味噌ぶちまけろ性犯罪者がッ!!」
 
 スイカを叩き割るが如く、振り下ろされる。
 「駄目ぇ!」
 その動きを察知していた少女が先に、男を突き飛ばした。
 無常にもバットは、少女の脳天へと――







 「たかしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」 




 ――当たる寸前で、止まった。

 「……」
 「……」
 非モテ二人は、硬直した。
 五秒ほどフリーズした後、鮪包丁の非モテが男に尋ねる。
 「……何が?」
 「え?」
 「何がたかしなの?」
 「え、いや……そいつの名前、だが……」







 「男?」
 「あ、ああ……」


 
 「……」
 「……」
 非モテ二人は、再び硬直した。
 「…………?」
 目を瞑って死を待っていた少女はゆっくりと目を開き、状況に困惑しながらも安堵する。
 十秒ほどフリーズした後、釘バットの非モテがバットを置いて少女に近づく。
 「すいません、ちょっと失礼」
 「へっ、何? きゃっ!?」
 胸を触り、平坦極まりない事を確認する。
 「ちょ、ちょっと止めてください!」
 「おいお前、たかしを離せ!」
 「うん、すぐ終わる、ちょっと待って」
 抵抗する少女の股間をまさぐる非モテ。そこには確かに、あるはずのない膨らみが存在していた。
 少女ではなく、少年だった。
 それは、ずっと「きよしこ の夜」だと思っていたのが実は「きよし この夜」だと知った高校二年の時以来の衝撃だった。
 
 
 非モテ二人はしばしお互いを見合った後、カップルに背を向け小声で相談を始める。
 カップルがチャンスだと気付き逃げ出すより早く、相談は終わった。
 
 非モテ達は二人で全く同じポーズを取った。
 中腰になり、両手を一瞬交差させて水平に大きく開き、宣告。
 「セーフ!」
 女装少年は二人的にはナシだったので、嫉妬心はもう無い。
 めでたくカップルは解放されることになった。
 「問答無用で襲いかかってくる奴には気を付けろ。視線を感じたらすぐさま男だって叫べよ」
 「もっと男っぽくしないとアウト取る奴もいるだろうな。とにかく服を着替えて、髪型も変えた方がいい。まあお幸せに」
 「え!? あ、どうも……」
 突然の解放宣言とアドバイスに戸惑うカップル二人。
 ポツンと佇む彼等を残して、非モテは狩を続ける。


 「くそっ、犬も交尾してやがる!」
 「畜生め、ケツにその太いのぶち込んでやれ!!」


 「おい、今度はレズカップルだ!」
 「何だと……羨ましい事この上ない! でもセーフ!」


 「こっちに五十年ぶりに再会したカップルがいるぞ!」
 「そんな幸せ、俺達がッ……!! ……セーフで」

  

 「ふぅ……大体ここらへんの奴は始末したな」
 休憩のために寄った公園。転がる死体を踏み越え、ベンチで一息入れる。
 お汁粉を開ける右手についた血は、まだ乾いていなかった。
 「ああ、だがまだ始まったばかりだ。クリスマスの終わりは、な」
 相方はコーンポタージュの缶を両手で転がし、暖を取っている。
 右手の広場は死屍累々と言った様子で、遠くでは磔にされた男女が紅蓮の焔に曝されていると言うとても風流な光景が見られた。
 「あとはラブホにRPG撃ち込まないとな」
 「ああ、それもあったな……ん?」
 正面に、幼い男児が怒りの形相で歩み寄ってきている。
 歳は十歳にも満たないだろう。その目には涙を浮かべ、今にもわめき出しそうな様子だった。
 「おいおいガキは寝る時間だぞ。死にたくなけりゃとっととおうちに帰んな」
 「なんなら一緒にやるか、坊主? ストレス解消になるぞ」

 「なんで……なんでこんなことするんだよッ!! クリスマスはみんなで楽しむものなのにッ!!」

 予想通り、喚くような口調。
 しかしそれは駄々をこねるような叫びではなく、人の過ちを正す意思を持った、子供の悲痛な訴えだった。
 「サンタさんにプレゼントを貰えるのを、みんな楽しみにしているッ!! 僕だって3DSとGジェネが欲しいんだッ!!」
 と思ったが、半分は自分のためであった。
 「坊主。大人になるとな、クリスマスは楽しいものじゃなくなる。恋人のできない奴はその一日、存在する理由そのものを否定されるんだ。世間によってな」
 「でも! おっさん達だって子供の頃はクリスマスプレゼントに一喜一憂してたでしょ!?」
 「おっさんじゃねぇ、まだ23だ……ってか、ガキのくせに難しい言葉知ってるな……」
 「どうなの!?」
 うーむ、と非モテは昔の記憶を辿る。一方で隣の相方は考えることもなしに、何とも苦い顔をしていた。
 「俺の家、貧乏だったからまともなプレゼント貰った記憶無いんだよな。スーファミって書いたのに枕元にあったのは階段を勝手に降りるバネみたいなよくわからないおもちゃだったし」
 「ハッ、貰えただけいいじゃねぇかよ……」
 相方は乾いた笑みを漏らす。
 その台詞を、その態度を。非モテは知っていた。クリスマスの時期になる度に、ただ一人寂しそうな笑顔を見せた友人と重なって見えた。
 「お前、まさか……」
 

 「ああ、そのまさかだ。俺の誕生日は12月24日、今日だ。


 ……この意味がわかるな?」
 
 言わずとも、非モテは理解した。
 クリスマスやその前後数日が誕生日の者は、プレゼントを『まとめて一つにされる』と言うおぞましい家庭ルール。
 恐ろしいことに、このルールは決してマイナーなものではない。
 小学生時代の小遣いで買えるものなど、高が知れている。そのため、一年に二度大きなプレゼントが貰える誕生日とクリスマスは、子供にとってこれ以上無く重要なイベントなのである。
 それを大人の都合で一つにまとめるなど、子供からすれば差別以外の何物でもなかった。
 12月終盤に生まれた子供は不良になる確率が高い……というデータも、あながち偶然では無いのかも知れない。
 「兄貴は! 妹は! プレゼントを年に二回貰ってるってのに! 俺は一回だけだった! 8歳と9歳と10歳の時と、12歳と13歳の時も、俺はずっと……待ってた! あとバーニィも死なずにすんだ!」
 バーニィの生死についてはクリスマスあまり関係なくないか、と非モテは思ったがクリスマスを悪者にするためにあえて黙っておいた。
 相方の鬼気迫る訴えに対し、男児はきょとんとした表情を浮かべていた。
 
 「……? なんでプレゼントを貰うのに家庭の事情が関係あるの?」
 「や、だってサンタって親だし」
 
 躊躇う素振りすら見せずに、相方は即答した。
 「えっ……」
 「お前、それは言っちゃダメだろ……」
 あちゃー、と頭を掻いて非モテが唸る。
 「えっ……嘘……」
 突然告げられた言葉に、男児の顔が青く染まった。小学校低学年が知るには、少々早過ぎる事実だった。
 男児がうろたえる様を見て、相方がその肩を強く握る。
 
 「ま、そういうわけだ坊主。夢を壊して悪いが、それがクリスマスってもんなんだよ。こんなもん早くぶっ壊してガキは真実を見たほうがいい――
 
 ――辛くても希望が無くても、真実を見つめないと人間は前には進めねぇんだ」
  
 
 「じゃあこの際サンタさんじゃなくったっていい! 僕はプレゼントが欲しいんだ!」
 相方の決め台詞は中途半端に男児に伝わってしまった。
 「なんて切り替えの早いガキだ……」
 非モテは最近の子供のドライさに恐怖に近い焦りを覚えた。
 『お前の親はプレゼント用意した後は子供を仕込んでいるよ』と言ったら、『兄弟が増えるよ!』と喜ぶかもしれない。
 「それに僕、彼女もいるし……」

 「あ?」
 「お?」
 
 二人は男児の不用意な発言を聞き逃さない。
 男児がしまった、と思ったときにはもう非モテ二人は武器を構え始めていた。
 「こんなガキすら彼女持ちか……この世はッ!」
 「坊主……クリスマスプレゼントはこのバットでいいか?」
 ただならぬ殺気を発し始めた二人に、慌てて男児は弁解を図る。
 「ま……待って! 今日はその、彼女、ちかこちゃんに会えなくて……」
 「会えない?」
 「どう言う事だ?」
 二人は一旦武器を下ろし、男児の話を聞く。

 「うん。今日は一緒に過ごしたかったんだけど、女友達同士で開くクリスマスパーティーに参加するって言ってたんだ。
 でも今日中にプレゼントだけでも渡したくて、パーティーやってる子の家に行ったんだけど……来てないよって言われたんだよ」
 「ふむ」
 「そりゃおかしいな」
 「だから探しに来たんだけど、どこもかしこもカップル狩りなんてやってるからちかこちゃんが心配で……」
 男児は俯き、プレゼントと思わしき箱を握り締めた。
 「大丈夫だろ。俺たちゃシングルは狙わねーよ」
 「お前も死にたくなけりゃとっとと帰りな。今日会わないんなら見逃してやる」
 「でもっ! 巻き込まれてないか心配なんだ! 彼女に何かあったら、僕は……」
 そう言って、男児は崩れ落ちる。
 大粒の涙が、手に持ったプレゼントの包みをわずかに湿らせた。
 非モテ二人は顔を見合わせ、渋い表情を作る。
 「……どうするよ、これ?」
 「まあ待て。……坊主、お前もうやったんか? ちかこちゃんとやったんか?」
 相方は下卑た表情でしゃがみ込み、男児と同じ視点で尋ねる。
 小学校低学年生に向けてやったんかはねぇだろうと非モテは思ったが、最近の性の乱れを聞くに、ひょっとしたら……と考えてしまう。
 まあ、「何を? チュー?」と返されるのがオチだろう。
 
 「いや、まだそんな全然だよ。手だって繋いだ事ないもん」
 「あ、一応何をやったのか聞いたのかってのはわかってるんだ……」
 ほっとしたような、不安になったような複雑な気分だった。
 「ケータイくらい持ってんだろ、今時の小学生だし。連絡とか取れないのかよ?」
 「ちかこちゃんは持ってるけど、僕はまだなんだ……公衆電話も無いし……」
 やれやれ、と相方は自分の携帯電話を取り出す。
 「ほれ、とっととかけろ。無事が確認できたら家帰れよ」
 「あ……ありがとう、ございます」
 男児はそれを受け取り、手馴れた様子で番号を押し始める。
 「ほー、随分優しいじゃねぇか」
 「流石に手も繋いだ事無い小学生を嫉妬で殺すほど頭沸いちゃいねぇよ」
 「何人もぶっ殺しておいてよく言うぜ、ったく」
 二人は再び、ベンチに腰を下ろして男児の動向を眺めていた。
 「……やっぱり、出ないよ……」
 肩を落とす男児。電源ボタンに指をかける。その時だった。

 「……鳴ってね?」
 「えっ!?」
 「あ、鳴ってるね、どっかで」

 携帯の着信音が、耳を澄ましてどうにか聞こえる程度に漏れていた。
 どこか、近く。この公園内であることは間違いないだろう。
 「あっちか?」
 ベンチ裏手の、薄暗い雑木林の中。闇の中に着信音と、わずかな光が発しているのが見えた。
 林に立ち入り、音を立てないようにその場所へ歩み寄る三人。
 近づくにつれて、着信音以外の音が混じってくるのがわかった。
 ――荒い吐息だ。



 「はぁっ……はぁっ……ちかこ……ちかこっ……!」
 「あぁっ……しょうくんっ……! だめっ、んっ」

 幼子が二人、激しく絡み合っていた。
 近くで鳴っている携帯電話も気にせずに、ひたすらにお互いを求め合っている。
 口と口を重ね、手と手を取り合い、性器と性器を結合して。ひたすらに快楽に溺れていた。
 
 
 非モテ二人はあまりの光景に呆然としているだけだった。
 いくら最近の小学生が大人びているからといって、これは……。
 と、そこで自分たちよりよっぽどショックを受けている者の存在に気付き、恐る恐る振り向く。


 「…………………」
 

 男児は、口を半開きににして石像のようにピクリとも動かない。
 あまりの衝撃に、頭が考えることを放棄してしまったらしい。
 本当の本当に、体が硬直してしまっている。

 
 「ひゃぁぁ! すごいっ、すごいよぉ……」
 「どうだ……あんな奴よりも、俺の方が……いいだろ?」
 「うんっ、しょうくん、だいすきっ……! もっと、ねぇっ、もっと、そこっ」
 「ここがいいのか……ほら、こいつでどうだっ!」
 「ああああぁぁぁっ! だめ、あっ、あっ、きちゃ、きちゃうよぉ……!」

 
 見られていることなど知らずに、腰を打ち付けあう小学生達。
 男は嗜虐的な笑みを、女は恍惚の表情を浮かべ、獣のように激しく愛しあっている様を邪魔できるものなど、誰がいると言うのか。



 








 「……お兄ちゃん達。僕、プレゼント別のものが欲しくなっちゃった……」
 
 








 

 二人は黙って、得物を男児に差し出した。











 (あとがき)
 プレゼントは男の娘が欲しいです。
 超欲しいです。

       

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Neetsha