Neetel Inside 文芸新都
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文芸クリスマス企画~あんち☆くりすます~
12月某日とその翌朝のこと/佐藤水牛

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 その日は年の瀬の迫ったある1日に過ぎなかった。

 ぼくはその日、2限目1コマの出席のためだけに片道2時間をかけてチャリンコと私鉄と地下鉄とバスを乗り継ぎ、大学へ向かった。そしてその1コマが休講になっていることを大学に着いてから知った。休講を知らせてくれる友人なぞという存在はいなかった。休講を知らせない友人ならいるのかと言うと、辛うじて1人いた。同じ高校出身の彼女とは学内で稀に遭遇したら一緒にメシを食う(かもしれない)程度の仲で、連絡先も何も知らないのだった。向こうもぼくの連絡先を知らない。したがって休講の情報を報せようがないのだった。

「うげ」

 変な声出た。学食への移動中、やけに寒いと思ったら雪が降り始めていた。粉雪でない、粒が大きなぼた雪だ。粒という表現が不適格なほど、一片ひとひらが大きい。綺麗な耳クソのようだな、という感想を抱いて怖気が走った。いやこれほど大きな耳クソが取れたら爽快に違いなかろうが。

 閑散とした学食の扉を、ポケットから手を出すのを嫌って肩で押し開けてみる。恥ずかしい。2度とやるまい。

「早めに帰りたいけどもなー」

 素うどんの食券を200円で買って、カウンターで50円玉と一緒に出す。大盛りだ。大盛りにしなければ物足りないし、2杯食うのは憚られる。故にの大盛りである。大盛りにするための方法は何故か学食のどこにも掲示されていない。為か、夏場の冷たいツユに水でシメないままの温かい麺を合わせた「ぬるうどん」と共に、ぼく以外にやっている人を見かけたことがほとんどない。もっとも、今日のような天気では熱々のうどんこそが相応しいだろう。鼻水啜りつつうどんもすすりつつ、ほとんど時間をかけずに昼飯を終える。

「資料集めにゃな」

 2週間程度の短い冬期休暇中、やっつけなければならない課題がゼミで出た。図書館は年末年始合わせて6日間以外は開くらしいが、講義もないのに往復4時間を消費する気にはなれない。というわけで今年最後の講義(休講だったが)のこの日に図書館に寄るのは既定事項なのだった。

「おっ」
「おー、やほー」

 図書館で中古辺りに関わる文献を探していると、件の連絡先を知らない友人に遭った。コートを着ているということは着てすぐか帰るところか、場所を変えるつもりなのか。

「卒論終わったのにここ見てるって珍しいね」
「年明けにもう1個課題提出しなくちゃいけなくなったんでね。それに、それを言うならそっちだってそうじゃん」
「わたしは趣味みたいなもんだよ。もう帰るけどね」

 彼女には夕方から約束があるとのことで、あまり長いこと喋っていられないのが残念だった。彼女もまた、ぼくと同程度の時間をかけて通学している。昼過ぎのこの時間から帰るのも頷けるというものだった。

「付き合ってる人とね、久しぶりに会えるんだ。随分離れてるから普段会えないし、今日くらいね」
「ま、ごゆっくり」
「えへへ……ンじゃあねっ!」

 遠距離恋愛は大変だな。まあ彼女が嬉しそうなのは一友人として喜ぶべきことだろう。

 図書館内はシンとしている。雪で人が少ないせいか、それとも雪の消音効果というやつか。そもそも図書館で騒ぐやつはそういないが。
 本から顔を上げて、目の前の窓から外を見る。降雪量はいやましに増して、時折吹く強い風のびょおという音とともに、視界を白い破線で埋める。窓ガラスに触れると、ひどく冷たくなっていた。一方で館内は暖房が効いているのに、窓にまるで結露がないのが不思議だった。

 本を見繕っていたのは、2時間に満たないくらいだったろうか。ウォータークーラーで水を飲み、暖気にボンヤリした頭を冷まして、いい加減に帰ることにした。友人はもう準備を済ませ、家を出た頃だろう。恋人と会うのに胸を弾ませて。鼓動を高鳴らせて。頬を上気させて。
 その顔は多分、ぼくが見たことのないほど可愛らしいのだろうが、ぼくがそれを見ることはこの先ないだろう。

「さびー」

 傘があれば多少なりマシだったかもしれないが、あいにく持ってきていなかった。やむなくコートのフードを被り、ぼくは不審者です、といった体で図書館を出る。

 バス亭前のベンチで、貧乏ゆすりしながらバスを待つ。最寄りの地下鉄駅までのバスの出発時刻は、結局4年かけても覚えることはなかった。ぼくは、覚えたいことほど覚えられない。手に入れたいものほど、手に入らない。

 帰り道、雪に追われて地下鉄に殺到した人たちと、雪でスピードの出せない電車とで普段より時間がかかって3時間。そこからはチャリンコで家に帰る。
 雪はもう相当に積もっていて、乗って帰るのは早々に諦めた。進めないほど積もっているわけではないが、空転やスリップが怖かった。ハンドルを握り、またフードを被って歩いていく。
 積もった雪から靴の中に冷気が染みこむ。つま先の感覚が歩くうちなくなっていく。車の走行音も、自分の足音も、一切合財すべての音が遠くに聞こえる。その中でただ右足を前に出し、左足を前に出し、また右足を前に出していく。

 気づけば我が家だった。時刻は19:30を回っていた。母に労われて風呂に入る。飯を食い、資料として借りてきた本を読み、頭痛がしてきたので早くに寝た。

 翌朝起きると、父も母も出かけた後だった。1人分残された朝食を胃に収めて何気なく冷蔵庫を覗くと、やはり1人分残されたケーキがぽつねんとそこにあった。

 少しだけ泣いてからケーキを食べる。沁みる甘さだった。

***

(あとがき)
 クリスマスあるいはクリスマスイブなんてのは、12月の中の1日2日に過ぎんのです。それは普段と変わりないただの日常でしかないのです。

       

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