Neetel Inside 文芸新都
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文芸クリスマス企画~あんち☆くりすます~
ヒトフタフタゴマルマルマルマル/池戸葉若

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 座標固定フレキシブルシステム、正常値を表示。相殺引力圏展開状況、イコールゼロ。周辺に宇宙廃棄物および未確認飛行物体、なし。艦内統合A.I.から報告。第三主翼の出力とメーターのあいだに〇・〇二七一の誤差を確認。了解、ただちに修正をおこなう――。
 広大な宇宙の片隅で、小惑星ほどはあろうかという巨大な艦艇が陣をとっている。
 その内部の中央に位置する指令ホールでは、精鋭の乗組員たちが黙々とコンソールを操作していた。奥のほうは左右から段差が積み重なっており、ホール内を一望できる艦長席が設置されている。そこにどっしりと腰を据えているのは小柄な灰色のヒト型宇宙人。軍服には数多の勲章が輝いており、つけきれない分は軍帽のほうに回されていた。
 彼――オングレー艦長は立ち上がって言った。
「さあ、勇敢なる同胞たちよ。新たなる繁栄の礎を築くときがきたぞ」嬉々として振り返り、壁一面のモニターに高解像度で映し出された青い惑星を見る。「んんっ! 眺めれば眺めるほど美しい星だと思わんかね? ロッハテッラ特級操縦士!」
 艦長席の一段下では、ロッハテッラが複数の足を駆使して、八つの操縦桿を一つひとつ微調整していた。その姿はモニター内の惑星で言うところのタコに類似している。
「自分も同感です、艦長殿。しかし、あの星の面積の大部分を占める青色はいったいなんなのでしょうか?」
「ウミというらしいぞ! なんとあれがすべて水なのだ!」
「信じられません。陸地と間違われてはいませんか?」
「そんなことはない」オングレーは膨大なデータ処理に奔走している一角からひとりを手招いた。「正しかったはずだろう? キルゾ解析班長」
 近づいてくるのは、全身くまなく長い銀髪で覆われた女性。かろうじて足が髪の中から生えているのが窺える。彼女は事務的な口調で答えた。
「調査結果に誤りがなければ。現在では九十九・九パーセントの確率でそうかと」
 うんうんと満足げに頷いてから、オングレーは言った。
「ちょうどいい機会だ。今一度これから侵略する惑星についておさらいしようじゃないか」
「自分からもお願いします」ロッハテッラが言う。
「ではキルゾ解析班長。説明をはじめてくれたまえ」
「かしこまりました」キルゾは背後のモニターに指を伸ばす。するとウィンドウが次々と開き、より詳細な情報を表示する。「まず基本データから。プラネットEは生命に溢れたほぼ楕円形の惑星です。約四十六億年前に誕生ということで比較的歴史は浅いですね。極半径は六三五七キロメートル。まあ、私たちの故郷の三分の一ぐらいのサイズだと思っていただければ」
「ほうほう。それで? そこにはいるのだろう? 我々のような文明を持った存在が」
「一応は確認済みです。現地ではニンゲンと呼ばれています……しかし」
「しかし?」
「やはり文明レベルはまだまだ低いです。エネルギーの主流は電気止まりで、科学技術は言うなれば子どものおもちゃ程度でしょうね。星内の統治もいまだなされておらず、だいたい二百近くの集落に分かれています。内紛の終息する気配もありません」
「ああ……」オングレーは額に手を当てて天井を仰ぎ、わざとらしく憂愁の声をもらした。「なんと嘆かわしいことか。種族間の抗争など、我々は一億年も前に乗り越えたというのに」
「まったくです。さぞかし野蛮な連中なのでしょう。そんなやつらにあの美しい自然が食い潰されているだなんて、怒りを禁じえません」とロッハテッラが腕を五組組む。
「禁ずる必要はない。きみのその義憤は作戦遂行に必ずや寄与してくれることだろう。素晴らしい部下を持って私は幸せ者だ」
「艦長殿……! ありがたきお言葉!」
「礼には及ばんよ。ただ、きみは能力を思う存分発揮してくれたらいい」
「自分、艦長殿のために全力を尽くします!」
 ふたりのあいだに熱いなにかが迸るのが見えたところで、キルゾがこほんと咳払いをして話をもどした。「さて、ここからが今回の作戦の鍵となりますが……確か艦長には以前にお話をしたと記憶しています。覚えてらっしゃいますか?」
「ふむ。一年で唯一、防星圏(ディフェンス)が手薄になる日だったか」
「さようです」
 防星圏とは、惑星をひとつの生命と仮定した場合に導かれる免疫能力――すなわち外敵に対して一定の効果を示すバリアーのことである。強度は惑星によって差があるが、すべてのそれらが持つとされている。プラネットEはかねてから防星圏の強固さが注目されており、並大抵の軍備では近づくことさえできなかった。それが、宇宙開発の分野で長らく後進に甘んじている当該惑星が他星の侵攻を受けてこなかった一番の理由だ。
「核のエネルギーが規格外に大きく、そしてなにより、ほかとは比べものにならないほど多様な生物たちが放つ生命力の波動が凄まじい……難攻不落という言葉がぴったりです」キルゾは誇らしげに胸を張ってつづけた。「それでも、ついに私たち解析班は、その絶対かと思われた防壁に綻びを発見したのです」
「ほう? それはなんだ。言ってみたまえ」
「プラネットEにおけるクリスマスという儀式です」
「珍妙な名前ですね」ロッハテッラが笑う。「それが防星圏とどう関係が?」
「その日にニンゲンの生命力が激減するのです。それにともない防星圏が弱化します。おそらくは交接による精気の発散が原因と思われますが、それが惑星全体で同時多発的に起こるのです。これは長期の調査による信頼に足るデータです。クリスマス、恐るべしです」
「そんなことであの防星圏が崩れると? 眉唾だ」
「ニンゲンはプラネットE上で最も繁栄しており、個体数は七〇億にも上ります。その影響力は絶大ですから、ありえないことではありません。実際、去年のクリスマスもその現象は起こり、侵入可能というシミュレーションに成功しました」
「そうか! それを今年、実行に移すというわけか!」
「艦長……すべて理解しているとばかり……」キルゾはうんざりした様子でこぼす。
 意に介さずオングレーは言った。「それで肝心の戦力はどうなっている?」
「この大艦艇に加え、巡宙艦五十隻、ヒヴライト社製最新型戦闘機を三百機用意しています。プラネットEを連続で五回滅ぼすことができるとの試算が出ています」
「十分だな。最初に拠点として占領するのはどこだ?」
 ロッハテッラが、上層部が作成した侵略フローを片手に答える。
「まずは大陸に面した島へむかえ、とのこと。ニホン? という名みたいです」
 結構結構。そう言いつつオングレーはモニターを見回した。
「これであらかたのおさらいはできたのかね?」
「いえ、最後にひとつだけございます」キルゾはオングレーを見る。
 彼ははっと思い出して、不敵かつ邪悪な笑みを浮かべて言ったのだった。
「忘れていたよ。総員確認だ。作戦開始時刻は――」


                  ◇


「――っていう話を思いついたんだけどさあ」
「どんだけクリスマス憎んでんだよ。独り身は悲しいな」
「おまえだって同じだろ」
「言うなよ。そんなことわかってるよ」
「はあ……今ごろラブホは満室なんだろうな」
 ふと腕時計を見て呟く。「ちょうど二十五日になったところか」
 それからしばしの沈黙が流れたが、ぽつりとひとりが言った。
「……なんか空しいし、そろそろ帰るか」
「賛成。フリードリンクであんまり粘っても悪いしな」
 ふたりはファミレスを出る。夜空には雲ひとつなかった。
「そういえばさ」
「なに?」
「おまえ星座とか詳しいって言ってなかったっけ」
「まあそれなりには」
「あの星座って何座?」
 指差されたほうを見る。
「んん……なんだあれ? あんなの見たことないぜ――っていうか、星、多すぎじゃね?」

       

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Neetsha