Neetel Inside 文芸新都
表紙

文芸クリスマス企画~あんち☆くりすます~
雪娘とおっぱい/ねこせ

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 クリスマスプレゼントに「おっぱいが欲しい」と願っていたら、翌朝本当に箱に入ったおっぱいが枕元に置いてやがった。
 言っておくが俺だって15にもなってサンタクロースの存在を信じているわけじゃない。ただどうせ何か貰うならおっぱいがいいと、そう遊びのような感覚で思っていただけだ。もちろん親なんかにはそのことは口外していないし、そもそも何かを言ったところでもらえるような年ではない。友人には何人かに冗談でそんなことを言った覚えもあるが……まさかあいつらがこれを置いていったというのだろうか。ありえない。何かの嫌がらせにしても、ありえない。人道を疑う。
 もし本当に、本物のサンタクロースさんとやらがフィンランドやら夢の国からソリに乗ってやってきて、このプレゼントを俺の枕元に置いたというのなら、俺はやはりサンタクロースのあの赤い衣装は血の色だったんだと納得するだろう。いや、血とかはどうでもいいんだ。それよりサンタの存在を憧れや夢ではなく、危険なものだと決め込むようになるだろう。こんなプレゼントをするやつを、どうして世界は十数世紀ものあいだ放置していたんだ。しかも子どもには夢の存在のように語り教えて誤解をさせて……。とんでもない、やつは残虐者であり、赤い悪魔である。いますぐ世界規模でサンタ狩りを始めるべきである。
 俺は一度、ベッドの脇に汚くゲロを吐き散らかした。別に酒を飲んだわけではない。俺は未成年だ。ただ吐かずにはいられなかった。昨晩はケーキばかりをたくさん食べたはずなのに、口の中は少しも甘くなかった。吐くものがなくなるまで吐いた。そうしなければこの状況を冷静に捉えることはできないような気がした。
「なんだよ……これ」
 朝起きた時、ベッド脇には綺麗に包装された赤い箱があった。
 俺はもう家族からクリスマスプレゼントなんて貰えるとは思ってもいなかったから、寝ぼけたマナコでそれをみつけたときは少しだけ胸が高鳴った。しかし何が入っているのだろうと思い、開けてみればこのザマだ。箱の中にはおっぱいがはいっていた。
「ありえねえ……」
 そう、おっぱいだけが入っていたのだ。
 女性の身体からもぎ取られたようなおっぱい。もはやそれは血にまみれた肉片でしかなかったが、その乳首を見てかろうじて乳房であることがわかった。そして自分の笑えない願いを思い出す。
 クリスマスプレゼントは、おっぱいがいい。
 俺だって、こんなつもりで頼んだわけじゃない。プレゼントが欲しいとか欲しくないとか、そういうことでもなかったんだ。ただクリスマスにおっぱいが触れたらいいなって。肘に当たるだけでもいいから触れたらいいなって。おっぱいを気軽に触らしてくれるような彼女ができたらいいなって。それなのにどうして俺はこんな悪夢のような現実に遭わなければならないんだ。
「とりあえず出よう……」
 いつのまにか部屋に充満している血の匂いに、頭をやられそうだった。とりあえず警察に通報をしよう。もしかしたらバラバラ殺人とか、そういう事件に関係することかもしれない。きっと頭のイカれた殺人犯とかが俺のベッドに置いたんだ。……殺人犯?
 そう考えると、途端に不安になってきた。たとえ殺人犯でなくとも、千切られたおっぱいを箱に入れて持ち運ぶようなやつが自分の部屋に入ってきたということなのだ。家にだって、家族にだって何かあるかもしれない。
 部屋のどこかに、何か武器になるようなものを探した。机横に置いてあった硬式用のテニスラケットを手にする。
 不安と恐怖で息が整わないまま、下の階へ降りる。いまは、もう午前の10時。なにもなければ、親たちはすでに出かけているはずだった。そう、なにもなければいま家にいるのは俺だけのはずだった。
「……誰だ?」
 リビングのドアを開けた瞬間、なぜかとてつもなく寒い風が一瞬俺を襲ったが、あまりに気にならなかった。それよりも俺は、リビングに居たその少女の存在に疑問を抱いていた。
 なぜか女の子が、そこにいた。
 不審者を警戒してた俺はその少女を見てひどく拍子抜けしたが、それでも右手に持ったラケットは離さなかった。
 いくら女の子とはいえ、知らない人間が家に勝手にあがりこんでいるんだ。あきらかにおかしい状況だ。
「あら、もうちょっと寝ているかと思ったのだけど、少しだけお邪魔してます。勝手にごめんなさい」
 彼女が振り返る。
 流れるような白銀のつやのある髪、ぬけるように白い肌、肩越しにこちらを見た瞳は魂を惹き込むような青色だった。
「外人……?」
「少なくとも、あなたと同じ国の生まれではないですね」
 驚嘆から漏れた俺の疑問に、少女は淡々と答えた。
 白い毛皮できたような外套を被った彼女は、それほど大きいわけではない。手に何かを武器を持っているわけでもない。見る限り普通の、それでもその日本人とは違う容姿には違和感を感じたけれど、少なくとも、彼女が女性のおっぱいを千切ったとは思えなかった。
「あの、どこから? いったいどうやってこの家に入ったの? なんでここにいるの?」
「あまり一気にたくさん訊かないで」
「でも……」
「少しだけここにいさせて。追われているの」
「追われているって……」
 なんだよ、その映画かなにかみたいな状況。しかもこんな外人の女の子が? ありえないだろ。
「隠れさせてもらうための代金というか、お礼はちゃんと置いたから。お願い、少しだけでいいの」
「お礼?」
「まだ見てない? ちゃんとあなたの枕元に置いたのだけれど……」
「はいっ!? は!? なに、君が置いたの? あれ!!!!!!」
「そうだけど……」
「なんでだよ! なんであんなグロいことすんだよ!」
「だって、あなたが望んでいたプレゼントじゃ」
「そうだけどさ……って、なんで俺のそんな望みを君が知ってるわけ?」
「いちおう、わたしはサンタ的な役割もしてるから、人間が何をクリスマスに望んでいるかはわかるの」
「……嘘だろ」
 俺はもう一度、少女の姿を見た。
 どっかどう見ても女の子だ。この娘がサンタ? しかも千切れたおっぱいをプレゼントにするような?
「ありえない……」
「ほ、本当よ。昨日は別にわたしはプレゼントしなくてもよかったんだけど……でも本当。わたし、スネグーラチカっていうの。あのプレゼントはどうしてもお礼がしておきたくて」
「す、すねぐらぴゅた? とにかく、君はあれはプレゼントで置いたんであって、嫌がらせなわけじゃないんだよね」
「い、嫌がらせなんて! とんでもない! あと、わたしの名前はスネグー……」
「とにかく! あれ持ち帰ってくれないか。あんなもん持ってたら警察に捕まるよ。というか君、サンタだか知らないけど、どうやってあんなの手に入れたの?」
「わたし、追われてるって言いましたよね。さきほど、わたしを狙っている女性に見つかってしまって、そのちょっとした争いのすえにその方の胸を斬り落としてしまって。その時ちょうどこの家が近くにあったので、あなたがプレゼントにおっぱいを願っていることだし、隠れさせてもらうついでにお礼をしようと……。なんだかこれってすごい偶然が重なってませんか? 奇跡のようです」
「奇跡じゃないよ!」
 こんな奇跡あってたまるか!
 少女がなぜか追われてて、敵の女性の胸を斬り落としてしかもそれを箱に入れて包装までして俺の枕元に置いたとか、そんな奇跡も偶然もあってたまるか!
「でも、あなたは“おっぱい”を望んでいたんじゃ……」
「たしかに、俺は望んでいたよ。なんで君が知っているのかしらないけど。でもそれは冗談半分だったし、それにおっぱいが欲しいって言ったってあんな肉片のような形じゃなくてね、俺は普通に女性のおっぱいが拝みたかっただけなんだよ。ちゃんと身体についたね」
「ご、ごめんなさい……そこまでのイメージはわたしには理解できなくて……。ぐすん、本当に、ごめんなさい」
「いや、泣かなくても、さ。なんか俺が悪いみたいな気分になるから。誰にでもミスはあるから」
「……はい。本当に申し訳ありません。その、望んでいたプレゼント、わたしのよければ、その……どうですか」
「わたしのって……ぐはっ!!!!」
 俺は唾を呑んだ。
 眼の前にいるのは、自称サンタやラピュラの少女。見た目は明らかに俺より年下。年下……まさか、代わりに見せてくれるというのか。この俺に。その未完成な、成長途中の曲線を。うおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
「あの……小さいので申し訳ないのですが」
「いや! いや、ちょっと待って! ストッーーーーープ!!!!!!!」
 少女はいつのまにか外套のボタンに手をかけていた。いや、俺だって、見たくないことはないこともないこともないけれども、いくらなんでも彼女に脱がせるのは、その、犯罪の領域というか、しかも外人の女の子だし、いや、なんかいろいろアウトだし、その……。
「やっぱり、わたしのじゃダメですか」
「そういうことじゃなくてね! あの、もうお礼はいいから……」
「そう、ですか」
「それよりなんで君は追われてるのさ。さっきも、争いになるほど狙われてるわけなんだろ」
「それは……日本ではわたしのことをサンタ的な存在として捉えてる方が多いからです」
「サンタって、君さっき自分で自分のことサンタだ、みたいなこと言ってたじゃないか。俺の望んでいたものもそれでわかったんじゃ」
「そうなんですけど、わたしはあくまでサンタ的な役割を一部でやっているだけで、本来はスネグーラ……」
「そうなんだ。サンタだから襲われてるの? なんで?」
「うっ……。それはサンタを殺せばクリスマスがなくなるからです。わたしひとりを殺したところでクリスマスがなくなるわけではないのですが、どうも信じこんでわたしを襲う人がたくさんいるのです。それよりですね、わたしの名前はスネ……」
「へー。サンタクロースもいろいろと大変なんだな」
「うっ……いい加減名前聞いてくれないと泣きますよ」

 その後、俺はスネグーラチカとかいう少女の話を聞いた。
 彼女が西欧では雪娘と呼ばれていることや、身体は雪でつくられて、そこに命が吹きこまれたということ。
 どれもお伽話のようで、信じられないことばかりだったが、たしかに彼女の肌は雪のように冷たかったし、自在にものを凍らせたり、腕を氷の刃に変形させたりするので、なんだか頭が痛くなってきた。
「こうやってサンタ狩りのやつらと戦うんです。人間なんて足元を凍らせてやれば一発ですよ」
 そんな俺には使えない戦闘術を教えてもらっても困る。
 なんだかとんでもないものが家にあがりこんでしまったみたいだ。

「そろそろ、行きますね」
「ああ」
「さいごに、わたしから質問いいですか」
 そう言えば、ずっと俺ばっかりが質問していたっけ。無理もないことだけど。
「どうぞ」
「……あなたは、クリスマス嫌いですか」
「そうでもないよ。好きではないけど、なくなれとは思っていない」
「そうですか……どうか、そのままでいてください」
 そう言って、一瞬だけ振り返って、彼女はベランダの上で吹雪のように消えた。
「いったいなんだったんだろうな」
 俺は自分の部屋に戻って、結局忘れて置いていきやがったおっぱいの入った箱を見て、ため息をついた。
 その後。俺がそのブツを処理するためにどれだけ苦労したことか、どうか同情してほしい。ああ、こんなことならおっぱいを見せてもらっとくべきだったと、俺が何度後悔したことか。
 大好きなおっぱいのせいで、クリスマスがこんなに最悪な日になるなんて。
「お前、そんなにおっぱいが欲しかったのかよ」
「は? なんで」
「まさか雪でおっぱいをつくるような、おっぱい星人だったとは。もはや尊敬の域だわ」
 いやいや、これは踏み潰すためにつくったんだよ。ほら、こうやってな。ぐしゃっとな。

 



(あとがき)

 ながい。あと、俺ならおっぱい見せてもらってたね


 

       

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